■ヴォルスンガ・サガ/ワルタリウス |
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ヴォルスンガ・サガ
―初代:シギからヴォルスングの娘:シグニューの復讐まで―
ヴォルスングの名は一族の祖であるヴォルスング王に由来するが、この物語は、ヴォルスングのさらに祖父にあたる、シギ(シーゲ)という男から始まる。
シギは、「オーディンの息子」と呼ばれた。(実際に血がつながっていたというよりも、古代北欧ではオーディンの寵愛を受けた戦士のことをオーディンの息子と呼んだらしい。)
シギの他にスカジという男もいて、ともに地位が高かったが、シギのほうが権力を持っていた。
ある日シギは、スカジの奴隷ブレジを殺してしまう。シギは、ブレジは逃亡したのだと嘘をつくが、スカジは信じず、森の中を探して、雪だまりに埋められていたブレジの死体を発見する。人殺しの罪で裁判にかけられたシギは追放の刑を受ける。国を出てゆくシギにはオーディンが伴をし、その加護によって、彼はやがてフーラナンドを支配する王となる。
身分高い妻との間には、レリルという息子が生まれた。
成り上がり者であるシギをねたむ者は少なくなかった。やがてシギが老人になった時、妻の兄弟たちが反逆する。留守にしていたシギの息子レリルは、父が討たれたのを知って、復讐のため同盟者を集め、王国を奪い返す。
こうして、血の復讐の義務を果たしたレリルは、妻を娶り、王座について趨勢を誇ったが、夫婦の間には長く子供が生まれなかった。困ったレリルは神々に祈り、女神フリッグがその願いを聞いた。レリルのもとには、カラスに変身した戦乙女フリョーズがリンゴを運び、そのリンゴを食べた妃は身ごもる。
しかし、六年経っても子供はいっこうに生まれなかった。その間にレリルは戦で死に、妃も、このままでは自分と子供はともに死ぬと考え、命を賭して子供を生むことを決意する。母親の腹を割いて取り出されたその子は、ヴォルスングと名づけられた。体が大きく、非常な速さで成長する子だった。
ヴォルスングは父の後をついで、フーナナンドの王となり、かつてレリル王にリンゴを運んだ戦乙女、フリョーズを妻とする。
彼らの館の中心には、バルンストック<子供の幹>と呼ばれる、大きなリンゴの木(※一部では樫の木となっている)が聳え立ち、美しい花をつけていたという。彼らには十人の息子と一人の娘が生まれたが、息子のうち長男はシグムンド、その双子の妹がシグニューといった。
*****
ある時、ガウトランドを支配するシッゲイル王が、シグニューに求婚にやってきた。兄弟たちと父は姻戚を結ぶのはよいことだと進めるが、シグニュー本人は気が進まない。しかし結局は父が取り決めて、婚約が成され、やがて結婚式の日となった。
その日、宴の場に、誰も知らない片目で裸足の老人が入ってくる。老人は一本の剣を取り出し、館の中心に聳える木に、柄まで深々とその剣を突き刺す。彼は言う、「この剣は、抜き取ったものに与えよう。その者は、これに勝る剣を一度も握ったことがないことを知るであろう」。
老人が去っていくと、人々はすぐさま剣を抜きにかかるが、誰ひとり剣を動かすことも出来ない。ただ一人、シグムンドだけが、その剣をやすやすと引き抜くことが出来た。
その剣の立派なさまを見て、花婿のシッゲイルは欲しくなる。黄金と引き換えに譲って欲しい、と頼むが、シグムンドは「あなたには抜けなかったのだから」と、断った。馬鹿にされたと感じたシッゲイルは、心の中で仕返しを考えながら、表面上は何事もないように装った。
身分高い人々の結婚の宴は通常、一週間ほど続くものだったが、シッゲイルは翌日早々に旅立とうとしていた。何か言い訳をして、早々に帰国する理由が出来たことにしたのだろう。
その埋め合わせに、三月の後にガウトランドの自分の領地に来て欲しいと申し出る。
さて、巨人の娘(フリョーズ)の血を引く、この家系には、予言の力が備わっていた。
予言の力は、とくに女性に強く現れる。兄弟の中で唯一の女性、シグニューは、一族の守護聖霊<キュンフィルギエ>が結婚の引き起こす不幸を告げたことを家族に打ち明ける。しかし父王は、結婚を解消すれば、シッゲイル王の手ひどい仕返しに合うから出来ない、と言う。
シッゲイルは妻を伴って帰国する。
