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「ナイルに死す」

ハヤカワ文庫  アガサ・クリスティー


【紹介】

映画の「ナイル(川)殺人事件」というタイトルで知られる、ミステリ界の女王アガサ・クリスティーの作品。
内容を読めば、「ナイルに死す」よりは映画のタイトル、「ナイル川殺人事件」のほうが、しっくりくるかもしれない。
主な舞台はナイル川。事件は、若さと美貌と莫大な財産を兼ね備えた女富豪、リネット・リッジウェイのハネムーン中に起こる。リネットの結婚相手は、親友ジャクリーンの恋人だった。恋人を奪われたジャクリーンは執拗にリネットをつけまわしていた。ハネムーン中、リネットを狙ったと思われる殺人未遂もあった。だが…もっとも疑わしき相手、ジャクリーンには絶対に犯行不可能なその時、ナイル川クルーズの船上で、その悲劇は起こる。

リネット殺害の理由は何か?
また、犯行可能だったのは?

船に同乗していた乗客たちは皆、何がしかの秘め事をもっている。皆が疑わしく、素性が知れない――それを解きほぐしてゆくのが、我らがポアロ探偵、灰色の脳細胞を持ち、東洋人にはそれがないと信じて疑わない、ちょいと自信過剰な小男。
さて、ムッシュー・マドモアゼル。エルキュール・ポアロと一緒にミステリー・クルーズは、いかが?


…以上、どっかのミステリー紹介雑誌にでも書いていそうな紹介文でした。


【舞台】

エジプトを舞台にして起こる物語だが、エジプトファンのためというよりアガサ・ファン、あるいはミステリファンのための「名作」。エジプトっぽさは期待しないほうがいい。

物語は第二部、アスランの「カタラクト・ホテル」から始まる。アスワン・ハイ・ダムで知られる、ナイル上流の町だ。
ホテルに集合するのは物語の登場人物たち。一つのツアーに参加しているわけではないが、アガサ・クリスティが物語を書いた1930年代、エジプトはまだ、それほど観光地化されていない。見に行く神殿や、やること(ラクダ試乗、ナイル川クルーズなど)は大抵決まっていた。
行動がかぶるのは、果たして偶然か。それとも故意に、付回しているのか?
広いようで狭いアスワン観光ルートの中で、人物関係が少しずつ形を成し始めたとき、殺人事件が起こる。

アガサ・クリスティの作品の中でも名作と呼ばれるだけあって、なかなか面白い。ポアロ好きではなくても面白いので、ミステリものに抵抗のない人は、ぜひ一度読んでみてほしい。


【エジプトマニア的には?】

一部、登場人物たちのセリフによって観光ガイドのごとくエジプトの情景が描き出されもするが、「エキゾチックな異国を訪れた英国人」としての視点なので、やや他人行儀。物語の本筋とも関係ないので、登場人物たちが訪ねていく遺跡などについても、詳しくはない。「ご存知ですかな? あの神殿は〜神のために捧げられたものらしいですぞ」程度。

ただ、そういった遺跡を背景にして、ポアロほか、古き時代の英国人たちが驚嘆のまなざしでエジプトを見、感じていた、というシチュエーションがいい。映画版を見ると、その妙に古めかしい雰囲気がより伝わってきて面白いかと。

…ちなみに、この時代の裕福な英国人観光客のいくばくかは、ミイラの一部や出土品をみやげに買って持ち帰り、いくつかは永遠に失われ、いくつかは今の大英博物館コレクションにくわえられたという。

そんな時代もあったのだね。と思いつつ、物語の最後の一文を読んで欲しい。

"無邪気に観光客によって失われたものよりも、これから失われようとするもののことを考えろ。"

そうも読める。(もちろんアガサ・クリスティは、ずっと以前に亡くなっているので、そんなことを考えて書いたわけではないのだが。)


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