北欧神話−Nordiske Myter

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「ロキの口論」

罵倒に隠された意味?



ところでロキは、何故、こんな罵倒劇を演じたのだろうか?
ロキが、いくら考えなしで勢いだらけの男(笑)だとしても、トール以外の主だった神々がすべて集まる場所で、その神々を片っ端から罵倒して回るなど、あまりに大それている。この「ロキの口論」の中で、ロキはオーディンと同盟関係となる誓いをかわしたことを述べているが、アース神族の首長との盟約があったとしても、自分の身を危険に晒すことには違いない。

ひとつの仮説を立てたい。
「ロキの口論」とは、「巫女の予言」と同じく、神々の死を予告しながら、神々の死の理由を述べるものではないだろうか。
ロキは、ここでは神々の告発者の役割を担っているのではないだろうか?

罵倒された神々は、まともに言い返すことが出来ず、トールが戻ってくるまでは誰一人としてロキを捕らえて黙らせることも出来ない。「センナ」は戦いの前哨戦のようなものなのだから、そこで負けていれば、そもそも刃を交える前から敗北していることになる。ロキが口にしている内容は、そのくらい致命的なもの、神々にとって文字通りの爆弾発言なのではないだろうか。

まずは、ロキが罵倒している内容について、各々、考察しよう。


◆対オーディン

オーディンに対する非難は、「勝利を人間たちに公平に分けてやることもできない」というもの。
勝利を与える戦の神であるオーディンは、戦乙女たちを遣わして人間たちの戦いの勝敗を決めるが、お気に入りの人間にズルをして勝たせるのは、有名な話。ヴォルスング一族をはじめ、「グリームニルの歌」にあるゲイルロズ王など、オーディンの気まぐれに振り回されて命を落とす戦士たちの話は枚挙に暇が無い。
武勇のある人間たちをコンスタンスに殺すことは、神々の世界の戦力増強になるが、あまりに酷いそのやり口に、時には反発する戦乙女が出るくらい(=ブリュンヒルド)だ。時には自分のひいきの人間を勝たせるために、妻フリッグが祝福を与えた人間を貶めることもあるくらいだ。
そのような誤魔化しが暴露されることは、神々の長であるオーディンにとって確かに致命的だろう。


◆対ブラギ

次にロキが罵倒するのはブラギ。ブラギの場合、まず、アース神の首長であるオーディンと義兄弟もしくは養子縁組の関係を結んでいる同族を宴から追い出そうとしたことに対し、非難が浴びせられている。また、口先だけで、実際は戦おうとしないことを揶揄されている。
詩人は戦わないのではないか? と思うだろうが、古代北欧のゲルマン戦士たちは、職人であり、農民であり、詩人である。男子たるものまずは戦えること、その上で詩才のある者は戦いに際して詩を読む。(アイスランド・サガには、エギル・スカラグリームスソン、グレティルなど、詩才のある人間の戦士たちが大勢登場する)
つまりブラギが戦わず、武勇もないことは、彼にとって致命的な恥になりうると考えられる。


◆対イズン

彼女は「兄の殺害者を抱いた」ことを非難されている。その殺害者とは、おそらく夫であるブラギのことだっただろうといわれている。
古代北欧の倫理観では、親や兄弟といった血縁関係のほうが婚姻関係より優先され、ある人物の殺害や侮辱については血縁者が賠償請求をしなくてはならないという法律があった。つまり「復讐」が「義務」であり、秩序を守るための手段であった世界なのである。
その中で、兄の殺害者を告発することなく夫にしている時点で、イズンは名誉を失っていることになる。


◆対フリッグ

フリッグはそのものズバリ、浮気を非難されている。オーディンの不在中に、オーディンの兄弟であるヴィーリ、ヴェーと関係を結んだという。婚姻に関係する女神であるフリッグには、あってはならないことだろう。


◆対フレイヤ、対ニョルズ

この二人はどちらも近親相姦と浮気で責められている。
ヴァン神族は性に対して寛容なようで、ニョルズもフレイヤも、それが悪いこととは考えていないようだが、アース神族の秩序からすれば罪である。


