序章 黄色い悪魔…好奇心は胃腸を殺すか。

オレは、生まれてはじめての海外旅行先にエジプトを選んだ。
なぜか。
行きたかったからだ。別にその他に理由はいらねぇ。ただ、「自分にピラミッドは見とかなアカンだろう」という気持ちがあった。それだけだ。


あったりまえだが、海外旅行には金がかかる。たとえ日本人がテロの被害に逢い、急激にエジプトの人気が下がった時であれど、それは同じコトであった。
いや。
むしろ人気低迷のアオリをくらって、関空からの発着便が無くなったことは、関西圏に近いオレたちにとって大打撃だった。

 東京!

四国のド田舎出身のオレたちに、これほど残酷な選択があるだろうか。あの頃は、まだ明石大橋もかかってなかった。ツーリングに出かけても四国の中をぐーるぐーる回るだけ、どう足掻いても八十八箇所巡りにしかならんという悲しい故郷<くに>に生まれた若者たちにとって、本州とは、すでに海の外=海外にも等しい空間だった。

しかし、他に選択肢が無い以上、エジプトに行くためには東京へ行かなければならない。東京・成田空港に行くとなると、空路にせよ陸路にせよ、往復すると3万はかかる。その上さらに宿泊代まで持ってかれたのでは、先がツライ。

 「仕方ねぇ。藤村、お前んちに泊めろ」

陸路を選んだオレは、一緒に行くことになった藤村というヤツ…、小学校時代から縁ある(むかし泣かした覚えのある青臭い仲)友人の出城、別名下宿先と言うところに泊めてもらうことにした。落ち合う場所は東京・某所。当時まだ上京したてで四国臭さの抜けきっていない藤村は、冒険者リュックで現れたオレを見て「久々に見たよ、そういう人」と言ってバカ受けしていた。

 東京人は気取ってやがるからな。
 冒険者リュック(登山用ザックとも言う)は、もやしっ子にゃ似合わねぇ。

ところで、十年以上の付き合いにも関わらず、オレと藤村が二人っきりで行動するのはこれが始めてだった。
普段はあと二、三人、ボケ専門もしくは天然ボケのメンバーが間にはさまっているため気が付かなかったのだが、あとでよく考えてみると、オレたちは二人ともノリで突っ走る激ボケ・激ツッコミ系のキャラクターだった。今考えれば無謀な話で、あと一人くらい冷静なツッコミ系の人間を連れて行くべきだったのだが…当時、まだ若すぎたオレたちにとって、そのようなことは考え及びもしない些細なことだったのだろう。

破滅の時は、あまりに早く訪れた。
夜食を買おう、ということになって、ふらふらと立ち入った藤村の下宿近くの小さなコンビニ。フト目を留めた冷蔵庫に、見慣れないペットボトルが冷えていた。

 「何やこれ、ウコンティー?」

嗚呼、何ということだ。
このような状況において、冷静なタイプの人間がいれば、「おいおい、そんな怪しげなもんヤメとけよ」と一言忠告してくれただろう。だがオレたちは両方同じ種類の勢い人間のため、一度ノリで行動しはじめたら、もはや誰にも止められない。
後先も考えず、その、いやに黄色い液体のつまった、2リットル入りのペットボトルを手にレジへ向かった…

 あとは…
 もう大体想像がつくかと思う。

出発は真夏の八月、クーラーもついてない安宿に一夜を過ごすのである。本気で喉が乾いた時、あなたなら、果たしてそんな得たいの知れないものを飲むだろうか…?

湯飲みに注ぐとますます黄色さ引き立つその液体に口をつけるや否や、藤村の表情が硬直した。「不味ッッ」
オレも思った。「…辛くないカレーだ…。」
しかし、前日まで実家に帰っていた藤村の部屋の冷蔵庫には、ソレしか入っていないのだ。近くにあるコンビニはさっきのあそこだけ。自販機も見当たらない。

オレたちは結局、耐えることを選んだ。
耐えて、喉が渇いても飲めるものは黄色く不味いウコンティーだけ。
ウコンティーだけだ。

それでも藤村は根性で敵二リットルの大半を殲滅してくれた。ありがとう藤村、もしかしたらオレより舌が鈍感なのかもしれないが、とにかく有難う。
翌朝のお通じの調子がいやに良かったのは、もしかすると、かの黄色い悪魔の仕業やもしれぬ。

ウコンティー。

    いわずもがなの…ウ〇コティー……。(泣)