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人はの中で微笑むか?

   〜古代インド大叙事詩『ラーマーヤナ』より〜

ヒンドゥー教の聖典は?

 キリスト教は『聖書』、イスラム教は『コーラン』、ではヒンドゥー教の聖典は? 実はヒンドゥー教には聖典はありません。しかし、ヒンドゥー教徒には、聖典ともいえる心のよりどころになっている書物があります。それは、紀元前数世紀から語り継がれている『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』という二つの大叙事詩なのです。
 『ラーマーヤナ』は、インドや東南アジアのヒンドゥー教徒の世界では、祭りなどの時に芝居・舞踊劇・紙芝居などで上演され続けています。また『ラーマーヤナ』は、二千数百年間、親から子さらに孫へと語り継がれてきました。字が読める読めないということと関係なく、すべてのヒンドゥー教徒の心の中で、今も『ラーマーヤナ』は生きているのです。

作者ヴァールミーキはインドのホメロス

 『ラーマーヤナ』は24000シュローカの大叙事詩です。シュローカというのは、二行を一つの対にした詩の単位でのことです。『ラーマーヤナ』は48000行の長大な詩なのです。
 この叙事詩はヴァールミーキという詩人の作とされています。ヴァールミーキはガンジス川流域のコーサラ国(紀元前6世紀頃)の人であったといわれています。インドのホメロス(古代ギリシアの大詩人)ともいえる人です。

『ラーマーヤナ』の舞台

 現在、北インドで多数を占めるアーリア人がインドに侵入したのは紀元前1500年頃です。その頃、古代インダス文明は衰退期に入っていました。アーリア人は、インダス文明の残滓から諸要素を吸収しつつ、のちのヒンドゥー教につながる宗教観・宇宙観を生みだしていきました。
 アーリア人がインド北部を東進して肥沃なガンジス川流域に入ったのは、紀元前1000年頃です。やがて、ガンジス川流域に16の王国が生まれます。その中にコーサラ国(紀元前6世紀頃)という王国がありました。これから紹介する大叙事詩『ラーマーヤナ』はこのコーサラ国の王子ラーマとその妃シーターを中心に展開される愛と冒険の物語です。北はコーサラ国から南はマイソールさらにスリランカまで、インド全体がその舞台となります。

主人公ラーマ

 ラーマはコーサラ国の都アヨーディヤーで、ダシャラタ王とその一番目の妃との間に生まれました。ダシャラタ王には三人の妃があり、二人目の妃との間に生まれたバラタ王子、さらに三人目の妃との間に双子の王子がおりました。長男ラーマはこの異母兄弟三人とともに育ちました。
 実は、この四人兄弟はヴィシュヌ神の生まれ変わりでした。ヴィシュヌ神は万物に化身して世界を救う神です。ラーマたちは、この世の災厄のもとになっている魔王ラーヴァナを退治するために、人間の姿をしてこの世にあらわれたヴィシュヌ神の化身だったのです。

ラーマ王子の妃シーター

 同じ時代、ガンジス川流域にミティラーという国がありました。ある時、その国の王が鋤(すき)で土を掘り起こしていると、土の中から幼女が現れました。王はこの幼女にシーターと名づけ、王女として育てたのです。シーターとは田の畝(うね)という意味です。
 王は神の大きな強い弓を引くことのできる者にシーターを嫁がせることにしました。美しいシーターを求めて多くの男たちがやってきましたが、だれもこの弓を引けるものは現れませんでした。そこへ、ラーマがやってきました。ラーマはその弓をやすやすと持ち上げ、弦をつけようと曲げはじめたとき、たちまち百雷のごときとどろきとともに弓は真二つに折れたのです。こうして、土から生まれたシーターはヴィシュヌ神の化身ラーマと結婚することになりました。その後12年の間、二人は幸せな日々を都で過ごしました。

ラーマ、森へ追放される

 コーサラ国のダシャラタ王が引退して、ラーマが王位を継ごうとした時のことです。異母弟バラタの母が悪い侍女にそそのかされて陰謀をはたらきます。その陰謀のために、気の進まない弟バラタが王位につき、ラーマは14年間、森に追放されることになってしまいました。
 ラーマは一人で森に行こうとします。しかし、シーターは「森にお連れくださいませ。さもなくば毒を仰ぐか火に入るかでございます」と嘆願します。妃シーターのことばを聞いたラーマは、シーターを連れていく決心をしました。さらにラーマを慕っていた弟ラクシュマナ(双子の一人)も一緒に行くことを願います。ラーマはシーター、ラクシュマナとともに森の中へと入っていきます。森の生活は厳しいながらも、三人は力を合わせて生きていきます。

