第十五章 嗚呼、少年よ。 トンボの羽根に歴史を見よ!

この日、オレたちはバスでカイロへ戻り、ホテルでゆっくり休憩するはずだった。

が…その前に、途中立ち寄った、天然ソーダの谷と「ワディ・ナトルーン」については、ぜひとも記しておかねばなるまい。

ワディ、と言うと何のことやらサッパリだが、「ワジ」と言えば、聞き覚えのある人も多いんじゃないかと思う。そう、社会の教科書に出てくるアレだ。
 
ワジ…涸れ谷。
「砂漠に住む人が水を得るために掘った水路」とか何とか、教科書には載ってたよな。けど、そうじゃないんだ。単なる水路じゃない。
そこには、本当に人が住んでいる。
これは忘れちゃダメだぞ。砂漠のド真ん中、360度だだっ広い砂漠ってカンジの茶色い世界、そこだけに緑が存在するんだ。

これって、すっげぇ偉大なことだと思わないか?
砂漠にも雑草が生えてんだぞ! 谷の両側だけだけどな。しかも…オレは見た。

なんと、ワディ・ナトルーンにはシオカラトンボが存在する!!!

日本のものよりやや小ぶりだが、形状・色彩ともに同じ。その昔、未発見品種を求め昆虫博士など目指した過去を持つオレはいたく感動した。近くを真っ赤な民族衣装着た少女たちが、頭の上にオケを乗っけて水汲みに来てんのに、そっち見ずにトンボ追い掛け回してた。

トンボ…
そう、トンボだ。遥か昔、もしかするとシオカラトンボの祖先は、ここエジプトと日本の間のどこかで生まれ、世界各地に散らばっていったのかもしれない。はるか何千年という時を経て、今もそこここにトンボは居る! トンボに比べりゃあ人類の歴史なんぞ微々たるものよ。

社会の教科書には、ワジの役目と形状は記されていても、そこにトンボが居ることは書いていなかった。
次回から、教科書を作る人々は、「ワジにはシオカラトンボが棲息する」と書くべきだ。その一行があるだけで、読む者は無限の想像をし、遠き荒野を隣の空き地くらいに思うだろう。

ありがとう、トンボ。
素晴らしき夢を。