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ニーベルングの指輪

神話・叙事詩から見た人物解説


オペラやワーグナーに関連したサイトではその違いが語られることはあまり無いが、この「ニーベルングの指輪」に登場する人物たちは、それぞれ、北欧神話や英雄伝承からモデルを得ているが、元のものとは、かなり異なる存在になっている。
ここは神話・叙事詩がメインのサイトだから、演出や音楽の素晴らしさについては音楽のサイトに任せ、ストーリーとキャラ設定、どの辺が元の物語(「エッダ」を基本とする北欧神話)と違うのか、ひとつ詳しく解説してみることにしよう。


■神々

神々の名前は、北欧神話のノルド語ではなくドイツ語バージョン。読み方や解釈はドイツにおけるそれに置き換わっている。(オーディン⇒ヴォータン など)。また、神々の役割や性格は、元々の北欧神話のものにギリシャ神話のイメージを重ねてドッキングさせたものとなっている。


ヴォータン Wotan

北欧神話では「オーディン」。それをドイツ語読みにしただけだから性格はそのまんま? と、思いきや、ギリシア神話のゼウスの性格がかなり入って、妻の尻にはしかれるわ、思いつきで他所様に子供つくるわ、その子供の運命を弄ぶわ(いや、弄ぶのはオーディンもやってたか?)、えらいことになっている。
劇中には雷鳴の神、また嵐の神として登場するが、北欧神話のオーディンは何より「知恵」を司る神として描かれ、その次に「戦況を定めるもの」という性格がついてくる。ワーグナー版では、知恵の神としての性格は知恵の女神エルダにほとんど取られてしまい、彼自身は未来を見通せず、惑い、絶望するだけである。
ワーグナー版では妻フリッカを手に入れるために片目を失ったことになっているが、北欧神話及びその他の伝説では、知恵を手に入れるため、世界樹のもとに湧き出る水を飲む代償として失ったことになっている。
また、この物語の中のオーディンは、自らの武器である神聖なルーネの刻まれた槍を作るために世界樹の枝を切り裂き、世界樹を枯らしてしまっている。(つまり、「ニーベルンクの指輪」の中では、すでに世界樹は存在しない。ラグナロクで燃え尽きるのはユグドラシルではなくワルハラの宮殿に変わっている)


フリッカ Fricka

北欧神話では「フリッグ」。オーディンの妻としての役割は変わらないが、雄羊にひかせた車に乗っているという部分については原典にない。フレイヤの猫車の伝承をミックスしたのだろうか。
彼女もやはり、ギリシア神話の婚姻の女神、ヘラの性格がかなり付加されている。もとの北欧神話では、フリッグは何をしているんだかよく分からない人(笑)であり、婚姻には、別の女神たちヴァールやロヴンが関係している。
また、結婚に関係しているものとして、トール神のもつハンマーも、花嫁の「清め」に使われていたとされる。
ここでは、ワルハル宮(ヴァルハラ)のとりで建設は、婚姻の神である彼女が夫を繋ぎとめるために家をおねだりしたからだ、なんて、やたら生々しい設定になっているが、北欧神話ではオーディンが自分の意思で建てたものとされている。(「家」へのこだわり自体が、いかにも19世紀らしい夫婦の価値観と言える。)


フレイア

北欧神話でも名前はそのまま。ただし、この物語の中では、ドイツの伝承としてフリッグとフレイヤが混合された「ホルダ」という女神の呼称が、フレイヤ一人に対して使われている。あるいは、ギリシャ神話のアテナのイメージも重なる。ワーグナー版ではフリッカの「妹」とされているが、北欧神話では彼女はフレイ神の双子の妹で、ヴァン神族のニョルズを父とする。神々一の美貌で、城を建てた巨人へ代償として渡されそうになったり、巨人が嫁によこせと言ってきたりする女神様である。
ワーグナーの描くフレイアは「乙女」と呼ばれ、まだ未婚の身のようだが、北欧神話では既婚で、夫はオード(オッド)、フノスとゲルセミという娘がいる。また、黙って連れて行かれるような、気の弱い方ではない。ビンタ食らわして暴れるはずだ。^^; なんせ彼女が怒っただけで、神々の世界は地震に見舞われるのだから。
また、青春のりんごを持っているのは、彼女ではなく、別の女神イドゥン(イズン)の役割だった。