◆対チュール

もともと調停の神でもあったチュールだが、ロキの息子であるフェンリル狼に調停の右腕を食いちぎられてからは、その役目を離れている。
そんなチュールに向けられる非難の言葉は「黙れ、二者を取りなすことが出来なかったくせに」。これはチュールにとって一番痛いところだろう。右腕を失ったのは、フェンリル狼を欺く片棒を担いだ報いであり、調停者として失格だということを意味している。
また、妻をロキに寝取られていながら、夫として当然果たすべき賠償請求をしなかった、という点でも責められている。


◆対フレイ

愛や生殖に関係する神でありながら、ほれた相手を脅し、黄金を貢いで妻にしたことを責められている。
また、神々の最終戦争で必要となるはずの剣を、求婚のために召使に渡してしまったことを馬鹿にされている。(この顛末は「スキールニルの歌」に詳しい)
まあ下世話な見方をしてしまえば、剣とは男根の象徴である。女に惚れたがゆえに骨抜きにされて大切な剣を失うとは、お前は戦士として失格だ、と言われているようなものだろう。


◆対ビュグヴィル

ここ以外に名前の見えない存在。小さいと表現されるので小人かもしれない。
食事の世話が出来なかった、とはなんのことか。また、俊敏ではあるが、戦の時には姿が見えない(=逃げてしまう)ということで責められている。


◆対ヘイムダル

この神の場合、罪らしきものが見当たらない。お前は苦労してきた、という意味のことを言われているだけである。
ロキが何の罪も告発できなかった、唯一の人物ということになるだろう。


◆対スカジ

ロキはまず、自分が、スカジの父スィアチの殺害者の一人であると言って武勇を誇り、次にスカジとの親密な関係を公言する。
この2つが示すところは、親の仇であるロキと関係を持ったということに対する非難である。婚姻関係より血族関係が優先されること、身内の殺害に対しては相応の報復をしなければならない古代北欧のルールについては、イズンのところで書いたとおり。
彼女もまた、果たすべき義務を忘れたことを責められているのである。


◆シヴ

シヴはその場を収めようとするが、逆にロキによって、浮気の事実をバラされてしまう。
彼女が罵倒されたのち夫であるトールが帰還し、それ以上恥をばらさせぬようにする。


◆トール

ロキはトールについても罵倒するが、それは罪というより恥のようなものである。ロキとトールはよく一緒に旅をしていたが、その中で巨人の王、ウトガルザ=ロキと対峙した際、トールはウトガルザ=ロキに及ばず、いくらかの恥をかかされて帰って来る。
だがトールは動じなかったため、ロキは宴を逃げ出すことになる。



ロキは口先三寸でいい加減なことを言うようなイメージがあるが、もちろん告発は嘘があってはならない。嘘である、と否定した者がいないところを見ると、ここまで神々を罵倒してきたロキの言葉は、すべて当人にとってはクリーンヒット、告発として嘘がない話だと言えよう。
日本語でも「負い目」という言葉があるが、ロキが公にするのはまさに、それぞれの持つ「負い目」の部分であり、事実である。非難され、告発されている罪が本当に存在するからこそ、神々はロキの言葉に戦う力を奪われ、彼を止めることが出来ないのだと考えられる。この時点でロキは、宴に居並ぶ神々すべてを併せたより優位に立っている。

最終的に彼をとらえるのはトールだが、トールには、この時点で致命的な罪が無かったからこそ出来たとも読める。(その意味ではヘイムダルでも良かったはずだが…)
もちろん妻シヴが浮気をしていたという話はあるが、この時点まで彼がそれを知らなかったのだとすれば、宴の時点でロキを告発しなかったことは罪にはならないからだ。


