イベントに誘わない理由。





 エリーと付き合って結構経つ。
 けど、この手のイベントには一緒に参加していないことに先日気づかされた。
 なんてことはない。
 仲間と酒を飲んでて、指摘されただけだったりするんだけどな。
 
 ザールブルグには祭りといわれるのは、年に2回だけだ。
 前は3回あったけど、まあいろいろあって2回になっている。
 そのうち、年末にある武闘大会は、一緒に参加という雰囲気ではない。……まあ、いい思い出がないわけじゃないけどな。
 だけど。その、なんだ。
 いわゆる…………デートというものを、イベントに合わせてやったことがない。
 もともと、デートをすることはあまりない。
 採取についていったりするついで、というより行き帰りの道程だったり。
 依頼にいったついでに、工房でお茶を飲んできたり。
 晩飯をよばれたり。
 そんなんで終わってる気がする。
 俺はそれで構わない。それで充分…………幸せだし。
 という話をしたら、まわりの奴らは重いため息をつきやがった。
 なんでも、「お前はいいかもしれないけど、あっちはそんなふうに思ってないぜ」、らしい。
 その後散々、イベントは大事なんだ、とか、彼女の誕生日には指輪をプレゼントしろ、とか、デートには花束持参だなんだと言われつづけ。
 そんなん柄じゃないんだよ、とテーブルをひっくり返してその場を治めた。


 しかしながら、イベントを一緒に過ごす、ということをやってみなくないわけじゃない。
 そうすると、武闘大会以外のイベントといえば、夏祭りになる。
 8月15日。
 この日時が結構くせものだ。
 8月1日までは、エリーは試験らしくて忙しいらしい。依頼にいけば了解はしてくれるけど、バタバタしている(特に妖精が)。
 今年も例年どおり、バタバタしていた。
 ちょっと顔を見せてみたけど、「依頼はなに〜?」と速攻で聞かれれば「フラム2個」と答えて、すぐに工房の外に出るしかなかった。
 夏祭りの「な」も出せずに。
 それが終わって5日くらいまでは、試験の後始末ってやつだ。部屋の掃除やら、依頼やら、洗濯やら、睡眠やらなんかいろいろやっている。
 何か近寄るだけでも悪い気がするので、このあたりまで会いにはいかない。
 あいつが思ってる以上に、気をつかってるんだ。こっちだって。
 この時点で、残り10日だ。
 さあ、会いに行こうと思って、次の日に出かけてみたら、先回りされていた。
 妖精からシャリオミルク20個と、ハチの巣39個、プニプニ玉5個を買い終えたエリーは、にこにこしながら工房の扉を閉め、本日閉店の札をかけやがった。
 そうしたら、もうその日はアウトだ。
 7日から10日までは、泊りがけの仕事が入って会いにいけなかった。
 他の月は不定のくせに、8月はこの日に確実に入って来る予定をみるたび、何故か隊長の含み笑いが思い浮かんだりする。
 ……そういうことはないはずだけど。たぶん。
 そして帰宅後、疲れた身体に鞭をうって工房に行くと、留守番の妖精がにっこり笑って言いやがった。
「おねえさんは、へーベル湖に採取にいったよ♪ 帰宅予定は15日でーすっ」
 こうして残りのカウントはゼロになってしまった。


 仲間たちの応援は勤務日にも影響していて、今年の夏祭りの日は休日だった。
 デートの予定はしたんだろ?という仲間をぶっ倒しておいて、俺は工房に向かう。
 今日は帰ってるはずだし、もしかしたら捕まるかもしれない。
 かすかな期待を胸に秘めて、工房のドアを叩いた。
「いらっしゃいませー♪」
 返ってきた声は、期待とは違った幼い声。
「………エリーは? 帰ってきてないのか?」
 ドアをあけて、ため息をつきながら、俺は妖精に向かって言った。
 まだ帰ってきていないのなら、少しは救いがある。採取だったから誘えなかったのだ、と自分に言い訳ができるから。
 他の男とデートされたら、俺のプライドは崩壊して後悔だけになっちまう。
 ごくり、と唾を飲み込み妖精の言葉を待つ。
「ええとね♪ さっき帰ってきたんだけど、すぐに出てっちゃったよ。今日はお祭りだから遊びに行ったんじゃないのかな〜♪♪」
「そっか………」
 今日は、やけ酒だ。
 ため息を深くついて工房の中を見ると、踊っていたり転がっていたり寝ていたりする妖精が4人ほど。暇そうだ。
「おまえたちは、何してんだ?」
「見ての通り〜♪♪ おねえさんが採取から帰った途端行っちゃったから、ボクたちやることないの〜♪♪」
「暇なのか?」
「うん、暇〜♪♪ おにいさんも暇なの?」
「エリーと夏祭りに行こうと思ってたからなぁ。……エリーがいないんだったら暇だな」
「じゃ、暇だね♪♪」
 妖精の無邪気な言葉が胸にささる。
 ああ、どうせ暇だよ。
「……ま、そういうことになるな」
 認めたくはねえけど。
「じゃあさ、ボクたち、夏祭りに連れて行ってよ♪」
「はぁ?」
「人間のお祭りってボクたち見たことないからさ〜♪ おねえさんに連れてってもらおうかって思ってたんだけど、弾丸のように飛び出して行っちゃったから言えなかったの…」
「………そりゃあ災難だったな」
 非番の日に、子守り(それも子どもじゃない)なんてやってられっか。
 うるうる瞳で見上げてくる妖精から逃げ出そうと、足を後ろに一歩引いた途端、ドンと抱きつかれた。
「連れてって、連れてって、連れてって〜!!」
「お願い〜!!」
「おにいさーんっ」
「ねえねえっ!!」
 いつの間にか、寝てたり転がってたり踊ってた奴らまで足にしがみついている。
 妖精のすばやさを甘く見過ぎていたらしい。
「…………」
「ねえねえねえっ!!」
「おにいさーんっっ!!」
「お願いお願いおねがーいっ!!」
「連れてって連れてって連れてって連れてって連れてって〜!!」
 妖精たちの声はだんだん大きくなる。このままでは外にまで聞こえてしまうだろう。
 かといって、妖精を引きずったまま外に出ることはできない。
 しばらくの考えたあと。
 結局俺は了解してしまった。


「ダッグラッス君♪ 聞いたよ聞いたよ〜。夏祭りの日のこと。いつの間に子どもがいたの? もう、先輩に教えてくれなきゃ駄目じゃない。で、あれは、錬金術士ちゃんとの子?」
「…………」
 4人の妖精と俺の組み合わせは、夏祭りの中でも異様に目立っていたらしい。
 たまたま目撃した同僚が他の同僚にも知らせ、それが噂となって城の中を駆け回っていた。聞かれた回数が2ケタにのったあたりから、文句を言う気力も、張り倒す元気もなくなっている。
 そうすると俺が否定しなかったといってまた噂が流れ。
 もうどうにでもしてくれ、というのが俺の心境だ。
 王子が笑いながら聞いてきたり、隊長が神妙な顔で訊ねてくるのはどうかと思うけど。
 ……頼みの綱のエリーには1時間ほど爆笑されるし。


 そして俺は、この8月の出来事によって決意する。
 もう、二度とイベントデートと同僚の戯言には関わるもんか。


 夏祭りの誘いを断って1ヶ月に渡るエリーとの喧嘩をするのが恒例になることを、まだこの時の俺は知らない。


END