これだけはというおすすめの一冊


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『ガダラの豚』 中島らも(集英社文庫) 4.12

 エッセイが上手い人の小説は詰まらない、という定説みたいなものが私の中にはあったのだが、この作品でその偏見はきれいに吹き飛んだ。とんでもなく面白い作品を中島らもは書いてくれた。いや、お見事。
 新興宗教、超能力、テレビ局などの舞台裏を暴露しつつ、舞台はアフリカへ。呪術、冒険、ホラー、と盛りだくさんの内容なのだが、それらが決して破綻してない。作者の力量を感じさせた。巻末の参考資料の量にも圧倒される。
 日本人作家でも海外作品のスケールに負けないものが書ける、ということを中島らもが証明してみせた。
 何か単純に面白い作品が読みたいな、と思ったらこの作品を試してみてはどうだろう。内容は単純じゃないけど単純に楽しめる。

『だれも知らない女』 トマス・H・クック(文春文庫) 2.5

 あんまりにもいい小説を読むと、なんだかちょっと泣きたいような気持ちになってしまう。これは私にとってそういう作品の中の一冊だ。
 真夏のアトランタを舞台にした重くてじっとりした空気に包まれた探偵小説。
 しかし、そのムードやトーンがたまらなく心地よいのだ。
ストーリー、登場人物、会話、どこをとっても高い完成度を誇っていてほとんど文句のつけどころが見あたらない。
 こんな小説を読めたことを幸運に思うと同時に、こんな作品が書けたら幸せだろうなとも思った。
 トマス・H・クックは探偵小説を文学にまで高めた。

『クラインの壷』 岡島二人(新潮文庫)1.13

 作品の中に思わず引き込まれてしまう、という言い方をするが、これはまさにその典型のような作品。
若い2人の男女が開発中のバーチャル・リアリティ・ゲームの中に引き込まれて出られなくなってしまう。読者も読みながら自分までその世界に飲み込まれてしまったような感覚に陥る。
 ホラーとは違う、もっと現実的な恐怖感がある。
 ちょっと恐いけど、抜群。
 岡島二人作品はどれも面白いが、これが最高傑作だろう。

『レベル7』 宮部みゆき(新潮文庫)1.2

 現代作家の中で小説を書くのが一番上手いのは宮部みゆきかもしれない。
 いつも読むたびに感心してしまう。うーん、上手いなぁ、と。
 小説家になるために生まれてきたような人、という言い方をよくするが、宮部みゆきはまさにそういう人種と言って間違いないだろう。
 宮部作品の中で何がベストかは難しいところだ。あるいは『蒲生邸事件』なのかもしれないが、残念ながら、というか恥ずかしながら私はまだこれを読んでない。だから『レベル7』にする。
 だが彼女の場合、どの作品も一定のレベル以上で外れというものがほとんどないから何から読み始めても失敗はないと思う。『スナーク狩り』も抜群に面白かったし、『火車』や『龍は眠る』も悪くなかった。
『レベル7』のストーリーだが、簡単に言うと、記憶喪失の男女が失った記憶を探していく課程でさまざまな事件に巻き込まれていくもの。一応ミステリということになるが、謎解きがメインではない。面白いスートーリーに身をまかせていれば一気にラストまで運んでくれる。
 とにかく宮部みゆきは小説を書くのが上手い!

『フィッツジェラルドをめざした男』 デイヴィッド・ハンドラー(講談社文庫) 12.21

 内容をひとことで言うと現代のハードボイルド。
 しびれた。私の好みにドンピシャリの作品。
 まず文章が良い。静かで深みがあって、適度に湿っていて、品のいいジョークが散りばめられている。文句なし。
 あと、主人公も登場人物もストーリーも相棒のルル(愛犬)も皆魅力的。これほど自分の趣味に合う作品に出会えることはめったにない。とても幸運だった。これは「私のための」作品だった。と同時に「あなたのための」作品かもしれない。一度お試しを。

『中二階のある家』 アントン・チェホフ(新潮文庫) 12.18

 仰向けに寝ころびながらこの本を読んでいた私は途中で飛び起きて、そこから先は正座して読んだ。
 正座して読まなければいけないなんて思ったのはその作品が最初で最後だ。それほど衝撃的だった。
 小説書きの天才というのは確かに実在するのだ、ということを知ったのもこの作品によってであった。
 自分以外の人がこの作品を読んでどう感じるのか、私には分からない。上手く想像出来ない。だからお薦めはしない。
 この作品は私にとって特別中の特別で、この作品を読んだあとでは小説家になりたいなどという妄想はきれいさっぱり吹き飛んだ。
 チェホフは小説家志望の人間にとってはとても危険な作家である。

『アルジャーノンに花束を』 ダニエル・キイス(早川書房) 12.14

 作者の思惑や才能を越えた作品。それを神の仕業だと言う人もいる。
 同じSF作家のアシモフはキイスにこう尋ねた。
「どうしてあんな傑作が書けたんですか?」
 キイスは苦笑いして、
「どうして書けたのか、もしあなたに分かるなら教えてくれませんか。私もぜひもう一度あんなのを書いてみたいんです」と答えたという。
 もしまだ読んでなければ読んでください、とお願いしたいくらい。
 ああ、こんな傑作にしばらく出会ってないなぁ。

『ノラや』 内田百間(福武文庫) 12.13

 可笑しくて哀しくて愛すべき作品。
 作者(気難し屋のオヤジ)のところへある日野良猫がやってきた。エサをやっているうちにだんだんその家の猫のようになる。作者も情がわいてくる。しまいにはその猫は家族の一員のようになる。しかし、その猫ーー名前はノラーーがいなくなった。たいへんな騒ぎになる。近所をあちこち探し回り、人に尋ねたり貼紙をしたりするが見つからない。ご飯も食べられなくなり、おいおい泣くのである。
「ああ、ノラや、ノラや、お前は何処へいってしまったんだ」と。
そのあたりの顛末が面白可笑しく、でも哀しく描かれたこの作品、いいです。猫好きなら是非読んで欲しい。
 ああ、それにしてもノラは……。

