6 洪水調節操作について

6−1 一定率一定量放流方式と水位放流方式の関係について
6−2 一定率一定量放流方式と水位放流方式の調節特性について
6−3 自然調節と水位放流方式の関係
6−4 操作の安定性について

繰り返しになりますが、ダムによる洪水調節操作においては流入量の時間変化、放流方式、水の連続式の3つの式から放流量ならびに貯水量(貯水位)の時間変化を求めることとなります。基本式にすれば以下の通りです。

 

 これら(6−1)、(6−2)、(6−3)式を連立させて解くこととなります。

(6−1)式は流入量のハイドログラフ、(6−2)式は放流方式、(6−3)式は連続式です。
 一般論ですが、この種の解析においては(6−1)式の流入量が不定型であり関数として表現しにくい点があります。従って、解析的な分析がやりにくい面があります。ここでは流入量を時間の1次関数と仮定して、時間とともに増加・減少する状況を表現するとともに解析的にも簡略化することにより、これらの方程式系で表現される現象の解析的評価の範囲を拡大するよう配慮することとしました。
 (6−2)式は放流方式(放流関数)であり、一般的には一定率一定量放流方式、一定量放流方式などのほか自然調節方式、一定開度放流方式などがあります。

 大きく分けると、放流量を決定する場合、主に流入量に支配されて決定する方法と水位(又は貯水量)に支配されて決定する方法があります。また、流入量にも水位にも左右されない一定量放流方式もあります。
 一定率一定量放流方式は流入量に支配されて放流量が決定される方式ですが、流入量そのものが時間の関数として設定されていますから放流量も時間の関数として設定されることになります。従って、これらの方式は比較的解析が容易な方法といえます。
 自然調節方式、一定定開度放流方式は水位によって放流量が決まることになりますが、これらの関係を連続式の中で処理しようとすると水位と容量の関係を関数化する必要があります。一般的に水位と容量の関係は定式化が難しいため、ここでは放流方式を容量で表現し、水位との関係については容量による解析の結果を踏まえてH−Vカーブにより水位に換算するといった方法をとることが出来ます。従って、この分野の放流関数は容量を中心にした解析を行うこととなります。
 放流方式が貯水量に支配される場合においては放流量を時間の関数として決定することは流入量をもとに放流量を決定するより解析的には難しい場合が多く見受けられます。しかしながら操作上は容量さえ把握できれば放流量の決定は比較的に容易であると言うことができます。
 アメリカにおいては貯水池面積が大きく流入量の把握が困難なため貯水位(貯水量)から放流量を決定する例が多く見られるようです。

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6−1. 一定率一定量放流方式と水位放流方式の関係について

 いま流入量を時間tの一次関数として(6−4)式のように考えます。
 
  


 ここで、tは時間 a、bは定数。

また、放流量は流入量を基準にして以下のように考えます。

  

  ここで、qは洪水調節開始流量、αは放流率で(6−6)式より決定されます。

  


ここで、qは計画最大流入量、qopは計画最大放流量。

(6−5)式と(6−4)式を(6−3)式に代入します。また、このときb=qですから、以下の通りとなります。
 
                  
 

(6−7)式の両辺をtで積分すると次の通りです。

  


ここで、Cは積分定数で、t=0でV=0とするとC=0となとなります。
         
  



(6−9)式と(6−4)式を(6−5)式に代入してb=qとおくと(6−10)式が得られます。

  
       ただし、 

(6−10)式はaの値とαの値を適切に選べば((6−10−1)式の関係を満足すれば)一定率放流方式と同じ放流量をVの値をもとに実行できることを示しています。
 (6−10)式により放流する方法を「水位放流方式」と呼ぶこととします。((6−10)式は容量の関数であるが水位と容量は1つの関係で示されるため便宜的に水位放流方式と呼ぶこととするものです。)


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  6−2 一定率一定量放流方式と水位放流方式の調節特性について


 (6−10)式から判断すればVの1/2次式は一定率放流方式を実現できることを示しています。
 しかしながらkは(6−10−1)式に示すように流入量の時間あたりの増加を支配するaの関数となっていますから流入ハイドログラフが変わる毎にkの値が変わることになります。
 従って、放流量は流入量に対して一定率とはなりますが、流入波形が変わるごとに放流量の流入量に対する比率は変化することとなり、それぞれの方式による放流量はkとαの関係を満足する基本波形のみにおいて一致し、その他の波形においては完全に一致することはなく少しずつずれていくことなります。
 ここでは流入ハイドログラフを設定し、一定率一定量放流方式と水位放流方式の洪水調節効果について比較評価してみることとします。
 いま、表―6−1 に示すようないくつかのパターンのハイドログラフを考えてみます。



