「ふう・・・」 ため息をついて、それに気づいて、またため息をつく。 私、エルフィール・トラウム。アカデミーに通っている学生。錬金術士の卵、とも言われる。最近、アカデミーでも試験の成績は上から数えた方が早くなった。酒場で受ける依頼もいいものが多いって誉められてる。友だちもたくさんできた。 ・・・そして彼氏も。 順風満帆な生活のはず。だけど、ため息が止まらない。 「おねえちゃん・・・おねえちゃん?」 そんな声がして、視線を下へ落とす。そこには、妖精がちょこんと立っていた。 「ごめん?なんか呼んだ?」 にっこりと笑って、そう妖精に言った。その笑顔がひきつってるんじゃないかってちょっとどきどきする。 「呼んだよ。何回も。あのね、研磨剤、材料なくなったからもうつくれないよ」 ちょっと疲れたような顔をして、妖精はそれでも笑った。その笑顔に、内心慌てる。 (やばいよ〜。最近妖精さんのこと考えてなかった) 「じゃあ、どうしよっか」 「うん、どうしよっか」 このまま調合に残ってもらっても私がしっかりできないような気がするし。そんなことなら。 「採取にいってくる?」 「うん」 どうやら調合から脱出できるのが嬉しかったらしく、そのままてくてくと扉へ駆け寄った。その姿はかわいくて、少し悩みを忘れられる。妖精のために扉を開けると、ぴょこんっと跳んで外に出て行く。 「じゃあ、ストルデル川でいいかな?」 「うん。じゃあ、いってきまーす」 手を振りながら、やっぱりてくてくと歩く姿はかわいい。その姿が角を曲がって見えなくなるまで見送り、そしてまた工房の中へと引き返した。 「はあ」 その途端、あふれるため息。なんかやっぱり、つらい。 「どうしたのよ」 妖精さんが採取に行った次の日。私の工房には、アイゼルがやってきていた。お茶を入れ、ケーキを切り分け、楽しいお茶会のはずだったのだけど。 「なんでもないよ。・・・ふう」 ため息は止まらない。 「なんでもなかったら、そのため息をなんとかしなさい。私まで、憂鬱になってくるじゃないの」 アイゼルの声が痛い。確かに、なんでもなかったらため息なんかでないはずだ。 「それとも、何か悩みがあるんじゃない? 私でよければ聞いてあげるわよ」 さっきよりも優しい声で、アイゼルはそう言った。その声に私は顔を上げ、アイゼルの瞳を見つめる。 「ほんと? なんでも?」 そう出した声は、自分でもびっくりするくらい弱々しくて、どれだけそのことに悩んでいたのかを思い知る。たいしたことではないはずなのに。 「なんでもいいわよ。ほら、話してごらんなさい。どうせ、あの門番のことでしょ?」 ずばりと言われ、私は言葉につまった。そんな様子を見ていたアイゼルがくすりと笑う。 「あなたが錬金術以外のことで悩むなんて・・・大人になった証拠かしら」 「ち、ちがうもんっ」 私はあせって言い返した。大人になんかなれない。だって・・・。 「キスをしてくれない?」 あきれた声でアイゼルはそう返した。確かにあきれるような内容の相談かもしれない。でも、私にとっては、すっごく重要なこと。 「だってあなたたち、付き合ってるんでしょ?」 「うん。たぶん・・・」 ちょっと前までは、すごく嬉しくて自信をもって言えた言葉。でも、今は苦しいだけの言葉になってしまった。 「たぶんって。好きって言われたんでしょ?付き合って欲しいって」 「・・・でも、1回しか言われてないし。自信なくなってきた」 言葉にするたびに、どんどん落ち込む。あの告白された日が一番の幸せだったような気がした。 「まったく、あなたたちって・・・。なんて言ったらいいのかしら」 う、と言葉に詰まって、アイゼルの方を見た。その顔は、あきれたと言っている。私はその口調に思わずムッとする。 「どうせそうですよーだ」 「あら、元気になったのね」 つい、いつものように返した言葉にアイゼルは敏感に反応した。元気になったのね、と言われると自分でもそんな気になる。単純だなあ。 「ごめんね、アイゼル」 「別に構わないわよ。それにしてもあなたがそんなことを思うなんて、ちょっとびっくりしてしまったわ」 「あなたでもって、・・・私だって女の子なんだよ」 「そうだったわね。でもこの部屋を見るとたまに忘れそうになるわ」 う。それを言われるとすっごくつらいけど。私は周りを見渡す。調合に失敗して散乱している部屋。カレンダーを見た。妖精さんが掃除をしに来てくれるのは、まだ1ヶ月も先。 「掃除・・・しようかな?」 「そうしなさい」 ほとんどやる気もなしに言った言葉は、アイゼルによって決定事項に変わってしまった。 「はあ」 この日最後のため息をつく。 ドンドン。 アイゼルが掃除から逃げるように去ってからまだそう経ってない頃。扉を叩く音がした。 名前を尋ねなくてもわかってしまうその乱暴な叩き方に、私はドキドキして声を上げる。 「はーい、開いてまーす」 「よお」 案の定、ダグラスが顔を見せる。ドキドキが増加して、でもさっきみたいに憂鬱ではなく中へ迎え入れた。 