2005年1月19日
「岩崎城址
(いわさきじょうし)
愛知県日進市
地図
撮影 MINOLTA DiMAGE7 UG

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平針に免許証の更新へ行った帰り、
日没まで少し時間があったので、
たまたま地図を見ていて見つけた
岩崎城趾へ行ってみた。
こんなところがあるなんて全然知らなかった。
まだまだ近所にも知らない戦国時代の名残が
あるようだ。
駐車場もあって、公園にもなってるから、
日進市でしっかり整備、管理してるのだろう。
といっても遊ぶところがあるとかではなく、
歴史資料館がある程度なので、
子供連れで楽しめるようなところじゃない。
説明書きによると、信長の父(信秀)によって
建てられた城らしい。
その後、小牧長久手の合戦で役割を演じたとか。
こちらは正門の方(だと思う)。
車をとめたところからものぼっていけるけど、
回ってこちらから入る方が雰囲気が出る。
こっちは駐車場から直接あがっていく道。
といっても山になってるわけではなく、
小高い丘程度なので、
歩くといっても2、3分なのでなんでもない。
一応堀も残っていた。
当時もそれなりにしっかり造ってあったようだ。
ただ、城全体の規模は小さい。
のぼってすぐのところにある、二の丸庭園。
といっても、公園にしたときに造っただけみたい。
名古屋城の二の丸庭園を模したとか。
水琴窟。
当時からあったのか、最近のかは知らない。
たぶん最近だろう。
戦国時代の城でのんきに水琴窟を
作って喜んでたとも思えないから。
勘助の井という石碑があった。
一瞬、山本勘助?
と思ったけど、そんなはずはない。
城主が丹羽勘助という人物だったらしい。
その井戸があったのか?
隅櫓跡(すみやぐらあと)。
ここは発掘調査で見つかったところらしい。
ちょっとそれっぽい雰囲気はあった。
周りを囲んでるし。
門の横に何か入り口があったので
のぞいてみたらトイレだった。
石垣の中にトイレっていう発想が素敵だ。
このへんも全部あとから作られたものなので、
昔ながらの雰囲気は残っていない。
しょうがないことだけど残念だ。
岩村城はよかったなと思い出される。
写真では遠回りしたけど、
実際は歩いて5分もかからずに見えてくる天守閣。
模型にしてはなかなか立派なものだ。
これくらい遠目から見ると。
近くから見ても悪くない。
最初に見ると、おっと思う。
展望台になっていて上にあがれるのだけど、
夕方4時半までで入れなかった。
金シャチまで乗ってる〜。
なんでもかんでも金のシャチホコをのせればいい
ってもんでもないと思うけど、
名古屋人やその周辺の人間は、
城の天守閣の屋根には
何がなんでも金シャチを乗せないと
気が済まないところがあるようだ。
天守閣の横には歴史資料館もあった。
ここも4時半まで。
入館は無料。
これはなんだったかなぁ。
忠義がどうとかの碑だったと思うけど。
題字が徳川慶喜のものだったとかどうとか。
城の発掘調査をしてるときに、
偶然発見されたという古墳。
6世紀頃のものらしい。
けどこれもやっぱり復元されたもの。


 特別何かすごいものがあるというわけではない岩崎城趾だけど、こんなところにこんなものがあったんだなぁというちょっとした感慨にふけるために、近くの人は一度見てみるといいかもしれない。
 あのあたりの道を走ってる人なら、天守閣はけっこう目にしてるんじゃないだろうか。

 戦国時代に縁が深いこのあたりの割には名所旧跡が残ってないのは残念なところだけど、注意深く探せばまだ知らない城跡などもいくつかありそうだ。
 今はネットでもそういうローカルな情報が見つかる。
 いろいろ探して回ってみよう。

 DiMAGE7 UGと城写真は、かなり相性が良さそうだ。
 渋い建造物を渋く写すのに適してるような気がする。
 今日は夕方でしかも曇り空だったから条件が悪かったけど、晴れた日にまた何か撮ってみたい。
 青空と城の暗い部分が両立するかどうか。

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