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タイトル ネメス頭巾や冠り物
記事No 2304
投稿日 : 2006/05/14(Sun) 08:19
投稿者 四郎
早速ですが、宜しくお願いします。ネメス頭巾の額部分には上エジプトと下エジプトを象徴するハゲワシとコブラがつけられていたわけですが、頭巾が麻であったならハゲワシやコブラはどのような素材でできていたのでしょうか?やはり金ですか?
ターバンのような絵をよく見ますがあれは召使いがつけていたのですか
そして古代エジプトで冠を戴いたのは王と王家の女性だったとのことですがその他の女性はそれに代わる何かを戴いていたのでしょうか?位と地域を識別されるだけのものだったのでしょうか。

たくさん質問をしてすみませんが知恵を分けてください。
宜しくお願いします。

タイトル Re: ネメス頭巾や冠り物
記事No 2306
投稿日 : 2006/05/14(Sun) 23:19
投稿者 岡沢 秋
はじめまして。いらっしゃいまし。

>ネメス頭巾の額部分には上エジプトと下エジプトを象徴するハゲワシとコブラがつけられていたわけですが、頭巾が麻であったならハゲワシやコブラはどのような素材でできていたのでしょうか?やはり金ですか?

ファラオのかぶりものについては、材質その他はナゾな部分が多いです。
と、いうのも、古代エジプトの発掘品は主に副葬品でして、故人が生前に使っていた生活道具や玩具などを持ち込んでいるから古代人の生活がある程度わかるんですが、王様の場合、亡くなっても生前の冠を墓に持ち込んだりしないわけですよ…。

なのでまぁ…実物が…ないと。
私の知る限り、赤冠と白冠は実物が見つかってないので材質は想像のようです。ネメス冠はどうなんでしょぅ? 布製であろうとは言われてますが、飾りの部分まであるものは見つかっているのかな?

これは想像ですが、飾りの部分はたぶん金だろうと思います。太陽の象徴である金で作るのが妥当かなと。

身分差による格好の違いは、ほとんど壁画からの想像です。文書化されて残っているわけではないので。
王女たちの冠というのもありますよ。デイル・エル・バハリで発見されたトトメス3世の側室たちの遺品で、持ち主は異国からとついできた王女たちのようです。正室と側室は冠の形状が異なっていたようです。
召使や踊り子についても、壁画で見るとヘアバンドのような布をつけてるのがありますから、何かユニフォームのようなものがあった可能性はあると思います。

ただ、当然のことながら、これらは時代によって異なるはずです。
時代によって「流行」があるんですよね。やっぱ。
ハトシェプスト女王やネフェルティティの絵で有名な王妃の冠は、たぶん新王国時代になってからのもので、古王国時代の絵だと、もちっと地味な感じです。

過去スレのどこかに、「エジプトの本ではなく、世界の服飾の歴史の本を見るとエジプト人の衣装について書かれている」という情報があります。

エジプトからではなく、「服飾の歴史」からアプローチしてみるのも情報集めの手段かと思います。

タイトル Re^2: ネメス頭巾や冠り物
記事No 2315
投稿日 : 2006/05/21(Sun) 17:53
投稿者 四郎
こんにちは。初めてなのにご親切にお答えいただきましてとても嬉しかったです。

> 王様の場合、亡くなっても生前の冠を墓に持ち込んだりしないわけですよ…。

盗掘ではなくて、冠自体を持ち込まなかったのですねー。王は生きていても死んでも王であるという思想なのになぜなんでしょうね。
疑問は疑問を呼ぶんですね。

> これは想像ですが、飾りの部分はたぶん金だろうと思います。太陽の象徴である金で作るのが妥当かなと。

金が太陽の象徴とされいたのですか!輝きといい太陽信仰の発想から納得できますね。

> 身分差による格好の違いは、ほとんど壁画からの想像です。文書化されて残っているわけではないので。
> 王女たちの冠というのもありますよ。デイル・エル・バハリで発見されたトトメス3世の側室たちの遺品で、持ち主は異国からとついできた王女たちのようです。正室と側室は冠の形状が異なっていたようです。

正室と側室の冠の形状が異なっていたという点は今まで盲点でした!また調べる楽しみがふえました。

> 召使や踊り子についても、壁画で見るとヘアバンドのような布をつけてるのがありますから、何かユニフォームのようなものがあった可能性はあると思います。

社会自体もピラミッド構造だったようなので、身分を表したり職のユニフォームであった可能性が高いのですね。

> ただ、当然のことながら、これらは時代によって異なるはずです。
> 時代によって「流行」があるんですよね。やっぱ。
> ハトシェプスト女王やネフェルティティの絵で有名な王妃の冠は、たぶん新王国時代になってからのもので、古王国時代の絵だと、もちっと地味な感じです。
>
> 過去スレのどこかに、「エジプトの本ではなく、世界の服飾の歴史の本を見るとエジプト人の衣装について書かれている」という情報があります。
 
