第十四章 時の止まった場所で…

その日、オレたちはグレコ・ローマン博物館へ繰り出していた。

人が多いのイヤだったんだけど、まぁ、こればっかしは仕様がないね。ツアー客多い多い。
それにさ、やっぱ日本以外の国にもツアーってあるもんなんだよな、金髪のバスガイドさんが旗持って白人の団体さんを引き連れている姿を発見した。

…エジプトって、地中海の向こうはヨーロッパなんだよな。

日本から中国へ遊びに行くような感覚で、エジプトに行けてしまう。ある意味うらやましいね。もっとも、文化は全然違うけどね。

さァて、こういう博物館に来たら、お楽しみは何だ?
それは、「勝手にツアーに紛れ込む」!!

案の定、入り口近くで日本人団体ツアーがガイドの話に耳を傾けていた。
エジプト人のガイドさんが、壁にかかっている写真を指差して言う。「みなさん、これ何かわかりますかー?」オレは間髪いれず答える。「ロゼッタストーン。」ガイド「よくご存知ですねぇ。では、どこにあるか分かりますかー?」 オレ「大英博物館。」

ふっ…。
この程度の質問に答えられねぇようじゃあ、エジプトマニアの名がすたるってモンだぜ、兄貴!(
誰だよ)

ガイドさんはチト当惑したような顔で「本当によくご存知ですねぇ、ええ、この石は…」などとありきたりな解説をはじめた。
 「岡沢にも出来るんちゃうん? ああいう解説」
 「無論だ!(大イバリ)」

しかし、よそのガイドさんをいじめても可哀想なので、オレたちはツアーの集団を離れ、チョコチョコと博物館内を見て周ることにした。
ここには、沢山のものが収められている。
黄金は無いけれど、貴重な彫像やアラバスタ製の護符、そして、ローマが刻んだエジプトの神々。

でもなぁ、ローマの像って、エジプトのと比べると、かなりイメージ違うからな。グレコ・ローマンにあるハピ神の彫像は、自分ら知ってるモンとは全然別モノ。
 「なんじゃこりゃ…」
そりゃ、見れば何となく分かるよ。分かるけどさ、全然様式が違うんだもんよ。あえて言うなら、外国人が着物着て日本人のフリしてるようなモンだ。イシス&子供ホルスの像にしろ、他の神々にしろ…。
唯一そのまんまだったのは、ベス神。この神だけは、ローマナイズされた中でも古代王国から受け継がれた雰囲気を持ったままだった。

時間が過ぎると、さらに博物館内の人は増えていく。
アタリマエなのかもしれないけど、エジプト人も、自分たちの歴史を見にやって来るんだな。中には学校の宿題と思しきものを手にした子供たちもいた。イスラムの伝統的なヴェールで顔を隠した女性たちが、埃っぽい廊下に飾られたファラオの壁画を見上げる。
何だか、不思議な気がした。

 エジプトの博物館は、どこに行っても、なんだか時が止まっているような気がする。

そこに飾られているものが、何千年という遥かな古えのものだから、というワケじゃない。
ライトアップされているわけでもなく、キレイに整備されているわけでもない。警備員もほとんどいなくて、極端な話、展示品に触ることさえ簡単に出来てしまうような状況だ。
そんなところに、無造作に何千年も前のミイラが置かれている。
ミイラってのは、考えているよりずっとずっと小さなモノだ。特に子供のミイラなんか、「ひょい」と持ち上げられそうなくらいの大きさしかない。
水気のない、カサカサに乾いた人間の「殻」が、手をのばせば届くガラスケースの中に飾られている。
そこでは、本当に時が止まっているのだと思った。

だが、同時に、そこにあるミイラたちは、オレの考えているような古代エジプトの民ではなかった。
ミイラなのに表面に刻まれた十字架のマーク。彼らが望んだのは、もしかしたら、古えの神オシリスが治める神々の楽園ではなくて、絶対神がもたらす至福千年の楽園だったのかもしれない…。

神々にとっての「時」は永遠かもしれないが、オレたち人間の「時」は確実に流れていくんだ。たかが100年。長くて100年。それは、どんな弱小な神々の寿命よりも短いだろう。
神だの死後の楽園だの生まれ変わりだのを信じられない人は、一体どこの天国に行くんだろうな。ま、あんまし悪いこともしてないし、地獄へ行くってのはナシにして欲しいね。地獄ってものがあれば、の話だけどね。

お昼過ぎ。
オレたちは博物館を出て町をもう一度見学して、再びバスに乗った。明日は朝からカイロ博物館へ行く。そのために、カイロへ戻らねばならなかった。

来た時と同じく、時速200キロ近く出してブッとばす高速バスに揺られつつ、オレは、今エジプトで大人気だというポップ歌手の歌声を聞いていた。
何言ってんのか全然わからんが、なんか「あなたが好きで好きでたまらない」なんて歌詞の、恋の歌であるらしい。うーん。どこの国も、歌の内容ってのは、案外変わんないものなのかもしれないねぇ…。