魔王ラーヴァナ

 ラーマは、魔王ラーヴァナを退治するためにこの世に現れたヴィシュヌ神の化身でした。魔王ラーヴァナは、ランカー島(今のスリランカ)にいました。魔王にはシュールパナカーという妹がいます。ある時、その妹がラーマたちのいる森に遊びに来ました。魔王の妹はラーマに恋をします。そして、ラーマを誘惑しようとするのですが、ふられてしまいます。魔王の妹は、開き直ってラーマの妃シーターに襲いかかるのですが、逆にラーマ兄弟に耳と鼻を切り落とされてしまうのです。この話を聞いた魔王ラーヴァナは、シーターを奪い取ることを決心します。魔王ラーヴァナは、魔法師を強引に説き伏せてシーター誘拐計画を実行するのです。

金色の鹿

 魔王に説き伏せられた魔法師は、金色の鹿に化けてシーターの前にあらわれます。シーターはこの金色の鹿に魅了されてしまいます。そして、ラーマにその鹿を捕らえて欲しいと強くねだるのです。ラーマはシーターのために逃げ去る金色の鹿を追いかけていきます。遠くまで追いかけた末、ついにラーマは金色の鹿を射止めました。すると、鹿は魔法師の本性を現しました。そして、ラーマの声を真似て「ああシーター!ああラクシュマナー!」と叫びながら死んでいきました。
 遠くから聞こえるその声を聞いたシーターは、弟ラクシュマナにラーマを助けに行って欲しいと懇願します。弟ラクシュマナは、シーターを守っておくようにというラーマの命令との間で激しく葛藤します。しかし、「ラーマをうしなうならば、私は火にも入り…、いかにしても命を絶つ。他の男に身をまかせることなどあろうか」というシーターことばにおされて、弟ラクシュマナはシーターをおいてラーマの方へ向かうのでした。
 魔王ラーヴァナは、計画通り、一人になったシーターを捕らえてランカー島に連れ去ってしまうのです。

猿の王スグリーヴァ

 ラーマ兄弟は、必死になってシーターを探します。その捜索中に、キシュキンダー(南インドのマイソール)の森で、シーター誘拐を目撃していた猿の王スグリーヴァとその重臣たちに出会います。猿たちは、シーターが残していった装身具と肩掛けを保管していました。
 この猿の王スグリーヴァは、猿の国の王位を兄に奪われていました。兄が戦いで死んだと誤解して王位についていたスグリーヴァのもとに、生きていた兄が遠征から帰ってきたのです。兄は弟から王位を取り返すだけでなく、弟の妻ターラーまで奪い取ったのでした。
 その話を聞いたラーマは、妃シーターを失っている自らの身の上から、強く猿の王スグリーヴァに同情します。そして、王位奪還の戦いを助ける約束をします。一方、スグリーヴァは、兄を倒して王位に復したのち、猿王国の軍団でシーターを探し出す約束をするのです。

猿の王位争い

 スグリーヴァは兄に戦いを挑みました。激しい一騎打ちの末、スグリーヴァが倒されかけた時、ラーマは影から弓を放って兄を倒します。スグリーヴァはラーマの助けにより勝ちました。敗れて死に瀕した兄は、ラーマの攻撃を「ルール違反の罪深い攻撃」であったと非難します。ラーマは、弟の妻ターラーを掠奪した兄の罪に対する処罰を与えたのだと言ってこれに答えました。
 兄は亡くなります。兄の妃になっていたターラーは、同じ弓で自分も殺して欲しいとラーマに懇願します。しかし、ラーマはターラーを殺しませんでした。そして、倒された兄は、一人で火葬されたのです。

快楽に耽る猿たち

 兄を倒したスグリーヴァは猿の王に復帰します。戴冠式が行われました。その後、宴会が延々と続き、王スグリーヴァ、再び妃となったターラーをはじめ、猿たちは快楽に耽る日々を過ごしてしまうのです。王スグリーヴァは、シーター捜索の約束をなかなか実行しません。
 その猿たちの都へ、ラーマの弟ラクシュマナがやってきます。ラクシュマナは快楽に耽る猿たちの様子を見て怒りに燃え上がるのです。怒るラクシュマナに対し、猿王の妃ターラーは答えます。「私はラーマがなにゆえに立腹しておられるのかということも、遅延の原因も知っております。私はまた、現在いかなることがなされるべきかも知っております。私は、肉の欲望の力にさえ無知ではありません。…王は、色情におぼれながらつねに私のかたわらで過ごし、恥を知る心も忘れてしまいました。…しかし、王はすでに兵を召集するよう命をくだしております。…」さらに続くおだやかなターラーの思慮深いことばによって、ラーマの弟ラクシュマナは心をなごませるのでした。ターラーは、友情を大切にしなければならないことを忘れていませんでした。ターラーは、酒と快楽の中にありながらも自己を見失っていなかったのです。兄王の葬儀の時に、殉死するというターラーをラーマが殺さなかったからこそ、このようなターラーがあったのだと思います。
 そして、剛勇な猿たちが集結するのでした。