実はそれが検索エンジンに引っかかってこちらのHPを知りました。
これからも宜しくお願いします!
ありがとうございました。

タイトル Re^3: ネメス頭巾や冠り物
記事No 2316
投稿日 : 2006/05/23(Tue) 01:57
投稿者 摩伊都
手元の本を調べてみましたが、あまりいいことが書かれていませんでした。
でも、少しだけなら書いてあったので、以下の本を自分で読んでください。
『絵で見る服飾四000年史 服飾大事典』岩崎美術社(古い本です)
『服飾の歴史 古代・中世篇』 ミシェル・ボーリュウ 文庫クセジュ 白水社
後者の本では、ネメス頭巾・・・のことだと思うのですが・・・これのことを「クラフト」と表現しています。
以下、引用
「クラフトという被り物は、四画のかたい布地からなり、美しい横縞がほどこされ金色に織り出された鷂(はいたか)が、王の頭を両翼で保護するようにあしらわれている。王の額の上には、宝石類かエメラルドの細工物などで象嵌された金製の飾り、すなわち神聖なる蛇がその頭をもたげている」
・・・この布地が何かは分かりませんね。
また、下エジプトを支配するファラオは「ウラエウス(蛇型章)で飾られた白色の王冠(ティアラ)を」、上エジプトを支配するファラオは「端が鉤型に曲がった杖状のものをつけた赤色のティアラ」を被っていたと書かれていますが、材質には言及してありません。

ただ、当時の織物として、麻織物、毛織物が使用されていたようです。(本によっては「綿でできた・・・」と書かれていたりする)
このうち、毛織物は、マントとしてのみ使用されたとか。
麻布のなかには、モスリンのような薄さと透明さを持ったものも作られていたらしいです。
その他、革製品も鎧として使われていたとか。麻製の鎧もあったようです。

タイトル Re^4: ネメス頭巾や冠り物
記事No 2317
投稿日 : 2006/05/23(Tue) 17:57
投稿者 岡沢 秋
摩伊都さんサンクスです。
そういや、むかし服飾のネタくださったの摩伊都さんでしたっけ…。
> 手元の本を調べてみましたが、あまりいいことが書かれていませんでした。

白冠と赤冠は実物がないんだと思うんですよ。
ここ10年くらいで発掘されたんでなければ、たぶん今も未発見のままかと。
王様は、死ぬと冠が変わるんです。地上の王から、死後の国の王になるんで。
ツタンカーメンのマスクを思い出してもらうといいかな…。ミイラは生きてたときの冠は被ってません。なので棺に入れないのは宗教的な思想が関わってくるんじゃないかと…

> ただ、当時の織物として、麻織物、毛織物が使用されていたようです。(本によっては「綿でできた・・・」と書かれていたりする)

ですね。エジプトの繊維といえば綿花。いつから栽培してたのかは、調べないと分からないですが…
そもそもカイコガがいないので、古代にシルクは在りません。シルクじゃないのに透明な布とは、これいかに? とか、研究してた人がいたはず。
あと、古代王国時代はラクダがいなかったので、ラクダ毛の織物も、現代では輸出品として扱われてますが昔は無かったっす。

> その他、革製品も鎧として使われていたとか。麻製の鎧もあったようです。

補足しておくと、金属加工の技術があったエジプトでなんで金属鎧が無かったかというと、ぶっちゃけ暑すぎたから! だ、そうな。
直射日光ガンガンの砂漠で、金属鎧を着るとは、すなわち、フライパンを身体につけて歩くと同じこと。肌焼けます(笑
これは十字軍の遠征のときに、チェーンメイルの下に着る服が発達したのと同じ理由ですね。ただ、エジプトでは重ね着という発想があまり無かった模様。

まぁ、そりゃ、敵の攻撃の前に熱射病で死んだらシャレならんですし、分厚い下着つけてまで金属鎧着たら、あの気候では動けんだろうって話。

重たいと砂地にめり込むという理由もあったのでしょうが…

 なので、エジプトでは基本的に兜は装備しなかったですよー。

と、オチをつけてみる。

タイトル Re^5: ネメス頭巾や冠り物
記事No 2318
投稿日 : 2006/05/23(Tue) 23:55
投稿者 摩伊都
どもっ。
> 白冠と赤冠は実物がないんだと思うんですよ。
ええ。私はあんまりエジプトの歴史には詳しくないので、もっぱら美術館関係の本を見ていましたが、彫刻とか立像とか壁画とかで資料が残っていても、実物の衣服とかは・・・う〜ん。難しいですよね。

> 王様は、死ぬと冠が変わるんです。地上の王から、死後の国の王になるんで。
なるほど。(ぽんっ!)知りませんでしたが、何となく納得。

> あと、古代王国時代はラクダがいなかったので、ラクダ毛の織物も、現代では輸出品として扱われてますが昔は無かったっす。
本には「毛織物は不純」とかいう意味不明な表現があって、疑問に思っていました。本来は、使うことがはばかられていたものなのでしょうか?