フロー

フレイヤの双子の兄、豊穣神フレイに相当する。神々と巨人たちの最終戦争では素手で巨人を倒すなど、えらく強い人のはずなのだが、ワーグナーの描くフローは、虹の橋をかけるくらいしか役目が無い。虹をかける、というところは、ギリシア神話のアポロンも少し入っているのかもしれない。北欧神話に登場する彼の武器や乗り物は、ここでは見られない。


ドンナー

雷神トールに相当する。北欧神話では、オーディンと大地の女神ヨルドの間に生まれた息子とされ、オーディン、フレイとともに、人気のあった3柱の神の一人である。ワーグナー版では、フレイア、フローとともにフリッカの兄弟とされている。つまりオーディンは義理の兄という位置づけだ。
こちらもフローと同じく、虹の橋をかけるときに使う雲や霧を集めたり、ハンマーふりまわして巨人を脅したりするくらい、と出番は少なめ。インパクトも薄くなっている。


ローゲ Räte

ロキLoki」の語源が炎を意味する「ロギlogi」ではないか、という説が主流だった時代に書かれたために、ロキは焔の神ローゲとして解釈された。「半分しか神ではない」「狡猾」等、北欧神話的な性格は引き継いでいるものの、ワーグナー版では、オーディンと義兄弟の契りを交わし、神々の一員となった深い関係については、あまり語られていないようだ。また、オーディンの槍の力に屈服させられた…というのも、北欧神話とは違っている。全体として、神話よりもスナオにオーディンの言うことを聞いているのがミソである。(笑)
また、クライマックスで神々の国を炎上させる役目を、炎の国ムスッペルの巨人スルトの代わりに彼が行っているのも、注目すべき違いだろう。


■人間/半神

人間たちの名称について、関連伝承との比較表はこちら
名前が似ていることから、しょっちゅう混同される「ニーベルングの指輪」と「ニーベルンゲンの歌」だが、実は人間、半神の役割には、「ニーベルンゲンの歌」の影響がほとんど見られない。役割や呼称は「エッダ」や「シドレクス・サガ」、また主に「ヴォルスンガ・サガ」から引き継いでいる。


ブリュンヒルデ Brünnhilde

「この世で最も賢い女性」エルダと、ヴォータンの間に生まれた戦乙女。プリュンヒルト、ブリュンヒルトなど、シグルドリーヴァなど多くの名につて呼ばれる存在。エピソードによって少しずつ表記は違うが、北欧神話における代表的な呼び名を敬称している。
ワーグナー版での彼女の役割は「エッダ」や「ヴォルスンガ・サガ」などからほぼそのまま引き継がれており、ジークフリートに自分の持つルーネの知識を与える場面などがそのまま演じられている。
悲劇的な最期もそのまま。だが、サガなどでは、彼女のもとから奪いさられた指輪が再び彼女の手にもどることはなく、彼女の死が、神々に滅びをもたらすこともない。元ネタより扱いが重くなっているキャラクター。


ジークフリート Siegfried

彼の名前も、プリュンヒルデと同じく、ジーフリト、セイフリートなど、伝えられているエピソードによって微妙に異なるが、北欧神話における代表的な呼び名を継承している。
役柄については、ブリュンヒルデと同じく「エッダ」や「ヴォルスンガ・サガ」の焼き直しである。ホレ薬を飲まされるところは「ニーベルンゲンの歌」には登場しないが、「エッダ」や「サガ」にはしっかり登場する。竜を殺して戦って、ハーゲンに背中の一点を突かれて殺されるところも彼の登場する代表的な物語のアウトラインをなぞっている。
違うのは、彼が刃物の通らない体になる理由だ。北欧神話や叙事詩の世界では、それはブリュンヒルデの守護のお陰ではなく、殺した竜の血を浴びたお陰だったことになっている。プリュンヒルデの役割を重要にするために変更したのだろうか。
ワーグナーの描くジークフリートは、中世中期以前の話よりもかなり単純明快で、よく言えば純真無垢、悪くいえば単なるバカと化している。中世後期の英雄物語では、そのような性格が好まれたようだが、その影響を受けているのだろうか。この物語の中の彼には、かつてブリュンヒルトとグズルーンへの愛に葛藤した、悩みのかけらは、もはや存在しない。