ヴォルスング王とその息子たちは、三月のち、約束どおり、ガウトランドへ赴く。そして裏切りに合い、ヴォルスング王は殺され、兄弟たちはみな、捕らえられてしまう。
シグニューは夫に、捕らえられた兄弟たちをすぐには殺さず、森の中に縛っておいて欲しいと頼む。シッゲイル王は承知し、そのとおりにするが、森の中には老いた牝狼がいて、毎晩ひとりずつ、身動きのとれない兄弟たちを殺していく。最後に残ったのが長男のシグムンドだった。
シグニューは召使に命じて、蜂蜜を持っていかせる。蜂蜜はシグムンドの顔に塗り、口の中にもいくらか入れるようにと。召使は、そのとおりにする。やがて夜になり、やって来た牝狼は、シグムンドの顔についている蜜に気づいてなめはじめ、口の中の蜜をなめようと舌を伸ばしたところで、舌を食いちぎられ、もだえて死ぬ。(その狼は、魔術によって姿を変えたシッゲイルの母親だったと言われている。)
狼が暴れたお陰で縛めをとかれ、自由になったシグムンドは、森に地下室を作ってそこに隠れ住む。シグニューは兄に必要なものをこっそり届け続けたが、シッゲイル王は、ヴォルスングの人々がみな死に絶えたものと思っていた。
***
やがてシグニューは、シゲイル王との間にふたりの息子をもうける。
彼女は息子たちに、彼ら自身の実の父親でシグムンドを殺すため鍛え上げようとするが、鍛えるほどの力は無く、泣き言を言う。
彼女は容赦なく、役に立たない子は殺してください、と兄に告げる。
復讐のためには、もっと強い息子が必要だった。ヴォルスングの血をもっと濃く引く、生粋の息子が必要と考えたシグニューは、館にやって来た魔術に長けた女と姿を取替え、見知らぬ女のふりをして、兄を訪ねてゆく。偽りの姿で兄と床をともにし、身ごもった彼女は、復讐のための宿命の子供、シンフィヨトリを産み落とす。(※)
兄との間に生まれたシンフィヨトリは、シグムンドの息子であり、甥でもる。腕に直接袖を縫いつけられても泣かず、生きた毒蛇の入った粉を平気でパンにしてしまう豪胆な子どもだった。
ある時、森に出かけた二人は、呪われた狼の毛皮で人狼となってしまう。着た者の心も獣のようにしてしまう皮が脱げなくなったので、お互い離れていること、危機に陥ったときは呼ぶことを定めて別れる。
しかし、若いシンフィヨトリは助けを呼ぶのがいやで、一人で戦い、傷を負う。そのことを咎めようとしたシグムンドだが、皮の呪いで身も心も狼となっているため、思いのほか強く噛みすぎ、シンフィヨトリに重傷を負わせてしまう。
傷ついたシンフィヨトリを背負って運び、こんな狼の皮など呪われろと毒づくシグムンド。そこへ、鴉が傷を治す不思議な葉を運んで来る。シンフィヨトリは全快し、呪いから開放されたシグムンドは、人狼の皮を火にくべて始末した。(おそらく、この鴉もオーディンの使いだろう)
このような試練を潜り抜け、シンフィヨトリは逞しく成長した。
時が過ぎ、十分な力を蓄えたことを知ったシグムンドは、シッゲイル王の広間に忍び込む。兄たちと逢ったシグニューは、夜になったら復讐を果たそうとする。
だが、シグニューとシッゲイル王との間に生まれた二人の幼い息子が、たまたま遊んでいて、隠れている二人を見つけてしまう。シグニューは、シンフィヨトリに子供たちを殺させる。隠れていられなくなったシグムンドとシンフィヨトリは、シッゲイル王の家臣たちと激しく戦うが、多勢に無勢、ついには捕らえられ、縛り上げられてしまう。
彼らを苦しめながら殺したいシッゲイル王は、庭に穴を掘らせ、二人を生き埋めにする。一計を案じたシグニューは、わらの束を抱え、その中に豚肉とシグムンドの剣を隠し、穴の中に投げ込んだ。剣を使って穴の中の石を切り裂いた二人は、夜の間に脱出し、安心してみな眠っているシッゲイル王の館に戻り、薪を運んで、火を放つ。
燃え盛る館の中で目を覚ましたシッゲイル王は、誰がこんなことをしたのか、と問う。
シグムンドは答える、「ここにいるのは私と、妹の息子シンフィヨトリ。ヴォルスング家の血は、まだ絶えてはいない」
シグムンドは妹を連れて行こうとするが、彼女は応じない。そして、かつて自分が姿を変えて兄のもとに行き、シンフィヨトリを生んだことを明かし、復讐のためにあまりに多くのことを成したので、これ以上生きていようとは思わないことを告げる。
望んで添ったわけではないが、夫とした人の側に在ると言い残した彼女は、炎に身を投じ、シッゲイル王とともに果てるのだった。