死を選んでいた。
 生きよう、などとは思ってなかった。
 愛しい人がいないこの世界などで、生きようとは思わない。
 それよりも。
 この命と引き換えに、かの人を奪った者たちを殺そうと思った。
 できるだけ、多く。

 どうしようもなかった。
 そんなことは、最初からわかっていた。
 この戦いは勝てるわけがなかった。
 負け戦を承知で望んだが、それでもここまでだった。
 これ以上の犠牲は、上に立つ者として、そしてひとりの国を愛するものとして、どうしても認められなかった。

 だから。
 生を望むものは去れ、と。
 それを咎めはしない、残る方が咎だと宣言した。
 残れば、それは命令違反だ。
 違反は死をもって償うしかないと。
 残る者には、死を。
 去る者には、あらんかぎりの生を。
 自分が与えるであろう、と声高に叫んだ。

 奇跡と言われつづけたことに、今、意味があるのだと思った。
 自分の血が嬉しかった。
 自分の力が嬉しかった。
 自分の声が、自分の存在が。
 彼ら兵士すべてに与える影響の大きさに、感謝した。
 多くの者は去っていき、残ったのは、自分と、わずかな兵。
 その面々の顔を見て、少し笑った。
 
 最後の休憩をとる。
 今まで禁止していた酒を飲んだ。つまみなどなく、ただ酒を碗に注ぎ、呷る。
 不味い、と誰かが言って、みんなで笑った。
 残った奴らは全部で7人。
 誰もが、俺のそばに、そして、かの人のそばに居た奴らだった。
 よくもまあ残ったものだな、と悪態をつくと、そんなに甘くみないでください、という言葉が返ってきた。
 それに、また笑う。
 改めて口にした酒は、本当に不味かった。



「とりえあず、突っ込め」
 小高い丘の上。20代前半であろう青年は後ろを振り返ってそう言った。
「どこへですか?」
 その右側に立つ男は、どちらかというと剣を持つよりも本を持つほうがあっているように思われる。けれども、今この場所に立ちながらも震えることなく、相手を見つめている姿は、やはり戦士のそれだろう。
「敵へだ」
 明瞭な回答に、逆に立っていた背の高い男が笑った。
「敵って言ってもなぁ……。とりあえず見えるとこ全部敵だと思うんだけど」
 それに青年は唇の端を上げて答える。
「じゃあ、適当」
 まわりの男たちが笑った。
 優男が肩を竦める。
「すごい命令ですね」
「悪いか?」
「いいえ。良いと思いますよ。私たちらしくて」
 にやりと笑う青年に、にっこりと返す男。その雰囲気が怖くなったのか、一番歳若な兵士が声を上げた。
「隊長、隊長〜!! 最後に一言いいですか?」
 青年が答える。
「なんだ?」
 兵士は、その瞳をじっと見つめた。
「ずっと憧れてました!!」
 兵士の告白に周りの男たちがはやしたてる。
「うわっ! ホモだ!! ホモがいるっ!!」
「ち、違いますってば〜!!」
「………………悪いけど、俺はそんな趣味は………」
 青年の反応に兵士は反発し、男たちはさらにからかう。
「ち、ち、ちがいます!! 隊長まで何言うんですか!!」
「わーい。ホモホモ〜!!」
「違いますってば〜!!」
 その光景をじっと見つめ、男はぽつりと言った。
「最後まで、賑やかですね」
 青年がそれを聞いて、笑う。
「いいだろ。俺ららしくて」
「さすが、と言った方がいいかもしれません」
「そういう時は、緊張感がないって言わねえか? あ、隊長。オレも最後に言わせてもらっていいですかねぇ?」
 男の苦笑に、背の高い男が呆れる。しかし、それは長く続かず、言葉は青年に向かい真摯なものと変わった。その様子に、優男の表情も真面目なものになる。
「あ、私も一言言わせてください」
「……俺はホモじゃないぞ」
「違いますよ。私の好きな人はもうこの世にはいませんからね」
 さっきの冗談で返した言葉は、意外な言葉で返された。青年も、もう1人の男も驚きを隠せない。
「…初耳だ」
「俺も聞いたことねぇぞ……」
「ええ。言ってませんからね」
 その表情から、青年に何かひらめくものがあったらしい。
「…………おい、もしかして」
「それは内緒です。まあ、多分想像通りですが。ここにいる人間はそういう意味じゃみんなライバルですよ」
 青年の言葉を遮って、ほとんど答えになっているはぐらかしを言うと、青年は、がっくりとうなだれた。
「マジかよ……。やなこと聞いたな」
「それだけ、隊長は羨ましがられていたってことです」
 背の高い男は、まだ驚きから抜き出せていない。
「…………隊長はともかく、なんでオレまでバレてたんだ」
 それに冷たい言葉が返る。
「お前がわかりやすすぎるからだ」
「……最後の最後で……畜生」
「ざまあみろ」
 2人のやりとりに飽きたのか、青年がその場を動こうとした。
「お前ら……。仲いいのはわかったけど、俺はもう行くぞ?」
 それを止め、2人は最期の言葉を紡ぐ。
 覚悟など、当の昔に決めていたと言わんばかりに。
「あ、待ってください。……貴方に仕えることができて、オレは幸せでした」
「私も同じです。そして、感謝しています。すべて率いられた貴方に」
 青年の表情が柔らかくなり、するつもりはなかった説得をもう一度だけする。
「………俺も、お前たちには感謝してもしきれないくらいだ。ここから逃げ帰ってくれれば、もっと感謝するんだが」
「それはできない相談です」
「私も承服できかねます」
 当たり前の回答に、青年は少し悲しげに笑う。本当は、誰も死んでほしくないんだ、と言っているように。
「そう言うと思った」
 けれども、全部わかっているのだ。目の前にあるものは一つしかないことを。
「隊長〜!!」
 見張りに立っていた兵士が声を上げる。
「なんだ!」
「そろそろ来ますぜ。敵さん」
「わかった!」
 ふと思って東を見ると、太陽が昇るところだった。
 きっと、あの太陽が真上に辿り着く頃には、ここにいる誰もが生きていないだろう。
 しかし、誰の心にも後悔はない。
「今行く。おい、お前ら!!」
「はっ!」
 声を張り上げる。思い出が一つ一つどこかに浮かんだ。
「行くぞ! ひとりでも多く、道連れにしろ!!」
「おう!」
 時間が来る。

「よし、出撃だ!!」