5.定水位制御

5 −1  定水位制御をしてもなぜ水位が変化するのか?
5−2 改良型定水位制御システムについて

5−3 改良型定水位制御システムの解析的考察

5−4 観測流入波形に対する応答特性の検討
5−5 他の制御システムから定水位制御システムへの移行について



5−1 定水位制御をしてもなぜ水位が変化するのか?
 
定水位制御は流入量=放流量による操作によって貯水位を一定に保持する操作で、ダム操作の中ではもっとも簡単な操作であるとの誤った認識があります。
 
操作の現場では定水位制御をしているとの認識にありながら貯水位は勝手に上昇していくという事実があります。なぜこのような現象が起きるのでしょうか?
 いま、(5−1)式に示すような流入量を考えます。


 =at+b・・・・・・・(5−1)
    
ここで、a=時間あたり流量の変化量 b=定数 

 放流は流入量に等しい量を放流するという実務的観点から(5−2)式に基づいて実施するものとします。

 

ここで、Qon=放流量、Qon−1=1ステップ前の放流量、V=貯水量、
  Vn−1=1ステップ前の貯水量、ΔT=計算時間間隔(ここでは10min=600secとする。)

 

 右辺が実務的な流入量の計算式であることは周知の通りです。
 ここで、(5−1)式においてa=2/600m/sec、b=100m/secとして、流入量を特定し、これに対して、初期条件をt=0で Qo=70m/sec、V=0mとして、(5−2)式に基づく放流量と貯水量の計算結果は横軸を時間軸としてその時間変化を示すと、図―5−1−(1)のQo0、V0の通りとなります。

 図―5−1−(1)によれば、本来(5−2)式は定水位制御を行なっているという認識であるにもかかわらず、時間経過とともに貯水量V0は変化しており、実態は定水位制御になっていないことが判ります。また、放流量も流入量とは完全には一致していません。

この点について、(5−2)式を放流関数とした場合の放流量と貯水量の時間変化を解析的に分析してみることとします。
 (5−2)式においてΔTは一定値(600sec)ですから、(5−3)式のように示すことが出来ます。

 

(5−3)式の両辺を積分すると(5−4)式が得られます。


ただし、 、d=積分定数

 (5−4)式を見る限り放流量は貯水量の1次関数によって増減していることがわかります。
 (5−1)式と5−4式と連続の式を連立させて微分方程式を解くと(5−5)が得られます。
  

(5−5)式は時間方向に直線的に変化する流入量に平行な値(at+b−a/c)に漸近する関数であることを示しています。
 さらに(5−5)式を(5−4)式に代入してVを求めると(5−6)式が得られます。


(5−6)式はVが時間とともに増加する関数であることを示しています。
詳細な式の展開は省略していますが、以上で操作規則に従って定水位操作をしても水位を一定に保つことができないことを解析的に説明しました。

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 5−2 改良型定水位制御システムについて

以上、現況定水位制御システムでは完全なる定水位制御の実現に向けては解決すべき課題があるということが明らかになりました。

ここでは、貯水池水位の目標水位との偏差に基づき放流量Qを修正していく次のような放流量の決定方法について検討してみることとします。

 5−2−1 水位補正型定水位制御システムについて

ここでは(5−2)式に対して、貯水位の偏差を補正する項を(右辺の第3項)付加した(5−7)式により考察を展開することとします。

この方法は一部の堰などで採用されており、ここでは水位補正型定水位制御システムと呼ぶことにします。

ここで、vは管理目標容量、Kは定数。

この式において、初期条件は図―5−1の場合と同じとして、t=0でQo=70m/sec、V=0m、また、K=1/600、△T=600sec、v=0mとする。その計算結果を図−5−1−(1)重ね合わせたかたちでQo1、V1として示します。
 (5−7)式による計算結果では貯水量は完全に管理目標容量(v)となっていないものの、殆ど定水位制御に近い操作を実現していることを示しています。
 これらの容量が完全に0とならない理由については、さらに解析的な考察を実施した後に明らかにしていくこととします。

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 以上より、(5−7)式は定水位制御の要件をほぼ満足しているように見えます。ここで、貯水池水位に波動変動を加えて(5−2)式と(5−7)式のそれぞれのケースの波動変動に対する放流量と貯水量の応答状況を計算してみました。

加えた波動変動は、貯水池の面積を1kmとして、波動変動の偏差(振幅)を0.5cm、周期を1100secとしています。

この結果を図−5−1−(2)にQo01、V01、Qo11、V11として示しました。図−5−1−(2)よれば、(5−2)式と比較して、(5−7)式による場合、波動変動により決定される放流量が著しく不安定であることが確認されました。このことが(5−7)式による方法がこれまで実用化されていない要因の一つであるのではないかと想定されます。

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 5−3 改良型定水位制御システムの解析的考察

いま、(5−7)式をさらに一般化する形で次のような定水位制御システムを定義することとしました。
 このシステムを改良型定水位制御システムと呼ぶことにします。 

ここでK、Kは定数であります。(5−7)式は(5−8)式においてK=1/ΔTと言う限定された状況下にあるものと言うことが出来ます。(5−8)式は次のように書き換えることができます。
 

さらに、 として、これらの差分式を微分方程式の形で示すと(5−9)

