水色の詩


 今日はボクがオトナになる日。

 もう、小学校4年生になったんだから、ボクはオトナ。
 となりのダイも、向いのタクも、小学4年生の夏、オトナになった。
 だからボクも、オトナにならないといけない。

 オトナになるためには、オトナセガワのふたご岩から虹の滝に向かって思いっきり飛びこめばいい。
 これが、ボクの町のきまり。
 男子だけの、女子には秘密のきまり。
 飛びこまないと、だれもオトナになれない。
 お父さんもお祖父ちゃんも小学4年生の夏に飛びこんだって教えてくれた。
 今年はボクがなる番なんだ。

 もちろん、ボクだけじゃない。
 幼稚園のころからずっと仲よしだったケイも、すごくむかつくトシだって、今年みんなオトナにならないといけない。
 同じ日じゃなくてもいいんだけど、ボクたちは今日にした。
 実は、ちょっとおっかない。

「アツシから飛びこめよ」
「なんでだよ。トシからいけよ」
「なぜ?」
「なぜでも」
「どうしてなんでもなんだよ」
「なんでもなんでもなんだよ。トシ、こわいの?」
「こわくない。アツシの方が怖がっている」
「………僕から行く」

 ケイが呟いた。
 ボクとトシはびっくりして、でも、うなずいた。
 実はボクより、もちろんトシより、ケイは強いときがある。
 逆上がりだって、二重とびだってケイが1番だ。
 先に飛ばれるのは、ちょっとほっとして、ちょっといやだった。  でもボクとトシはケイを見守った。

 ふたご岩のてっぺんに立って、ケイは滝をにらむ。
 深呼吸をして、でもすぐにケイは飛び込んだ。

 ぽちゃん

 滝つぼにケイが飛び込んだ音。
 しばらくしたら、水面にひょっこりとケイが顔を出す。
 にこりという笑顔がうらやましい。

「次はオレな」

 ボクという前に、トシは飛びこんだ。

 ぼちゃん

 さっきより鈍い音がしたけど、でもトシも飛びこんでしまった。
 ケイの横から顔を出す。
 笑う顔がすごくむかつく。

「うわ」

 ボクもふたご岩のてっぺんに立った。
 滝をじっとにらむ。
 蝉の音がうるさい。
 空は、晴れてる。
 神さま、お願いします。

 ボクはオトナになるから。
 子どもだからと馬鹿にされないようになるから。
 きらいなにんじんものこさず食べられるようになるのだから。

 滝つぼにどうか、飛びこませてください。


 大きく息を吸い込んで、2人にどなる。

「いっくぞー」

 高くジャンプ。
 青い空。水は……水色?

 そんなことを考えている間もなく、ボクは滝へと落ちた。

 ちゃぷん。

 滝つぼは、水色だった。
 実は、泡ばかりでよくわからなかったけど。
 でも、滝つぼは、水色だった。
 ………たぶん、きっと。

 水面から顔を出して、息を吸う。
 目の前には、ケイとトシの笑い顔。
 ボクも、笑う。

 今日、ボクたちはオトナになった。