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現代の「エジプト」と、古代の「エジプト」


とおーーくにピラミッドが見えるが辿りつける自信がない。
まずエジプトの地形をイメージしてください。
国土の大半は砂漠で、国の中心を東西に貫くナイル川のそばとオアシス付近以外は、生きていくのに必要な水にも事欠き、耕作に適さない土地です。現代でも、エジプトの人口は水場近くに集中しています。水道管を引くなどが出来なかった古代においては、その傾向は今より強かったはずです。
明確な国境という概念のない時代、人の住んでいない土地はどこの国にも属しません。
つまり、古代エジプト王国、というとき、その領土は厳密には川沿いの土地と、オアシス周辺の人が住んでいる部分だけになります。水場のない砂漠部分は、古代エジプトの時代にはエジプトと認識されていなかった無人の土地でした。

ただし、現代のエジプト・アラブ共和国は、古代のエジプト王国に含まれなかった砂漠の部分も含みます。


古代エジプト 新王国時代

現代エジプト
濃い緑色の部分が「王国」領土のコア部分。濃い色で描かれているナイル川沿いの南のほうの領域は、現在で隣国スーダンに組み込まれている。従属する領域(薄緑)は時代ごとに拡大・縮小する。 黄緑色の部分が国土。国境は、日本などの例に漏れず隣国と係争中の部分もある。国境が直線になっているのは、むかしエジプトを占領していたイギリス軍が、引き上げる時に定規で決めたから。




世界地図で見ると、日本とエジプトの位置関係は↓このようになります。




普段何気なく「エジプトでピラミッドを建てていた時代、日本はまだ縄文時代だよね」などと同列で比較してしまいますが、人類の起源はアフリカ内陸部だというのが現在の定説です。エジプトはアフリカの一部ですし、日本はユーラシア大陸を横断した最果ての島。故郷に近い場所で生活を始めたほうがより早く文明を築くのに着手出来るわけなので、移住するのに時間がかかったぶんスタートラインに立つのが遅かったアジアや、さらにもっと遠くまで移動して最後に到達したような中南米の文化を同じ時間軸の中で比較するのは適切とは言えません。


また、エジプトの場合も日本の場合も、ともに古くから国としてのアイデンティティを確立し、民族的に多種多様なまま、国土が分裂する時代を何度も挟みつつも大きく言語や文化が異なることもなく現代に至るため、「古代の」エジプトと日本の位置関係もおおむね上の図のイメージですが、エジプト周辺には、古代には存在しなかった国や、古代と現代では内容が異なる国も存在することには気をつけてください。

●古代には存在したが現在は存在しない国

エジプト周辺だと、アッシリア、バビロニア、ミタンニなど。それぞれ、現在のイラク付近、現在のシリア付近が中心地。ただし古代アッシリア=現代イラクではないように、それぞれ、現在の国とは民族や文化には違いがあります。

●古代で言う名前と現在の名前が違う

古代エジプトに登場する「プントの国」と、現代アフリカに存在する「プントランド」は別物です。厳密にいうと、古代のプントの国にあやかって命名されたのがプントランドです。古代の「プントの国」の場所には諸説あり、現代のプントランドと場所が同じかどうかも不明です。


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