 洪水調節開始流量qを1000m/sとし、ピーク流量を2400、2700、3000,3300,3600m/sの5通りを考えます。
 また、洪水継続時間を示す指標として図―6−1 に示す洪水調節開始時からピーク流量までの時間をTとして、Tの値を9,12,15,18,21時間の5通りとします。その結果25個の洪水が設定されます。



 ここで、ピーク流量3000/s、洪水継続時間Pを15時間とする洪水を基本波形として、この基本波形に対して洪水継続時間の長い洪水と短い洪水、さらには、洪水継続時間の長い洪水と短い洪水を考えてみます。
 ピークを過ぎた後の洪水の流量の低下速度は上昇速度と同じとしました。
 ここで、ピーク流量が3600m/sで洪水継続時間が18時間の洪水波形は(3600−18)洪水と表記することとします。従って基本波形は(3000−15)洪水と表記されることとなります。
 つぎに、基本波形に対して一定率一定量洪水調節方式と、水位放流方式による放流量が同じとなるような定数を(6−10−1)式により設定します。
 一定率一定量においては以下の通りとします。
  q=1000、α=0.5、a=(3000−1000)/(15*3600)=0.03703704
 水位放流方式によれば(6−10)式より
  q=1000、k=0.19245009となります。
 以上の係数により、流入量がピークを過ぎた後は一定量を放流するという放流を行えば2つの方式において(3000−15)洪水に限って同じ放流波形となります。
 以上、一定率一定量調節方式においてq=1000、α=0.5とした場合と水位放流方式においてq=1000、k=0.19245009とした場合の最大放流量と調節必要容量を示すと表−6−2−(1)、表−6−2−(2)の通りです。





 この表より明らかに(3000−15)洪水においては一定率一定量方式においても水位放流方式においても最大放流量も調節必要容量も殆ど同じです。

 しかしながら、水位放流方式(水位放流方式においても流入量がピークを過ぎた段階で一定量を放流する方式とするが、簡略化して「水位放流方式」と呼ぶ。)におけるkの値は流入ハイドログラフのaに支配されるから、すべての洪水に対して同じ放流量を実現するためには洪水毎にkの値を変化させる必要があります。しかしながら、こうすることは洪水時操作の実際として現実的ではありませんからkの値を(3000−15)洪水で設定して、この値を他の洪水波形にも適用するということになれば、2つの方式による放流量と必要調節容量は相互にズレを生じることになります。
 図−6−2 と図―6−3 には2つの調節方式による最大放流量と必要調節容量の相関図を示しています。



 縦軸に一定率一定量放流方式、横軸に水位放流方式の値を洪水毎に相関図で示しています。洪水調節量、調節必要容量ともに相応のバラツキはありますが何れの方式が優れていると言った観点からの差異を認めることは出来ません。



 同じ洪水調節量と調節必要容量の相関関係を一定率一定量放流方式と水位放流量方式について洪水毎にプロットしたものが図―6−4です。







 この図から明らかなように水位放流方式においては調節量と必要容量の関係はある程度まとまった関係にありますが一定率一定量放流方式においては同じ調節量においても必要容量はばらついていることが判るります。これは一定率放流方式においては調節必要容量が流入量の時間変化に支配されることに起因するものであると言えます。

 しかしながら、何れの方式においても全体の洪水に対する平均値としては調節効率的には同じであるといえるでしょう。

 我々は通常洪水調節の特性を評価する場合、流入量と放流量の時間変化を見ることとなります。同時に貯水量の時間変化も見ることとなります。これらを重ね合わせながら洪水調節の特性を評価するのが一般的です。

 しかしながらこれだけの情報だけでは放流能力との照合などを行おうとするときなど不十分な場合があります。従って、以下のような切り口から洪水調節を見る必要があります。つまり、これらの洪水調節履歴について、縦軸を調節必要容量、横軸を放流量として洪水毎に示してみました。すなわち、洪水調節のルーチンを時間との関係ではなく、放流量と貯水容量の関係(Q−Vカーブ)で示そうとするものです。

 25の洪水をすべてプロットすると図面が煩雑になりますから、25のモデル洪水群の中から、ピーク流量で2700m/sと3300m/s、洪水継続時間で12時間と18時間を間引いた9つの洪水群(表−6−1−(2) において網掛けをしていない洪水)について洪水毎に調節量と必要容量の関係をループとして図―6−6にプロットしています。


