2004年7月27日
「岩村城跡」(いわむらじょうあと)行き
岐阜県岩村町
地図
撮影 Nikon COOLPIX950
ここ数年海ばかり行っていた私だったが、 突然山に目覚めた。 今度買ったデジCOOLPIX950は、 海よりも山を目指したがっているから (そんな気がする)。 近場の山シリーズということで、 先週の東谷山に続いて 今回選んだのは岩村城跡だ。 特に深い理由はないのだけど、 ネットで家から近い山を探していたら、 ここを見つけて、距離もちょうどよさそう だったので。 家から車で2時間くらいだった。 (少し手前に「大正村」がある) |
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メジャーなスポットではないので、 うっかりしてると案内の看板を見逃しそうになる。 一応看板に矢印はあるのだけど、 それが普通の山道の方向を指しているので やや不安になる。 こんな感じの道を進むと左右に民家があり、 その奥に細い道が続いている。 ホントにここでいいのか? という感じだ。 |
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5分くらい歩くと、上の方に赤い鳥居が見えてきた。 どうやらこの道でいいらしい。 安心して、どんどん歩いて登っていく。 この後、まさかあんなに険しい道のりだとは 思いもよらず……。 |
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赤い鳥居を抜けて振り返ったところ。 見えている建物は、何かの資料館だったか。 あまり気にせず、どんどん先へ進む。 この頃から少し雨が降り出した。 今日も蒸し暑く、早くも汗だくな私。 |
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今回もまた、山道を侮った靴を 履いてきてしまった私。 前回の反省が全く生きていない。 というか、スウェード素材の靴しか持ってないので しょうがないのだ。 冬場はスウェードのローファー、 夏はスウェードのスリッポン。 けど、今回もまたこの靴で 必要以上に疲れてしまったから、 今後山歩きをするならそれっぽい靴も 買わないといけない。 スウェードのウォーキングシューズでも買おうかな。 (何故そこまでスウェード?) |
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道を進むにしたがって呼吸は荒くなり、 緑は深くなる。 草と木の大合唱という感じで、 心地いいんだか息苦しいんだか よく分からないくらい。 しかし、マイナスイオンはすごいことになってる、 ような気がした。 |
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そろそろベンチで一休み、 とも思ったけど、この頃になると、 雨がだんだん本降りになってきて、 あんまりのんびりもしていられなくなってきた。 岩村城が私を歓迎してくれていたのか、 それともこばんでいたのか? いずれにせよ、周りには人っ子一人いなかった。 |
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何やら女の人の胸像が建っている場所に出た。 昔、よく勉強した女の人を称えたもの だったような、違うような……。 すでに疲れと汗だくだく状態で、 意識が朦朧としていたか、私? けど、まだ道のりは、 半分でさえなかったのだった……。 |
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胸像の女の人が勉強を教えるために使っていた 小屋? 民家? 実は全然違うかもしれない。 何を見ていたんだ、私? 説明文もちゃんと読んでおけばよかった。 |
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謎の胸像その2。 こちらは遠巻きに眺めただけだったので、 女の人以上に謎のまま終わった。 |
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本格的な山道、というか城へと続く道は、 ここから始まった。 石垣の跡も現れ、そろそろ城も近いかと思わせた。 (実はまだ全然遠かった) |
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石畳の道になり、雨に濡れていることもあって、 かなり危ない。 靴はすべるし、疲れてるし、慎重に進む。 雨あしは更に強まり、雷も鳴し出した。 |
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苔むした石垣がいい感じ。 道はこんなふうに時々砂利になったりもする。 今回もやっぱり蚊は強敵だった。 |
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ネットの写真で見た石垣が見えてきた。 今回の一応の目的地に着いてやれやれだ。 しかし、ここが本丸跡だと思ったのは 大いなる勘違いで、まだまだ山道は続くのだった。 うっ、そろそろ気持ち悪くなってきたかも。 限界かも、私。 |
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石垣と道のラインがきれいだった。 この時も雨はかなり強く降っていたのだけど、 デジカメ写真には雨の雰囲気って出ないものだな。 空が明るかったということもあって。 |
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ここも岩村城を紹介する写真では、 必ずといっていいほど出てくる場所だ。 もちろん私もみんなと同じように撮った。 緑と石垣のコントラストがきれいだ。 ここまで来ればもう本丸跡はもうすぐ。 すでに疲れはピークを過ぎ、逆に楽になった。 どこまででも歩いて登れるような、 山歩きハイ状態な私。 |
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本丸跡に到着。 ……。 うーん、見事に何もない。 たくさん木の生えた公園というか、広場というか、 休憩所というか。 ちょっとした公園くらいの広さがあるのだが、 城跡のようなものは何もなかった。 ここにかつてどんな城が建っていたんだろう? |
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あるのは看板だけだった。 岩村城址、本丸址。 日本三大山城。 海抜721メートル。 それにしても誰一人出会わなかったなぁ。 道のりも本丸跡の広場も貸し切り状態。 |
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本丸跡の下に何やら立派な建物があった。 森欄丸の名を取った土産物屋だったのか (ほんの短い期間、森欄丸が城主だったらしい)、 それともまったく別の何かなのか。 気力不足で行く気になれず。 |
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晴れていたら岐阜の街並みや遠くの山並みも 見えたのだろうけど、今日はこの通り、 曇っていてほとんど何も見えなかった。 時間的には夕陽にちょうどよかったので 狙っていたんだけど、残念だった。 |
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さあ、本丸跡も見たし、あとは下って帰るだけだ。 って、暗っ! 日が沈んだ後の山道は突然暗闇に包まれ、 足下もおぼつかない。 極度の軽装、不準備の私が、 明かりなど持っていようはずもなく、 濡れた足場に苦戦しながら、大あわてで 飛ぶように下山したのだった(嘘)。 ホントはコケてもデジだけは守ろうと、 えっちらよっちら、危なっかしく歩いて帰った。 よく見えないまま勘で。 |
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木が少なくて開けたところまで出たら、 大丈夫だった。 遠くに街明かりが見えてほっとする。 それにしてもこれは本当に山城だ。 こんな道では攻めようにも攻められない。 馬ではとても登れないし、 重い甲冑など着けていたら、 いくら戦国の体力自慢でも 実力は出し切れなかっただろう。 もし、私が戦国時代の兵士だったら、 登り切った頃には疲れ切ってまったく使い物に ならなかったに違いない。 |
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オマケの道ばたの花。 名前は知らない。 ただマクロ撮影がしたかっただけ。 <追記> たぶんゴマナ。 |
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これはユリの一種だろう。 開ききって面白い形をしていたのと、 色が良かった。 <追記> これは思いっきりオニユリだ。 知らないって恐ろしい。 |
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雨の証拠写真。 濡れた石畳と葉っぱ。 滑って転ばなくてよかった。 誰も通らないから、 転んで後頭部を打って気絶してたら 数日間は放置されていただろう (恥ずかしすぎる)。 |
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なんとか登山口に帰り着くことができた。 いやはや、雨に濡れて汗だくで、 服を着たままサウナに入ったような有様の私。 地元民に目撃されたら通報されたかもしれない。 でもなんだかんだいってとっても気持ちよかった。 緑満載だったし、不健康で運動不足の私には、 往復1時間ちょっとの山歩きは ちょうどいい感じだった。 海も元気になるけど、山も元気になる。 今後もしばらく近場の山シリーズを続けよう。 |