グンター Gunther

グンテル、ギュンターなどと呼ばれる王に相当する。「ニーベルンゲンの歌」ではブルグント族の王だが、ワーグナー版では、より古い伝承に従ってギーヒヒ(ギヒコ)族の王、とされている。、役割的には「エッダ」や「ヴォルスンガ・サガ」のグンナルに近い。「エッダ」における毅然とした王の姿は失われ、ゲルマンの首長というより豪奢な城で権力に固執する王の姿、意志の弱さにさらに拍車がかかり、最早、ハーゲンの言うなりに動くのみの存在になってしまっている。


ハーゲン Hagen

「ニーベルンゲンの歌」のハゲネに相当するが、役割的には「ヴォルスンガ・サガ」のホグニに近い。また、妖精の子であるところは、「シドレクス・サガ」のホグニから来ていると思われる。原典となる各種エピソードからの変貌が激しい人物の一人。ワーグナー版では、狡知に長けた、どちらかというとスパイか暗殺者のような印象を受ける。演出にもよるのだろうが、「ゲルマンの勇士」として逞しい漢<おとこ>ぶりを発揮し、正々堂々としていた彼が、舞台上で、青白く弱弱しい存在になっていたのを見てちょっとびっくりした。
父アルベリヒが復讐のために生ませた息子で、その意志に従い、呪われたニーベルングの指輪を手に入れようと画策する。
とはいえ、物語のクライマックスを飾り、おいしいところをガッツリ持っていくのは、この人。オーディンは言う。「わしには自由になる息子が得られないのに、あのニーベルングのアルベリヒは憎悪の化身となる息子を得た」、だがハーゲンは果たして、アルベリヒの意志に従う存在だっただろうか…?


グートルーネ Gutrune

「ニーベルンゲンの歌」のクリエムヒルト、「エッダ」や「ヴォルスンガ・サガ」ではではグズルーン。名前の意味はGood−rune(良きルーネ、ルーネは古代北欧の刻み文字)から来ている、と本編中で語られている。ジーフリトと結婚し、夫を失うストーリーは同じだが、ワーグナーが神々に重きを置き、ジークフリート殺害への復讐も、ジークフリート亡き後の彼女の再婚話も描かれてはいないため、活躍の場が無く、いささか影が薄い。(最初の夫を失ったあとの雄雄しい生き様こそ、彼女の見せ場だったのだが。)


アルベリヒ Alberich

「ニーベルンゲンの歌」では、獰猛な小人アルプリーヒ。ジーフリトに組み敷かれ、ひどい目に遭わされて、一族郎党とともに従わされる。ニーベルング一族を率いているところ、宝のもともとの所有者であるところは同じだが、その宝は、ラインの娘たちから奪ったものではない。また元の話では、宝に呪いをかけたのも、彼ではなく「アンドヴァリ」という別の小人である。
他にこの小人が本来登場するのは「シドレクス・サガ」。12歳を迎えたディートリッヒ(シドレク)が、最初の冒険で捕まえ、脅して剣のありかを吐かせるチョイ役の小人だ。


ミーメ Mime

ワーグナー版ではアルベリヒの弟だが、そのような兄弟関係は、他の物語には登場しない。ミーメの名が登場するのは「シドレクス・サガ」のみ。また、「ヴォルスンガ・サガ」では、ミーメとほぼ同じ役割を持つキャラクター、レギンが登場する。レギンは、両親を知らず森に捨てられたシグルズの育ての親である。作った剣を片端から折ってしまったり、鍛冶屋の仕事も覚えないで暴れたり、…そんなシグルズを、レギンは、竜に変化したファーヴニル(ファフニール)を倒し黄金を手に入れるためだけにガマンして育てているという、ワーグナー版の設定は、ヴォルスンガ・サガからきているものと思われる。


