■ディートリッヒ伝説-DIETRICH SAGA |
サイトTOP>2号館TOP>コンテンツTOP |
ディートリッヒ・フォン・ベルンにまつわる伝説は、ニーベルンゲン伝説と切っても切れない関係にあるが、その二つの伝説はもともと交差する位置には無かったものと考えられている。
まず、ディートリッヒの原型とされる歴史上の人物、テオドリク王は、ブルグント族と直接的な関係には無い。そもそも時代と活躍の場所が違う。
本来、ディートリッヒの伝説とニーベルンゲンの伝説の両者は、独立した、無関係の物語のはずであった。
では、どこで二つの物語が交差することになったのか。いつから両者が交わるようになったのか?
「ニーベルンゲンの歌」そのものの発祥段階とは別に、物語の交差、という視点から、この部分を少し掘り下げてみたい。
ディートリッヒの伝説群と同じように、ニーベルンゲン伝説も、歴史的なモチーフ、北欧神話的なモチーフの両方を合成して登場した二重構造の伝承になっており、ストーリーには二本の柱がある。
神話的モチーフにあたるのが、プリュンヒルトの結婚に関する偽りが原因の、ジーフリト殺害という、前半部分のストーリーだ。
プリュンヒルトの原形、「エッダ」に登場するシグルドリファはヴァルキューレ(戦乙女)である。
戦乙女とは、北欧神話に登場する戦の父オーディンの娘たち(血の繋がりがある肉親、というよりも、私設部隊のようなもの)のこと。
つまり、プリュンヒルトが登場する話とは、本来、神話の一部だったと考えられるのである。
シグルドリファ(=プリュンヒルト)がシグルズ(=ジーフリト)と出会い、将来を誓い合うというストーリーもあるが、ここではシグルズは、オーディンの血を引くヴォルスング家の者、という神話的な設定だし、その場面でシグルドリファがシグルズに教えているルーンの使い方も、神話的意味合いを持っているといえるだろう。
歴史的モチーフにあたるのが、エッツェルの宮廷でのブルグント族の全滅という、後半部分のストーリーである。
この部分、エッツェルの宮廷でのブルグント族の殺害は、史実を反映したストーリーだとされている。
史実として、ヴォルムスに拠点をおいたブルグント族の国は、フン族との戦いで大敗を喫し、滅ぼされたとされる。
エッツェルは、「エッダ」ではアトリと呼ばれ、一般には、実在したフン族の王アッティラをモデルとしているとされている。
アッティラは、その弟ブレダ(ブレーデルの原型か?)とともに、ブルグント族の国を攻め、陥落させる。
さらに、この大戦で戦死したブルグント族の王の名は、グンテルの原型と思われるグンナルという。
テオドリクが活躍した年代も、時間にすれば、この出来事から100年と離れていない。
これらの歴史的な出来事が、時とともに混ざっていくのは、至極当然の経緯といえるだろう。
ところで、「ニーベルンゲンの歌」に含まれる二本の柱、前半と後半のストーリーは、元々は起源を異にするものでありながら、「エッダ」の中で既に一つの物語として語られている。かなり早い段階から、二種類の、全く異なる発生による神話が混ざり合ったのだろうと思われる。
そしてさらに、そこにディートリッヒの伝説が混じりこんだ。
ここには、ディートリッヒの伝説とニーベルンゲン伝説が、ともにノルウェー、もしくはアイスランドにおいて編纂されたという経緯も関係する。
ディートリッヒにまつわる伝説は、ドイツ商人がノルウェーに持ち込んだものが元になって、その地で発達したとされる。また、ニーベルンゲンの伝説は、「エッダ」や「サガ」に登場するように、アイスランドで多く語られていたようなのだ。
ノルウェーやアイスランドに住んでいた人々は、当然ながら、ヨーロッパ内陸の地理には疎かった。
ニーベルンゲン伝説とディートリッヒの伝説は、いつしか同じ地域、同じ時代の物語と認識され、入り混じるに至ったのではないかと推測する。
そして、北欧にやってきた伝説は、再度、自分たちの生まれた場所へと帰る。
ニーベルンゲン伝説は、かつてブルグントの拠点のあったヴォルムスへ。ディートリッヒの伝説は、テオドリンの住んだヴェロナへ。
しかし、かつて異郷の地で築かれた二つの伝説の関係は切れることなく、その後、形を変えながら現在へと至るのである。
***余談だが、私は、二つの物語の接点は「シグルトの殺害」ではないかと思っている。彼は、過去に偉業を達成しながら、女性への裏切りが原因で命を落とす登場人物である。
殺害方法や殺害者は微妙に違っても、彼は必ず、「戦わずして命を落とす」。
神話的/歴史的ストーリーを貫いて流れる因果関係は、すべて、この「シグルドの殺害」という点に端を発していると思う。
言い換えれば、彼が死ななければ、前半と後半のストーリーが繋がることは無いのである。
シグルドの原型となる人物が歴史上に存在したか? と、いう問いかけは過去に何度も成されたが、今のところ、答えは出ていない。
それらしき人物もしない。
また、シグルドの殺害者、あるいは、その場面に重要な役割を果たす者として必ず登場するヘグニの原型も、分かっていない。
しかしながら、彼らが、かなり古い時代の伝承から既に登場していたであろうことは予想され、それだけに、想像をかきたてられるものなのである。
***史実として、ディートリッヒの原型・テオドリクが、国を奪われ、一定期間(大抵10年ほど)放浪して王位を取り戻しに帰郷するといった出来事は起こっていない。
にもかかわらず。物語においては、何故か必ずこのエピソードがついて現れることになっている。
「王の追放」と「放浪」のモチーフが、いつ、どのような理由から生まれたのか? それは、今もうまく説明がつかない疑問である。
しかし、放浪の期間があるからこそ、ディートリッヒはアトリ(エッツェル)のもとへやって来るのだし、ニーベルンゲン族の滅亡に関わることが出来るともいえる。
そう考えると、あるいは、これは物語を交差させるための必然だったのかもしれない。