Goethe
甘き憂い(一部)
憂いよ、去れ! ―――ああ、されど、死すべき人間なれば、
生ある限り、憂いは去らず、
避け難きものとあれば、来たれ、愛の憂いよ、
他の憂いを追いて、なんじひとりわが胸を領せよ!
Süsse Sorgen....
*6
このゴンドラを、穏やかにゆり眠らす揺りかごに私はたとえる。
だが、その上の小房は大きい棺に見える。
まことに、私たちは揺りかごと棺の間を揺れつつ、
大きな命の水路を物思いなく漂い行くのだ。
Diese Gondel
[原語]
Diese Gondel vergleich' ich der sanft einschaukelnden Wiege,
Und das
Kaestchen darauf scheint ein geraeumiger Sarg.
Recht so! Zwischen der Wieg'
und dem Sarg wir schwanken und schweben
Auf dem grossen Kanal sorglos durchs
Leben dahin.
[現代英語]
I compare this gondolato a pleasantly rocking cradle;
And the little box upon it looks like a spacious coffin.
Rightly so! Between the cradle and the coffin we sway and float
On the great canal without care through life.
*13
どんな娘を望むかと、お尋ねになる。望む通りの娘を、
私は持っている。これは意味深長なことばです。
海辺を歩いて私は貝殻を探した。その中に真珠を
一つ見つけ、それをいま胸に抱きしめているのです。
Welch ein Mädchen....
[原語]
Welch ein Maedchen ich wuensche zu haben? Ihr fragt mich. Ich hab' sie,
Wie
ich sie wuensche -- das heisst, duenkt mich, mit wenigem viel.
An dem Meere
ging ich, und suchte mir Muscheln. In einer
Fand ich ein Perlchen; es bleibt
nun mir am Herzen verwahrt.
*18
人の一生が何ほどのことがあろう? しかも幾千の人々が、
人が何をしたの、どうしたのと、あげつらう。
詩はさらに片々たるものなのに、しかも幾千の人々に味わわれ、
非難される。汝よ、ただ生きよ、ただ歌い続けよ!
Eines Menschen Leben...
[原語]
Eines Menschen Leben, was ist's? Doch Tausende koennen
Reden ueber den Mann,
was er und wie er's getan.
Weniger ist ein Gedicht; doch koennen es Tausend
geniessen,
Tausende tadeln. Mein Freund, lebe nur, dichte nur fort!
*20
凡そ自由の使徒というものは常に私の気に食わなかった。
結局みんな自分のわがままを求めているに過ぎない。
多くの人を解放するつもりなら、進んで多くの人に仕えよ。
その難さを知らんと欲するか。ならば先ず試みよ!
Alle Freiheitsapostel...
[原語]
Alle Freiheitsapostel, sie waren mir immer zuwider,
Willkuer suchte doch nur
jeder am Ende fuer sich.
Willst du viele befrein, so wag' es, vielen zu
dienen.
Wie gefaehrlich das sei, willst du es wissen? Versuch's!
*
王も扇動者も等しく、善政を欲する、と人々は言う。
だが、誤りだ。彼らも我らと同じく人間だ。
民衆は、周知のように、自分のために欲することが出来ない。
だが、我ら万人のため欲することを知る者は、それを示せ!
Könige wollen das Gute...
*21
熱情家はすべて三十歳で十字架にかけよ!
かつては欺かれた人も、一たび世間を知ると、悪者になる。
Jeglichen Schwärmer schlagt...
[原語]
Jeglichen Schwaermer schlagt mir ans Kreuz im dreissigsten Jahre;
Kennt er
nur einmal die Welt, wird der Betrogne der Schelm.
*23
狂える時に会い、私もまたみずから、
時勢に従い、愚かしきわざを重ねた。
Tolle Zeiten hab, ich erledt...
[原語]
Tolle Zeiten hab' ich erlebt, und hab' nicht ermangelt,
Selbst auch toericht
zu sein, wie es die Zeit mir gebot.
和訳/「ゲーテ詩集」 高橋健二(新潮文庫)
Johann Wolfgang von Goethe,1788,NOV
この詩のオンラインテキスト
http://www.seinan-gu.ac.jp/~akao/goethe/txt-poem/084venezianische_epigramme.html
■この詩の鑑賞■
ゲーテ特有のヒネっぷりと味がじんわり染み込んだ小作品の連結詩である。
「熱情家はすべて、三十歳で十字架にかけよ!」など、どきっとするような、だがそれでいて力強く激しい文章が頭に残る。
ドイツ詩人はやたらと惚れっぽく、恋人について語りだすと別人のような詩を書くが、タイトル「甘い憂い」の意味が恋だとすると、彼は、きっと生きることにも恋をしたのに違いない。
ちなみに、大正時代の日本では、ゲーテ(Gethe)は、ギョオテと読まれていたんだそうだ。
黒い背広とシャッポを着て、街角の木箱の上でこぶしぶんぶん振り回し、熱弁ふるうギョオテ先生の姿を想像してるみると、楽しいではないか。
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