ファーゾルト&ファーフナー

ファーゾルド(ファゾルド)の名が登場するのは、「シドレクス・サガ」。巨人または巨漢の騎士として描かれ、ディートリッヒと一騎打ちに挑むことになるエッケの兄弟。ファーフナーは北欧神話に登場する、黄金を守る邪悪な竜ファーヴニルのことで、巨人フレイドマルの息子が変化したもの。北欧神話での兄弟は、カワウソの姿で滝に住むオトル、レギン。あと妹も二人ほど名前が登場する。
ワーグナー版における彼らは、ファーゾルトがやや善良、妻としてフレイヤが欲しい人。ファーフナーはずる賢く、妻より富が欲しい人。
ちなみに、この両者が兄弟として登場するエピソードは、他の作品には存在しない。
この物語の中では、巨人たちの住む世界はヨートゥンヘイムではなくリーゼンハイムという名前になっており、彼らの住処は「東にあるリーゼンハイム」である。


エルダ

全能を持つ大地の女神。ヴァーラとも呼ばれる。イメージ的には、ギリシア神話の女神「ガイア」を思わせる女神。「エルダ」の名前は、年長者elderから来ているとされる。元の神話には登場しない。
北欧神話では似たイメージの存在として、大地の女神「ヨルド」が登場する。トール(ドンナー)は本来の神話では、オーディン(ヴォータン)とヨルドの間に生まれる息子だった。ワーグナー版では、オーディンと大地女神の間に生まれるのは戦乙女ブリュンヒルデとなっているが、北欧神話では戦乙女たちは神々の娘ではない。また、大地の女神が運命を司る3人の巨人、ノルニルたちと親子にあるというのも、オリジナル設定である。
普段は眠っており、ヴォータンによって呼び覚まされ運命を語りだすところは、エッダの「バルドルの夢」に見られる、死せる巫女の姿を連想させる。


ワルキューレたち

ワーグナー版では、ブリュンヒルドのほかに、「ゲルヒルデ」「オルトリンデ」「ヴァルトラウテ」「シュヴェルトライテ」「ヘルムヴィーゲ」「ジークルーネ」「グリムヒルデ」「ロスヴァイセ」の8人がいて9人となっているが、北欧神話ではもっと大量の戦乙女たちがおり、ほとんどは人間の王族として描かれている。オーディンの娘とは限らない。
また、戦乙女の原型として「フィルギエ」、「ディシール」などと呼ばれている一族付きの守護女神があるが、そうしたイメージは、この物語の中には入っていない。


水の乙女たち

「ニーベルンゲンの歌」には、ハーゲンに忠告を与える3人目の名前がヒルデブルクと出ているが、この名前も一定ではない。乙女たちが3人なのは、運命の女神ノルニルが3人姉妹であることにも関係しているのかもしれない。
一番大きな違いは、「ニーベルンゲンの歌」では、彼女たちが忠告を与えるのはハーゲン(「フン族の国に行くと殺される」)で、「ニーベルングの指輪」ではジークフリート(「あなたはもうすぐ殺される」)だ、という点だろうか。また、「ニーベルンゲンの歌」では、忠告を与えるのは正確に3人ではない。


■その他

第一日「ワルキューレ」で、ブルュンヒルデの姉妹たちが集う場面。戦場で倒れ戦乙女たちに運ばれてくる戦士たちの中に「ヘーゲリング族のジントルト」「イルミング族のヴィッテッヒ」という名前がある。ジントルト、ヴィッテッヒ(ヴィテゲ)は、ともにシドレクス・サガに名前の見えるキャラクターだが、特に敵どうしということはなく、名前だけ借りられたものと思う。


参照>「ヴォルスンガ・サガ」 (このサイトにある別コーナーのページが、新ウィンドウで開きます。)

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