第十二章 真夏の浜辺は地雷原…

もしかするとオレは、ナメていたかもしれない。

 「…なあ岡沢?」
 「何や。」
 「何で、地図と反対の方向行きよるんえ?」(←バリバリ方言)

藤村は無邪気な顔で首など傾げている。が…オレの方向感覚に間違いなどない!
 「アホか! あっちに太陽あるんやけん、こっちが東やろが!」
 「えー? あっ、ほぉかぁ、ほおやんなぁ」
 「・・・・・・。」
本人曰く「ちょこっと方向音痴v」らしいが、そんな可愛らしいものではないぞ彼奴は! なんせ来た道を平気で逆走するのだからな!
ま、それはともかくとして。

オレたちは無事、その日の宿であるホテルにたどり着いた。ちょっと煤けた外観とは裏腹に、中はけっこうキレイなホテルだ。日本人しか泊まってなさげな日本人臭さ(なぜか壁に日本のポスターが貼ってあったり)が少々気に食わないが、それはまぁ良しとしよう。

夕飯まで時間があったので、オレたちは、早々に荷物を置いて、アレキサンドリアの浜辺を満喫しに出かけることにした。

打ち寄せる波と青い水平線。
 「わーい、海だぁー♪」
はしゃぐ藤村だったが、オレは浮かない顔だった。オレは海よりも山が好きだ。…と、いうか、海嫌い。
最後に海で泳いだのって、いつ頃だったかな?! ふう。
 「岡沢ー、かなづち?」
 「違うわ! オレはただクロールだのバタフライだのが出来んだけじゃ! 古泳法なら出来るぞ!」
 「…古泳法って?」
 「うむ。犬掻きだ。」

そこ! バカにしない。
オレはその昔、体育の時間に「自由形で何メートル泳げるか」競争で、犬掻きで見事800メートルを泳ぎきった! …が、先生からは「それは泳ぎとは言わないねぇ」と苦笑された。
何だよ、いいじゃん犬掻き! 日本古来の水練法に則り、たとえヨロイを着たまま海に落ちても岸へ生還するだけの根性はあるぞ!(そのワリに、溺れた経験が何度もあるが)
美しくなくても、泳げることには違いない!

などと威張っていたものの、はっきり言って、オレは泳ぐのはキライだ。たとえ地中海の水がサラサラしてて、全然潮っぽくなかったとしても、大勢のエジプト人に混じってはしゃげるかっつーの。大体、荷物とかどこに置いとくんだ。盗られるかもしれんだろ。

…と、そんなオレたちの前に、とんでもない場所が現れた。それは…

 「プライヴェート・ビーチ」。

いかにも金持ちーってな観光客だけが優雅に海水浴を楽しむ、なんか他の浜辺とは一線を隔した空間だ! いかめしい顔つきの警備員たちが立っていて、泳ぎに来ているエジプト人たちも、その空間へは入って行こうとしない。風にはためくビーチパラソルと寝椅子…まさにプライヴェート。
 「藤村」
 「…あァ。こいつァ行っとくべきだろう?!」
そうさ、オレたちは日本人。しかも仲間うちでも評判の童顔二名だ。高校卒業してからも中学生と間違われるよーなオレたちならば、泳いでいる日本人の子供を装って入り込めるハズ!

 こういうの得意なんだよな…特に藤村。

さて、潜入開始! オレたちは、暑い中立たされて仏頂面の警備員の横を素で通り抜け、浜辺に侵入した。試みはいとも簡単に成功だ!
 「ふっふっふっ…まぁこんなモンだな」
だが、このくらいでは満足しない。さらに二人して、ビーチパラソルの下におもむろに寝椅子をセッティング。堂々と寝そべり、海を眺める!
 「いいねェ…何か、リッチになった気分でない?」
 「ふっ。まぁな」
しかし、Tシャツに単パンのオレたちは、そのビーチでは明らかに浮いていた。中には堂々とサンオイル背中に塗って日焼けに打ち興じる金髪マダムや、自前のビーチパラソル所有のツワモノまでいた。そして…

 オレたちは、見てしまった。
 波間に沈み浮かびつする、奇妙な物体を−−−−。
 「な、何だ…あれは…?!」

その物体は、すいーっとオレたちの目の前にやってくると、ザッパンと顔を出した。
 「!」
それは…「いかにも定年退職したサラリーマンです」といった雰囲気の、典型的なニッポンのオッサンだった!
艶やかなバーコード部分が潮に洗われて額にはりつき、貧弱な肋骨が荒い息で上下する。からみつくスネ毛からしたたり落ちる水滴のきらめき…そして、下半身は…
ああ、何たること!
海パンが無かったからなのか、フツーのトランクスをはいて(しかも半分ずりおちて)いた!!

オッサンは、オレたちの呆然とした視線に気が付くと、眩しいばかりの笑みを浮かべ、こう言った。
 「いやあ、海っていいよねえ〜!」
左様ですか。

フンドシやブリーフでなかったからまだ良かったものの、あの姿はおそらく、エジプト人たちにあらぬ誤解を生じさせる原因となったことであろう。そうか、エジプトの日本に対する偏見は、ああいうところから生まれていたのか。
 オッサン…。
 典型的オッサン…。あまりにも…地中海に合わなさ過ぎた…。

再び波間へと消えていくオッサンを見送りながら、オレたちは早々に退散することにした。いくらプライヴェートな海でも、トランクスなオッサンと一緒に泳ぐのは、ぞっとしない…。