『田舎の事件』 倉阪鬼一郎(幻冬社) 12.7

 笑える。とにかく読んで笑ってください、とオススメしたくなる本だ。
 田舎を舞台にした田舎ならではの事件の数々。都会人も田舎者(私のこと)も爆笑間違いなし。
 文章もとても上手い。人を笑わせる文章のひとつのお手本と言える。
こういう本は回し読みをして笑いを共有したい。

『マイ・ロスト・シティー』 スコット・フィッツジェラルド(村上春樹訳)(中公文庫) 12.3

 私のフィッツジェラルドへの傾倒はここから始まり、そして決定的になった。
 特に村上春樹の前書き「フィッツジェラルド体験」は抜群だ。村上春樹好きなら特にお薦めだが、そうじゃなくてもこれはフィッツジェラルド作品を読み始めるのには最適の一冊だろう。
 表題作の「マイ・ロスト・シティー」が素晴らしい。
心地良い悲劇というものもある。


『スバラ式世界』 原田宗典(集英社文庫) 11.27

 スバラシイ。タイトル通り。
 スーパー面白エッセイ。
 電車の中や喫茶店では読めない本というものがある。面白すぎて笑いをこらえることが出来ないという理由で。
 これはその典型的な作品。
 とにかく笑える。少しくらいの疲れや気分の落ち込みなど、この作品(に限らず作者のものは全部)を読めば簡単に吹き飛ぶ。元気な時はもっと元気になれる。一冊読めば次々に読みたくなるだろう。
 立ち読みもキケンだ。図書館で読むのもやめた方がいい。
 笑いたい気分の時はこれで決まり。

『津軽』 太宰治(ちくま文庫)11.25

 太宰治のすべてがここにある。『人間失格』も『走れメロス』も読む必要はない、この作品だけ読めばいい。
 太宰治の最高傑作であり、私が一番好きな作品。これを書いたことですべては許されるのではないか、とさえ私は思う。
 文章がとにかく上手い。
 終盤からラストにかけてが特に素晴らしい。
 今更太宰と言わずに読むべし。

『夏への扉』 ロバート・A・ハインライン (ハヤカワ文庫) 11.24

 メロドラマSFとでも呼ぶべきだろうか。SFが苦手という人にこそ薦めたい傑作SF。
 SFだけが持ち得る驚きと楽しさに満ちた作品。
 友人と恋人に裏切られた主人公は冷凍睡眠で30年間眠り彼らに復讐しようと考える。しかし、30年後に目を覚ましてみると……。
 物語は二転三転してやがてクライマックスへ。
 もう一人の主人公は猫のピート。
 冬が嫌いなピートは、毎年雪が降ると家に11ある扉を一つずつ開けろとしつこくせがむ。そのドアの一つが夏に通じているはずだと信じているのだ。
 読めばずっと長い間心に残る作品になるはず。
 そして時々思うだろうーーピートは夏への扉を見つけられたのだろうか、と。

『六の宮の姫君』 北村薫 (創元推理文庫) 11.18

 きれいな世界のきれいな人間たちの物語。
 人間が本来持っている善良さが心地よい。
 きっとこういうのが嫌いな人もいると思うが、うまく波長が合えばすごく楽しめていい気分になれるはず。私は読んでいて見失っていた大切なことを思い出して、人をもう一度信じてみようという気になれた。
『六の宮』は『空飛ぶ馬』から始まる連作シリーズの4作目なのだが、私はこれが一番好き。
 けど、几帳面な性格の人は1作目の『空飛ぶ馬』から読み始めた方が良いだろう。
 すべての人にはお薦め出来ないけれど、優しい小説が好きな人はぜひ。

『木野塚探偵事務所だ』 樋口有介 (講談社文庫) 11.16

 この作家のものは全部好きなのだが、あえて一冊選ぶとするならこれ。
 最高に楽しくて笑えて面白い。
 読んでいて嬉しくなる作品。
 60歳になった元警視庁警官がある日突然私立探偵になることを決意するところから物語は始まる。
 と書くとハードボイルドなのだが、実は警視庁といっても経理課一筋であり、まったく冴えないおじさんが主役なのだ。
 ホードボイルドのパロディ。
 ストーリー、登場人物、文章と文句なし。

『遠い太鼓』 村上春樹 (講談社文庫) 11.11

 もしかしたらすべての本の中で私が一番好きな作品かもしれない。
基本的にどんな本も一回しか読まないのだが、これは例外。何度となく気に入っている箇所を読み返している。
 すべての文章が楽しく心地良い。
 主にギリシャやイタリアでの旅行記というか滞在記なのだが、読んでいるだけでそこにいる気になれるし、実際に自分も行きたくなる。
 とにかく私が大好きな作品。
 この作品が好きという人とは無条件で友達になりたいくらい。

『異邦の騎士』 島田荘司 (講談社文庫) 11.7

 この作品には完全にノックアウトされた。
 とても心地良い完敗。
 巡り合うことが出来て幸福だったと思える作品はそう多くないが、これはその中の一冊。
 感動というひとことでは表せない。もっと大きく心が揺れて、読んでいる間中物語の中で一緒に生きていた感じ。そういう体験に近い読書というのはめったにあるものではない。
 ミステリと思って読むと肩透かしを食うかもしれないが、良い小説を求めているならぜひ。


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