式は次のように書き換えることが出来ます。


(5−10)式の両辺をtで微分し、(5−1)式と連続式とを連立させVを消去すると次のように示すことができます。

これを整理すると(5−11)式の通りとなります。

これは、減衰振動の方程式と同じ形態である2階の常微分方程式であり、解析可能であります。ここで、解析の詳細は省略しますが、解は次の通りとなります。

   

      +at+b......(5−12)

(5−12)式は
流入量に対して減衰振動的に漸近していく関数であることを示しています。このことは(5−8)式において、Kを適正に選択すれば定水位制御関数の特性を選択できることを示しています

(5−8)式において、当初、K=K=1/600とした場合の放流量と水位の応答結果は図―5−1−(1)、図―5−1−(2)に示したとおり、水位そのものはほぼ一定値に維持できるものの、貯水池水位の波動変動に対しては著しく安定度が損なわれることが判りました。 そこで、K、Kを変化させて応答結果を評価してみることとします。ここでは、係数K=1/2000、K=1/2000とした場合について収束状況を評価してみました。

その結果を図−5−2−(1)にQ3、V3として、現況システムによる結果Q0、V0との比較において示しています。

次に、波動変動を加えてそれぞれのケースの波動変動に対する放流量の安定性を比較してみました。
 加えた波動変動は、5−2・で適用したものと同じ波動の関数を用いました。

その結果を図−5−2−(2)にQ31、V31として、現況システムによる結果Q01、V01と比較しながら示しています。
 なお、この場合の初期条件はいずれもV=0、Q=70m/secとしています。

図−5−2−(1)から次のようなことが言えます。現況システムによるQ1は速やかに流入量に収束していますが、改良型システムによるQ3は目標値に対して時間をかけながら減衰振動により収束しています。この結果は明らかにケース1の方が収束状況は早く、優れているように見えます。
 しかしながら、図−5−2−(2)を見ると次のようなことがいえます。
 
現況システムによるQ01は波動変動に対して敏感に反応していますが、改良型システムによるQ31は相対的に安定しています。また、容量のコントロール状況はV01に対してV31の方が優れていることが判ります。


 5−4. 観測流入波形に対する応答特性の検討

次に、観測流入量に対して、現況定水位制御システムと改良型定水位システムの比較を行うこととします。
 図−5−3−(1)には不規則に変化する観測値Q3を流入量とした場合の放流量と容量をQ7、V7、として示しています。現況システムと比較するためにQ6、V6も併記しています。
 また、図−5−3−(2)には図−5−2−(2)と同じ波動を適用してQ71、V71として示しています。この場合も現況システムと比較するためにQ61、V61も併記しています。
 
この結果、改良型システムは流量変化に対する追随が若干遅れ気味であるが、貯水量のコントロールと波動に対する放流量の安定性の面では優れていることがわかります。

以上、現況定水位制御システムと改良型定水位制御システムについて複数の角度から考察しました。これまでの考察の結果、計算時間間隔を600secとした場合、K=K2=1/2000程度が好ましいと考えられますが、これについては貯水池への流入量の変化、貯水池の波動特性、計算時間間隔など個々のダムの操作上の要素を総合的に勘案して適切な値を採用する必要があると考えています。


 
5−5 他の制御システムから定水位制御システムへの移行について

 (5−8)式による定水位制御システムは一旦安定してしまえば継続的な操作が可能ですが、任意の放流量と水位の状態から目標とする水位と放流量(=流入量)に漸近するためには相応のプロセスが必要となります。
 たとえば、一定量放流を行いながら放流量が流入量と等しくなった段階でそのときの容量を維持するといったケースでは容易に定水位制御に移行することが可能であります。
 しかしながら
流入量と目標とする貯水量に関係なく現在の放流量と貯水量がある状態から目標とする貯水量に対して水位をコントロールしながら放流量を流入量に近づけていくことは一定のプロセスを必要とすることになります。

たとえば、図−5−4は目標貯水量2000000mとして現在貯水量1000000m、現在放流量0m/sから設定された流入量に漸近していくプロセスをシミュレートしたものです。
 このときのK1,K2=2000としています。(また、放流量の計算において放流量が負の値になった場合は0としてその結果をQo1,V1として示している。これに波動を加えたものをQo11、V11として示しているが、波動の影響はほとんど認められない。)この結果はQo1,V1とも大きく振動しながら300分余の時間を要しながら安定状態に達しています。

 このことから、
定水位制御に移行するためにはある程度の安定状態を準備しない限り現地適用は不可能であるということが出来ます。
 
スムーズな移行条件は、まず、漸近関数により定水位関数と同じ状態を作ることにより定水位関数に放流量を引き継ぐ必要があります。
 引き継ぎのための関数を(5−13)式で示しています。
  
  

  ここで、vは漸近関数の初期貯水量、Qomは初期放流量、vは目標貯水量とします。
 
 (5−13)式により放流量とそのときの貯水量を計算した結果を図−5−4のQo0、V0で示しています。この値に波動変動を加えた結果をQ01、V01で示しています。このケースではかなり波動変動の影響を受けています。しかしながら定水位操作の安定状態になるまでの間辛抱する必要があります。
 
t=300minで定水位関数に移行した結果をQ019で示しています。この結果スムーズに定水位関数に移行していることがわかります。

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