 この図から次のことが言えます。
 
 1.        一定率一定量放流方式では流入量がピークになるまでは9個のルーチンが出来ている。
 2.        水位放流方式では流入量がピークになるまでの間は1個のルーチン上を上下しているのみである。
 3.        一定率一定量放流方式のルーチンを平均すれば水位放流方式のルーチンに近づくことが想定される。

 以上より一定率一定量放流方式と水位放流方式においては洪水1つ1つにおいては異なる調節特性を有するが考えられる全ての洪水波形を対象とした場合には平均的には同じ洪水調節特性を有すると言うことが言えます。

 この座標系において洪水吐きの放流能力はこれらの洪水調節ループの右側で包絡しておく必要があります。このような切り口から見ると容易に洪水吐きの放流能力のチェックが可能となります。このような視点から見ると水位放流方式による方が放流設備の経済設計的観点からは有利であるということが言えます。

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6−3.自然調節と水位放流方式の関係

 いま、自然調節方式における放流関数を考えてみます。

 

  ここで、C=流量係数  A=放水管の断面積      
      g=重力の加速度
 H=貯水位標高  =放水管の中心標高

 ここで、貯水池面積Aが標高の変化に関係なく一定であると仮定すると、放水管の中心標高以上の貯水量と水位の関係はV=A(H−h)となりますからこれを(6−11)式に代入すると以下の式が得られます。




            ここで、A=貯水池面積

(6−12)式の( )内の数値は定数であるから(6−12)式はVの1/2次式で示すことが出来ます。従って、(6−10)式は貯水池面積が標高にかかわらず一定の貯水池における穴あきダムに近い調節特性を有する放流関数であるといえます。((6−10)式においてq=0とした場合に同じとなる。)


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6−4.操作の安定性について

 前節では、一定率一定量放流方式と、水位放流方式の間に洪水調節効果ならびに調節必要容量に関して優劣の差はないということを計量的に明らかにしました。

  ここでは、操作の容易さ、確実さと言った面から検討を加えてみることとします。

 現地ダム管理所における実態調査からは、貯水池操作において主要な課題の一つとされる事項として、「貯水池への流入量の把握が困難であり、それが貯水池操作の確実性の確保に影響を及ぼしている。」とのことでした。
 貯水池への流入量の把握方法については第2章の(2−1)式により計算されます。しかるにこの方法によれば貯水池の水位観測誤差をδHn とすれば、流入計算誤差δQは(2−5)式(P−)により計算することが出来ます。
   

つまり、(2−1)式により流入量を計算するときの計算誤差δQは貯水池面積A(H)と観測誤差δHに比例し、計算時間間隔ΔTに反比例することを示しています。
 (2−1)式において、貯水池面積A(H)は、貯水池の形状によって決まる値であるから、操作によってコントロールすることは不可能であります。

 従って、水位観測誤差に伴う流入量の推算誤差を小さくするためには、

(1).ΔTを長くとる。

(2).δHを小さくする。

 といった2つの面での取り組みに限定されることとなる。

(1).については、δQin そのものは小さくなるが、ΔTを長くすると、流入量の把握における時間遅れが大きくなり、対応の遅れに繋がることとなります。

 一方、一定率放流方式のように、このような方法で流入量を計算し放流量を決定する場合の水位観測誤差による放流量への誤差は(6−5)式より次のように計算されます。

  



     ただし、δQo1は一定率方式による放流量の誤差

 一方、(6−10)式で示す水位放流方式による放流量の場合、水位観測誤差δHによる放流量計算における誤差は次のようにして求めることが出来ます。

  


        ただし、δQo2は水位放流方式による放流量の誤差

 これらの(6−13)式と(6−14)式の比(とする)を計算すれば、一定率一定量放流方式と、水位放流方式による放流量への水位観測誤差による影響度合いが分かります。

  


   

  (6−15)式において、ΔT=600sec,α=0.5とした場合のFの値を図−6−7 に示しています。



 この図から明らかに、水位観測誤差の放流量決定へ及ぼす影響は、貯水量がある程度大きいところでは一定率放流方式の方が水位放流方式よりはるかに大きい事が判ります。
 言い換えれば、一定率放流方式による放流量決定に当たっては、貯水池の水位観測誤差による影響が大きく、一方、水位放流方式による場合は、はるかに小さい放流量の決定誤差に収まっていることが判ります。
 しかしながら、水位放流方式に於いても、図−6−7を詳細に見ると、洪水調節の開始時点で課題があります。
 すなわち、貯水量 V=0に近いところにおいて、F<1と言うことは、洪水調節の初期段階では一定率一定量放流方式より水位放流方式の方が、水位観測誤差による放流量決定に於ける影響が大きいということになります。
 このことは、(6−14)式において V=0 と置けば 放流量の計算誤差が無限大になることからも明らかです。
 しかも、この状況は洪水調節開始時には避けて通ることの出来ない状況です。
 この課題に対して、次のような方法により回避することとしました。
 つまり、洪水調節の開始時期における一定の期間の放流量をVの1次関数として置き換えることとして(6−16)式を考えます。