猿王の重臣ハヌマーンの大活躍

 猿王の重臣ハヌマーンはシーター捜索のため、集結した猿の軍勢をひきつれてランカー島に向かいました。そしてついにシーターを見つけだしました。シーターは魔王ラーヴァナのいうことをすべて拒否して、監禁されていたのです。
 ハヌマーンたちは満身創痍になって戦います。が、ハヌマーンは捕らえられてしまい、しっぽに油を注がれて火をつけられてしまいます。しかし、シーターの祈りが火の神アグニに通じます。ハヌマーンは火の熱さを感じませんでした。逆にその火でランカー島に火を放ち、島は火の海となるのです。ハヌマーンはシーターの所在を知らせにラーマの元へと帰るのです。
 知らせを聞いたラーマはランカー島へ行き、魔王ラーヴァナを壮絶な戦いの末に倒しました。

ラーマの疑いと怒り

 そして、ラーマはついにシーターと再会します。しかし、彼は
「余が戦争を完遂したのは、おんみのためではなかった。…いま余は、夷狄の家に長く滞留したことについて、おんみの徳性を疑うものである。余の前に立つおんみを、余は見るに耐えないのである。…いずこへと好むところへおもむくがよいであろう。」
とシーターの純潔を疑うとともに、シーターに怒りをぶつけるのです。

の中のシーター

 ラーマに疑われたシーターは、
「誓って申しますが、私は潔白であります。…ラーヴァナは私の意識がないとき、私の肢体に触れたかもしれませんが、それは私の罪でしょうか。…葬送の火を私のためにおつくり下さい。…この非難を受けては、生きる心はありません。…私は身を焔に投じます。」
と言います。ラーマの弟ラクシュマナは葬送の火を準備しました。シーターはラーマのまわりを一度あるき、火に近づき、火神アグニに呼びかけました。
「もし私のラーマへの愛がまったく純潔でありますならば、私をこの火焔より守らせたまえ」
 シーターは火を一巡し、その火に身を投じました。すると、その炎の中から火神アグニがシーターを膝に置いてあらわれました。シーターは真紅の衣裳をまとい黒髪をなびかせ、燦然とあらわれたのです。火はシーターを焼きませんでした。
 こうして、ラーマはシーターを再び迎えることになるのです。ラーマはシーターとともにコーサラ国の都アヨーディヤーに凱旋します。弟バラタは、父王ダシャラタの死後、ラーマのサンダルを玉座に置いて帰りを待っていました。ラーマは弟バラタの差し出すサンダルをはいて玉座にのぼりました。
 こうして壮大な『ラーマーヤナ』の物語は終わるのです。

インドの風習“サティ(寡婦殉死)”

 ヒンドゥー教の世界では、夫に先立たれた妻が、夫の火葬の火で殉死する風習がありました。これをサティといいます。この風習の背景には、『ラーマーヤナ』の物語があると考えられます。しかし、サティを行う人間の女性はシーターのように炎の中からは現れません。インドでは、多くの女性がサティの犠牲になってきたのです。サティは1829年に禁止されました。しかし、その後もサティは散発的に行われてきています。

ループ・カンワルさんのサティ

 1987年1月17日、インド北西部のラジャスタン州デオララ村で、18才の娘ループ・カンワルさんは24才の医者をめざしていたマン・シンさんと結婚しました。しかし、夫マン・シンさんはその年の秋に亡くなってしまいました。葬儀はその日に行われました。若妻カンワルさんは赤い結婚式の衣裳に身を包みました。村人が見守る中、遺体を焼くために積み上げられた薪の上に座ったのです。喪主である夫の弟が火をつけました。1987年9月4日、カンワルさんはそのまま焼死しました。カンワルさんは炎の中で笑みを浮かべていたと村人はいいます。
 カンワルさんは神になりました。その後、神になったカンワルさんを崇(あが)める盛大な儀式が行われました。人口1万人に満たない村に30万人以上の人々が集まったといいます。

カンワルさんは微笑んだか?