さて、そう考えていくと、そもそもの発端であるロキのフィマフェング殺害も、実は気まぐれではなく意味があったのかもしれないと思えてくる。
ロキはエーギルの従者のひとりフィマフェングが褒め称えられていることが我慢ならず、その場で斬り殺してしまうのだが、もし、このフィマフェングが何らかの不正や罪を犯していながら神々の宴に招かれていたとして、耳ざといロキがその事実を知っていたとすると、「褒め称えられることが我慢できずに」殺してしまうことも、あったかもしれない。まあ、考えすぎかもしれないが…。


「巫女の予言」で言われるとおり、また他のエッダ詩で言われるとおり、ロキは神々の最終戦争、世界の終焉で重要な役割を果たす存在である。巨人たちが神々の世界に押し寄せるとき、ロキは先陣を切って船を導く。また地下の死者の国から浮かび上がったヘルの船も、ロキのもとへやって来る。

だが、そもそもなぜ、神々の世界は滅びてしまうのか。巨人たちがアスガルドへの入り口を越えられたのは何故なのか?
世界の中心にユグドラシルが聳え、その周りに九つの世界が存在した過去の秩序は何故死んでしまったのだろうか。それは、神々自身が秩序を破り、罪を犯してしまったせいではないだろうか。

ロキが告発する罪は、神々が自ら口にせず、隠し通してきたもの(この「口論」で初めて発覚していると思われるもの)も多い。
栄光の宴に出席している神々は悉く、あるべき秩序、法律に反し、罪を犯している。秩序を守るべき神々がそうなのだから、この世の秩序は既に失われていることになる。
ゆえに世界は間もなく滅び、ここで告発されている神々は、ロキが直接殺すヘイムダルを除いて、残らず巨人族の手にかかって死に絶える。ロキはそのように宣言しているのではないだろうか。


世界の崩壊は、過去の秩序の死を意味する。それとともに、世界の再生は新たなる秩序の誕生を意味する。
北欧神話における神々の死は、もはや彼らには世界の秩序を守る力がなくなり、新しい宗教に座を譲ったことを意味しているとも読める。

では、そのような神々の交代劇の水先案内任であり、神々の罪を知り尽くしていたロキとは、どういう存在だったのだろうか?
残念ながら、そこまで推測することは出来ない。新しい宗教(=この場合、キリスト教)の秩序には属さず、神々を堕落させる悪魔とも読めない。聖人ではなく、完全な悪でもなく、神々にとって必要でありながら致命傷となる存在。ロキの存在は、彼が口にする言葉ほどには、明らかにはならないものだ。


********

最後に、これらの口論を「人間の側から」見てみる。
神々にとってはお互いの名誉が失われる一大事なわけだが、人間の側からして、もし、このロキの罵倒を聞いていたとしたら、どうなるだろう。

◆オーディンの場合
「勝利の父」と呼ばれたオーディンが、戦いの行方を決めるのにエコひいきをして気まぐれで勝ち負けを決めていた
ぜんぜん公平じゃないし、武勇のあるほうが勝つとも限らない

◆ブラギ
詩の神だが、口先だけで自分は戦えない臆病者
ゲルマンの戦士たる男子にとって、そのような姿は好ましくない

◆イズン
肉親の復讐義務を果たしていない

◆フリッグ
婚姻の女神でありながら、夫の不在中に浮気

◆フレイヤ、ニョルズ
近親相姦、淫乱

◆チュール
争いを調停することが出来なかった調停者
妻の不貞に対する処罰を行えていない

◆フレイ
身分高い貴公子だが、脅しと黄金によって花嫁を手に入れた

◆ビュグヴィル
俊敏だが戦いにおいて逃亡した形跡あり

◆スカジ
肉親の復讐義務を果たしていない

◆シヴ
夫の不在中に浮気


神々は皆、罪を犯し、中には自分の役目すら果たせていない者もいる。
これでは人間の信頼を失い、信仰されなくなったとしても仕方が無い。これもまた、神々の滅びに繋がる要因だろう。


※ゲフィオン、ベイラについては、非難されているというより通りかかっただけ?
今ひとつ納得のいく説明がつかなかったので、ここではいないものとしてスルー。



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