 

この時のkをどの程度にするかを考察しておく必要があります。
いま、(6−16)式においてHの観測誤差による放流量への影響を求めると次の通りです。
 

また、(6−17)式よりVの1次関数による場合の放流量の誤差はVの値に関係なくkと貯水池面積A(H)に支配されていることがわかります。
 いま、(6−16)式において、k=1/2000とした場合のQo3と(6−10)式においてk=0.19245とした場合のいずれか小さい方を放流量として採用した場合を図−6−8に併記してみました。



 なお、この際1平方qの貯水池に偏差1p、周期1100secの波動が影響していると仮定して放流量を計算しています。
 さらに、図−6−8−(2)にはQoとVの関係も同時に示しています。これらの図より明らかに(6−16)式を介在させることにより放流量の波動変動に対する安定性は改善されています。また、こうすることにより放流開始時点における放流量と貯水量に若干のズレが生じますがこれらのズレは時間の経過とともに解消されていることが判ります。
 また、一定率一定量放流方式と水位放流方式の操作特性の比較においては、貯水池水位の観測誤差が放流量決定に際して及ぼす影響のほか、以下に示すような実際の操作面での得失が考えられます。
  貯水池操作においては、「どのような流入量と貯水位のもとで、どのような放流形態になるか、」といった対応方針の即座の判断を迫られる場合があります。
 たとえば、
 (1)流入量が計画流入量を超える場合、貯水池水位はどのような状態にあるのか、また、貯水池水位が、サーチャージ水位に近づいた場合、放流量はどのような状態にあるべきか。
 (2)ただし書き操作水位(8割水位)に達したが、流入量.放流量の状態から見て異常洪水時操作に移行すべきか否か。
 (3)  事前放流操作において、目標とする水位になったとき、放流量は流入量に近づいているか。

 等々、常に流入量、放流量、貯水池水位は1連の情報として扱われる場合が多いと言えます。
 いま、一定率一定量放流方式と、水位放流方式(または自然調節方式)によって洪水調節をした場合の履歴を水位と放流量の関係で図−2.12に示してみました。
   この図から次のようなことが言えます。
 (1)  一定率一定量放流方式では、同じ洪水調節ルールによっても、流入波形が異なると、水位と放流量の履歴が変わる。
 (2)  一方水位放流方式は、流入波形が異なっても、水位と放流量の履歴は常に同じである。この事は水位放流方式の場合、洪水波形が異なっても、ある水位に対する放流量は一つしか存在しないと言うことであり、操作時の情報がより簡明になったことになる。

 なお、自然調節方式の場合では、水位放流方式と同じ傾向の履歴を示すことは2−2−2の考察で言及したとおりであり、 この場合の履歴は、放流可能量(H−Q Curve)であります。
 洪水調節の段階での判断は、出来るだけ単純な指標に基づき明解に行われるべきであり、一つの水位でいくつもの放流量が存在することは、的確な判断を行う上からは、好ましい状態ではありません。
   水位放流方式によれば、どのような洪水波形に対しても、ある水位に対して放流量はただ一つであり、洪水調節操作において、水位か、放流量の何れか一つを監視すればよいことになり、判断は的確で、しかも単純化されたものとなります。また、事前放流操作、異常洪水時操作との連携性と言った点から見ても洪水調節方式における水位と放流量の関係は単純な方が望ましいということができます。
 なお、水位放流方式と、自然調節方式は、貯水池の調節特性並びに操作特性的には、同じ様な水理的傾向を示しますが、自然調節方式はハード的に固められており、一旦施設が完成すれば、その後の計画変更などに際してダムの洪水調節計画を変更しようとしても柔軟に対応することはできません。
 これに対し、水位放流方式であれば、放流施設の能力に余裕を持たせておけば、将来の洪水調節計画変更にたいしても放流関数の係数を変える等のソフト的な面のみの対応で十分に対処できるという利点があると言えます。
 以上、操作の確実さ、簡明さ、将来計画への順応性といった観点からの評価にもとづき判断すると、水位放流方式は、総合的に見て、他の方式より適用性が高いということが言えるのではないでしょうか。



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