 この話を知ったとき、私はカンワルさんの炎の中での微笑みが信じられませんでした。彼女の微笑みは村人たちの幻想だったのではないでしょうか。私は、カンワルさんがシーターのように熱さを感じなかったとは考えられないのです。カンワルさんは生身の人間です。サティは、「死」への恐怖とともに、身体的に大きな痛みを伴う残虐な儀式なのです。
 カンワルさんは死後、神になったかも知れません。しかし、炎に包まれていた時は、神ではなく生身の人間だったはずです。

神々の過ち

 『ラーマーヤナ』のシーターのお話はとても純粋で美しい物語です。ただし、シーターは土から生まれた神さまであったことを忘れてはなりません。その純粋さ・美しさは神ゆえのものなのです。生身の人間に神さまの純粋さを求めてはいけないと思います。
 『ラーマーヤナ』をよく読んでみると、神々でさえいろいろな過ちを犯しています。シーターは金色の鹿に目を奪われてしまってラーマにしつこくねだりました。ラーマは猿の王位争いで、弓を影から放っています。ラーマがシーターを疑ったのも大きな過ちでした。人間の姿をしているというだけで、神々もいろいろな過ちを犯してしまうのです。

猿たちの過ち

 『ラーマーヤナ』では、猿たちもいろいろな過ちを犯しています。王位争いは誤解から始まっています。弟スグリーヴァの戴冠後、猿たちは快楽に耽る日々を過ごしました。そして、ラーマとの約束をなかなか果たしませんでした。ターラーは、兄王の死後に自分も殺して欲しいと言ったすぐ後から、弟王と快楽に耽る生活を送っていました。
 しかし、ターラーは自らの過酷な運命に負けませんでした。怒るラーマの弟を冷静になぐさめ、猿たちに約束を果たさせたのです。その時のターラーの様子は次のようでした。
「艶冶(えんや)なターラーは、酔顔のまま、よろめく足どりに帯をならしながら、豊満な胸の重みから体をいささか前に傾けて、ラクシュマナ(ラーマの弟)に進みよった。…ターラーは酔いのゆえに羞恥を忘れ、…媚(こび)をたたえながら大胆に話しかけた。」
過酷な運命に翻弄され、酒と快楽の中にありました。しかし、ターラーは自己を見失うことなく、冷静に思慮深いことばを語りだしたのです。ターラーは友情の大切さを忘れませんでした。

シーターからターラーへ

 「猿の世界」と「ラーマたち神々の化身」の世界とは大きな違いがあります。それは、ラーマたちが、猿の世界にはない「完璧な純粋性」を求めていたということです。そこに『ラーマーヤナ』の美しさがあります。その神々しい美しさは炎の中のシーターに結晶します。シーターのような神々しい美しさを求める心は大切かも知れません。ただ、神の求める「完璧な純粋性」を生身の人間に求めてはいけないのではないでしょうか。『ラーマーヤナ』は、神々でさえ人間の姿をしている時は、過ちを犯すものだと教えているではありませんか。
 私たちは、生身のからだを持った人間です。精神的に神的な純粋性を求めることは否定しません。しかし、人間がからだを持っていることを忘れてはいけません。カンワルさんは、炎の中からは現れないのです。
 死なずに、酒に酔い快楽に耽りながらも自己を見失わなかったターラーの中に、現代の人間が考えるべきヒントがあるのではないでしょうか。

痛みへの想像力

  からだは欲望の源です。人間はからだを持っているから「過ち」を犯すのだと思います。また、からだは「痛み」を感じます。「過ち」と「痛み」はともにからだから生じるものです。
 私は、「痛みへの想像力」が人間を「過ち」から救うのだと思います。「痛みへの想像力」こそが、人間を本当に人間らしくするのではないでしょうか。
 サティは否定しなければならない残虐な儀式です。「痛みへの想像力」が、この残虐な儀式の問題を考えていく鍵になるのだと思います。

私たちの「サティ」

 サティはインドだけの問題ではありません。私たちのまわりに、形を変えた「サティ」がないでしょうか。もう一度、考えてみたいと思います。
 シーター的純粋さではなく「ターラー的たくましさ」、そして「痛みへの想像力」、これが21世紀に求められているように思えてなりません。

(参考文献)
 ヴァールミーキ『ラーマーヤナ』(河出書房世界文学全集V−2 1966年 阿部知二訳)
 朝日新聞「国際事件簿」(1987年10月13日)

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