金属の鎧は、あの気候では・・・使用は地獄でしょう。
今よりも砂漠が少なくて緑が多かったとしても、あまりに暑くてみんなが坊主頭にしているほどの国ですから。

ただ、兜については、
「詰め物をしたかつら、または厚手の布のボネ(←何だろう???)が兜の代わりだった」と書いてありました。
ジェキエ著「エジプトとアッシリアの文献学と考古学に関する論文著作集」における軍人の服装についての論文・・・が資料らしい。

また、(ラメス2世時代の外国の傭兵による)近衛隊の武装は、麻か革の鎧と、角をつけた被り物、と、武器であったと書かれています。
角の付いた被り物というと・・・メソポタミアでは神様のシンボルですよね。外国人ですからエジプトとはまた異なる文化を運んできていたのでしょう。

それから、エジプトでは上流階級の人は、棕櫚かパピルス製のサンダルを履いていたようですが・・・
パピルスって、服にも利用できなかったのでしょうか。すぐに破れてしまうでしょうか?
職場の友人が新婚旅行でエジプトに行って、いかにも怪しい「絵の印刷されたパピルス(本物か?)」を土産にくれましたが・・・
これ、使いようでは服にも被り物にもなりそうだ。というのが正直な感想です。

タイトル Re^6: ネメス頭巾や冠り物
記事No 2322
投稿日 : 2006/05/29(Mon) 23:07
投稿者 岡沢 秋

> 本には「毛織物は不純」とかいう意味不明な表現があって、疑問に思っていました。本来は、使うことがはばかられていたものなのでしょうか?

いや、神官の服でヒョウの皮なんかあるくらいだから、そうではないと。
カツラの場合なんですが、人毛を使うものが高級、獣の皮を使うのが安物、っていう発想だったらしいです。不純というより安物、パチもの、っていう意味なんじゃないかな…。

でも毛織物って古代エジプトでは、あんまりないですね。
シラミとか沸きそうだからかも。


> ただ、兜については、
> 「詰め物をしたかつら、または厚手の布のボネ(←何だろう???)が兜の代わりだった」と書いてありました。

大航海時代Onlineに在りますよ(笑 …じゃなくて。
ボンネットのことですよ。画像探したらあった↓

http://www.ornedefeuilles.com/enfant/oer2001.shtml

そう、帽子とかカツラで、既に兜なんですよね。特に中に芯の入ってるカツラって、それだけでヘルメットな気がする。

> また、(ラメス2世時代の外国の傭兵による)近衛隊の武装は、麻か革の鎧と、角をつけた被り物、と、武器であったと書かれています。

ツノのついてる被り物というと、よくバアルが被っているアレですよね。あれ実戦で使ったのかな…?


被り物とはチトずれますが、エジプトの兵装は、ターゲットにする地域によっても変わります。ラメセス時代は、領土をアジア方面に拡大している時代なので、エジプト国内より若干涼しく、行軍するにも海沿いの街道でしたので、馬車が使えました。

それより前、中王国時代や古王国時代だと、内陸のヌビアがターゲットだったり、国内の砂漠が中心だったりするんで、あついので装備品が限定される&車輪のついてる輸送手段が使えない …っていう制約があったんだと。


> それから、エジプトでは上流階級の人は、棕櫚かパピルス製のサンダルを履いていたようですが・・・
> パピルスって、服にも利用できなかったのでしょうか。すぐに破れてしまうでしょうか?

どうなんでしょう。ゴザ作ったり船作ったりしてるくらいなので、作れたかも。


> 職場の友人が新婚旅行でエジプトに行って、いかにも怪しい「絵の印刷されたパピルス(本物か?)」を土産にくれましたが・・・
> これ、使いようでは服にも被り物にもなりそうだ。というのが正直な感想です。

パピルス自体がエジプトで絶滅していることもあり、本物のパピルスは、パピルス博物館などでしか手に入らないんですが…汗の吸収が悪そうな気がします(笑



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