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タイトル 墓泥棒について
記事No 2402
投稿日 : 2006/07/22(Sat) 19:04
投稿者 津山老
墓泥棒についての質問です。
 王家の谷の王墓が墓泥棒に荒らされているのは知っていますが、古王国時代にもすでにいたのでしょうか?まあ、「世に無神論者の種はつきまじ」といいますが?「人の性は変わらない」のほうがいいか。 その場合、連中は冥界の捌きをどのようにクリアするつもりだったのでしょう?それともどこかの国のようにタテマエとホンネを使い分けて「あれは神話だから」と思っていたのかな(ありそうもないか)
 あなたの意見をお聞かせ下さい。
ところで(さりげなく)あの神様方は何がお好きでしょうか?いえ「ワイロ」なんて。単なる「潤滑油」です。秤の。(冗談です。ハイ
私のは羽より軽い。) 

タイトル 古王国時代に墓泥棒はいたのか
記事No 2403
投稿日 : 2006/07/23(Sun) 13:25
投稿者 岡沢 秋
> 墓泥棒についての質問です。

古王国時代の墓は、王家の谷と違ってピラミッドやマスタバですよね。と、いうことは、墓あらしをしようとすると、非常に大規模な盗賊団が必要であり、長期間かけないと中に到達できなかったはずです。
ダイナマイトもありませんから。かなり根性が必要です(笑

ちなみに参考までに、クフ王のピラミッドには略奪の痕はありません。最初にアル・マムーンが入ったときから、最初から何も無かったようにキレイな状態だったんです。だから謎といわれている。
ちなみにアル・マムーンは9世紀頃ですね。

メンカウラー王のピラミッドに残る略奪跡の証拠は紀元前5-600年ごろ。からっぽになったのは、それより前かもしれませんが。

崩れて中が確認できないものを除き、ピラミッドの略奪については古い時代に行われた証拠は無いように思います。では、なぜそれ以降の時代には墓泥棒が行われるようになったのかというと、度重なる内乱によって王が生ける神であるという信仰が崩れてきたのもあるでしょうが、ピラミッド周辺にあった「職人村」の存在も関係するのではないかと思いますね。
ピラミッドを作る場合、何十年もかけて何千人(場合によっちゃ何万人)が働くため、労働者専用の集落がピラミッド近くに作られていたようですが、ピラミッドが完成したところで直ぐに集落が解散されるとは限らず、しばらくは人が近くに住んでいたのではないでしょうか。だとすれば、作ってすぐに盗掘というのは難しかったでしょう。

>まあ、「世に無神論者の種はつきまじ」といいますが?

それは現代人の感覚では…(汗
古代人は多くの情熱を信仰にかけたはずです。でなければ、ピラミッドや大神殿のようなものが作れるはずがないです。
まぁ、考えてもみてください。いくら給料が良くても、重労働で、死の危険すら伴う土木事業に、ほぼ一生を費やせますか? 脱走もせず、家族ぐるみで毎日石を運び続けられますか。そこには多くの人々の信じがたい情熱と信仰があったはずで、それを裏づける結果が何千年も経った今でも残っているワケですよ。


>その場合、連中は冥界の捌きをどのようにクリアするつもりだったのでしょう?

古王国時代には魂の審判ないですね。多分。
民衆の宗教は残ってないので断言できないですが、ピラミッド・テキストによれば死後の世界で復活できるのはオシリスの化身である王のみ、王はオシリスの化身なんだから審判なんぞ無くても復活できて当然じゃーん? な内容になっております。

結論から申しますと、過去の王墓の略奪が始まったとハッキリ分かるのは中王国時代からです。「イプエルの訓戒」に書かれている

「隼として埋葬された者が棺台から投げ出され、ピラミッドが隠していたものが、空っぽになっている。」

という一節が、証拠として出されることが多いですね。
ピラミッドの表面を覆っていたアラバスター石が剥ぎ取られて待ちに転用されだしたのも、この頃です。ちなみに、「ウェスタカー・パピルスの物語」という、クフ王が暴君として描かれる物語が作られたのも中王国時代。

ただし当時は考古遺産の裏マーケットなどあるはずもなく、略奪の対象は黄金や宝石などお金に直結する貴金属類だけだったと思われます。パピルス文書やミイラ本体は捨て置かれた可能性が高いです。それらが盗掘に遭うのは、もっと後の時代になってからでしょうね…。



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