Memories of

 

キムと――喧嘩しちまった。理由は些細なことだった。

いや、喧嘩なんて言う高次元なモンじゃない。ただ俺が、一方的に当り散らしただけだ。

原因は…間違いなく俺だ。不思議な事に、喧嘩してる最中は、自分に非があるなんて事は露ほども思わないモンなんだな。

頭が冷えてる今なら、それがよく分かる。

それ以上によく分かってるのは、俺は一方的にキムに当り散らし、飛び出しちまったという事と…そして。

ソウルの街中、俺はただ一人っきりだという事だ。

 

しかし…今日はキムの家に止めてもらう心積もりだったんだが、そういう訳にもいかなくなっちまった。

仕方ない、適当にカプセルホテルを見繕って――いやその前に、食い物と…強めの酒を出してくれる店を探さなきゃな。

韓国についてから丸1日、何も口にしてねえし…それに――。

待てよ、確かこの角を曲がったところに、いい店があった気がするんだが…お、ここだここだ。

立て付けの悪い引き戸を開けると、人の良さそうな顔の店主の顔がそこにあった。

「お、久しぶりだねテリーさん!今日はカッファンと一緒じゃないのか?」

「ああ、今日はちょっと…ね。」

 

 

ああ、そういえばここは、俺が初めてソウルに来た時、キムが連れてきてくれた店だったっけな。

キムの学生時代の友達――文さんとか言ったか――がやってる店で、いい酒と美味しい料理が出るって言ってたっけ。

実際ここの飯と酒はとても美味かった。キムの奴、一生懸命俺の口に合いそうなものを選んでくれてたっけな。

そういや、あいつよく飲むんだよな。俺が潰れる寸前だっていうのに、あいつは平気な顔して濁り酒を飲んでて。

おまけに俺が次の日二日酔いにやられてたってのに、あいつはピンピンしてたよなあ。

俺より酒に強い奴ってのに会ったのは、あれが初めてだっけ。

そういやここで、キムに奥さんがいる上に、2人の子供までいるんだって事も知ったんだ。「あんたの事、俺よりずっと年下だと思ってた」って言ったら、あいつちょっと落ち込んでいたよな…。

 

……駄目だ、この店は。キムとの思い出が詰まり過ぎてる。今の俺には…ちょっと居心地が悪い。

俺はビールを一気に流し込むと、お愛想もそこそこに店を出た。

 

さて、これからどうするか。…とりあえず、駅の方に戻ってみるか。カプセルホテルの1つくらい世話してくれるだろう。

 駅には…どうやっていけばいいんだったっけ?確かこの辺に、バス停と一緒に鯨のオブジェがあった筈なんだけどな。

これの顔の方に向かっていけば、確実に駅に着くって……

 

キムが、教えてくれたんだ。

 

そうだった。俺は初めてキムに会った時以来、適当な理由をつけちゃ韓国に足を運ぶようになっていた。

だけど…行く度に迷子になっては、キムが迎えに来てくれてたんだ。用事をおしてまで。

そんな事が続いたある日俺が韓国に来た時。キムが丸々1日を使って、俺のために市内の案内をしてくれた。

今思えばきっと、あまりにも方向音痴な俺にキムの奴も呆れてたんだろうな。

その時、このオブジェも、あいつが教えてくれたんだ。

「何でこんな所に、よりにもよって鯨のオブジェなんだ?」って聞いてみたら、あいつは一生懸命に理由を考えてたっけ。

眉間に皺を寄せて。そのあまりにも一生懸命な様に…うっかり笑っちまったんだよな。

 

 

こんなにも。

お前の思い出が詰まってるこの街なのに…お前だけが――ここにはいない。

 

『…会いたいよ…キム……』

 

キムに…会いたい。キムの顔を見たい。さっきの事を謝りたい。声が聴きたい。話がしたい。

ただ、それだけでいい。それ以上は…何も望まない。

 

でも…あいつは許してくれるんだろうか。あんな事をした俺を。

それにあいつに会えたとしても、どうやって声を掛けたらいいんだ?どうやって話を切り出せばいい?

その時。俺の背中を軽く叩く感覚があった。

「テリーさん…?」

…俺の今一番聴きたい声の主が、そこにいた。

 

あちこち走り回ってたんだろうか、真っ赤な顔になってる。

まさか…俺を探してたのか…?

「キ…キム…?あ、あの…」

言いたい事は山ほどあるのに、喉の中に小さな石がたくさん溜まって、何を話せばいいのか分からない。

キムの顔を見たいのに、顔を上げると溜まってた涙が落ちて恥ずかしいので、俺は下を向いて固まったままだ。

口だけが金魚のようにぱくぱくと動くだけの、情けない俺しかここには――いない。

 

「良かった…テリーさん、どこに行かれたのか心配してたんですよ?」

――え?

キムは俺に…怒ってたんじゃないのか?怒りをぶつけに来たんじゃないのか?

 

「さあ、早くうちに帰りましょう!貴方をこんな所に置いて帰ったら、家族に私が叱られてしまいますし。」

キムはそう言うと、俺の手を取り…にっこりと微笑んでくれた。

いつもと変わらない――キムの――笑顔だ…。

落ち着きがあって、見てると凄く…安心できる。

 

「キム…」

 

これ以上の言葉が、今の俺からは出てこなかった。

これ以上何か言ったら、やっとの思いで引っ込めた涙が出ちまう。

 

強引で、お節介で、頑固な上にクソ真面目で。考える事は年寄り臭くて…。

 

でも。

 

誰よりも優しくて。誰よりも真っ直ぐで。誰よりも他人の事を考えて。誰よりも…自分の家族を大事にする、そんな奴。

――そんな所に惹かれちまったのかな、俺は。

あいつにはこの俺の本当の意味での気持ちってのは、多分伝わらないだろうけど。

いや、伝わらなくていい。俺は、今のままのキム・カッファンが大好きなんだから。

 

「ほら、早くしないとテリーさん!ミョンサクにドンにジェイも、貴方を待ってるんですから!」

「ちょっと、痛てぇよキム!!ちったあ手加減ってモンをよ…!」

 

キムに強引に手を引かれながら、俺は幸せを感じていた。

 

Fin
出て行く。


…ついにやっちまいました、テリキムです。
ソウルの地理嘘ばっか。ていうか行った事ありませ〜ん。死。
いつかは行ってみたいものです、韓の国。