「ごめんなさい、今掃除中だから散らかってるけど・・・。依頼?」 「いや。違うけど。駄目か?」 友達だった頃にはなかった遠慮。あの頃は、こっちが何をしてようと入ってきてたのに。 「ううん。大丈夫。お茶、入れるね」 ダグラスはイスに腰掛けて、手持ち無沙汰のようにあちこちを眺めている。 「はい、どうぞ」 「お、さんきゅ」 ダグラスの目の前に座り、一口お茶を飲む。カップからダグラスに視線を移した途端、こちらを見ている瞳とぶつかった。思わず胸の鼓動が跳ね上がりそうになって、あわててごまかすように声を上げる。 「最近、どう?」 あまりにもありきたりな質問。でも、いいや。会話ができるなら。どうもこの沈黙って好きじゃない。 「ああ。まあまあだぜ」 「ふーん」 「お前は?」 「うん。私もまあまあ」 「・・・・・・」 「・・・・・・・」 ええと。いつも何話してたっけ・・・。言葉がでてこないよ〜。 ずっと続く沈黙。あたりにはお茶を飲む音だけが響いていた。 「あ、あのさ」 「な、何?」 ダグラスの言葉に思わずどもって答えてしまう。昔はそんなことなかったのに。 「掃除してんだろ?」 「う、うん」 思わず頷く。 「手伝ってやるよ」 「あ、ありがと」 どうしてそうなったのかはわからないけど、とりあえずお礼をいっておいた。 「そこっ。甘いぞ。もっとよく磨けよ」 「はい〜」 「だーかーらー、ここはこうやってこうやるんだよっ。わかったかっ!」 「わかった・・・つもり」 「わかれっ!」 「はい〜」 もっとのんびり適当にやるはずだったお掃除は、ダグラスが加入したことにより適当とは全然無縁なものになってしまった。この調子だと、来月には妖精さんが来ないような気がする。 「バケツの水、替えて来いよ」 ダグラスが背中を見せながらそう言った。今日はあんまり視線を合わせてない。安心してる半面、寂しい自分がいるのも知っている。 それはそうとバケツの水っと。あ、あれだね。 「うん」 バケツを持った瞬間、思ったよりズシリときた重さに泣きたくなるけど、返事をしてしまった手前口に出して言うことはできない。 なんとか水を換えて、元の場所に来たときには腕は悲鳴をあげていた。だからその不測の事態が起こっても何の対処もできなかったのである。決して私がドジだとか、おっちょこちょいとかじゃない。・・・と思う。 「もってきた・・・きゃあっ」 バシャーンという水の音。 カラーンというバケツの音。 床にしりもちをついた私。 つまり、滑って転んだのである。うう、ついてないよ〜。 「おい、大丈夫かよ?」 ダグラスがあきれたように私を見ていた。まったく、とぼやきながら私に手を差し伸べる。 「ほら」 「ありがと」 私は手につかまり、慌てて立ち上がった。ところが慌てたのがいけなかったのか、そのままバランスを崩して、また転びそうになる。 「きゃっ」 その途端、強い力で引っ張られた。 床ではない何かに頬があたる。そして、そのままぎゅっと背中から押された。 これじゃまるでダグラスに抱きしめられているような・・・と思って自分の状況に気づく。抱きしめられているようなじゃなくて、本当に抱きしめられている私がそこにいた。 実感すると同時に、心臓がバクバクしてくる。早く離れなくちゃ心臓が壊れちゃうよ。幸い、私の視線の先はダグラスの洋服だったから顔が赤くなるのを見られずにすんだけど。もし見られてたらどうなっちゃってたんだろう。 「ダ、ダグラスっ。服、濡れちゃうよ」 適当な言い訳をとっさに思いついて、そうダグラスに言ったけど、力は全然弱くならない。 「気にすんなよ。それよりも大丈夫か?」 「う、うん」 心臓の音はどんどん早くなる。顔もどんどん赤くなる。 「まったく、お前はとろいくせにおっちょこちょいなんだから」 とろい?おっちょこちょい? 「なによっ!」 それまでの緊張は一気に失せ、私は思わずダグラスに怒鳴った。いつものように口喧嘩をはじめるつもりで、ダグラスの顔に視線を移す。 しかし、私は何も言えなくなってしまった。 優しい笑顔が目に入る。いつものダグラスからは想像できないようなそんな笑顔。 「よかった、無事で」 そう言って、ダグラスは私の髪を撫でた。 しばらくして、その手は頬をつたい首筋へと移動する。 大きな手だなあと考えていたら、ダグラスの顔が私に近づいた。 「馬鹿。こういう時は目を閉じるもんだろ」 そう言われて目を閉じた。 唇に暖かな感触。 私は幸せだった。 キスってなんだろう? ・・・ソレハシアワセノモト♪ END えみゅ〜さまから素敵なイラストをいただきました〜。こちらからどうぞ。 ---------あとがき---------- なんだかなあ。 想像したものとぜんぜん違うし。 文章変だし。 ラブラブじゃないし。 日付経ってるから、途中で話が変だし。 展開はやいし。 これ以上いっても仕方ないのでここまでにしましょう。 でわでわ。読んでくださってありがとうございました♪ |