状況報告 そのいち





「なあ、エリー」
「なに?ダグラス」
 民家の影に隠れながら、エリーとダグラスは囁きあった。エリーはいつもより地味目の服を着ているし、ダグラスは鎧を外している。だが、そんなことで目立たないわけではなく、さっきから通行人からの視線を浴びていた。
「あらエリーちゃん。こんなところでなにしてるの?」
 馴染みのおばさんが声をかけてくる。
「ええと、ちょっと……その、仕事を」
 歯切れが悪く答えていると、後ろから含み笑いが聞こえた。少しむっとなって、思い切り足を踏みつけると、うっという声とともに、笑い声も消える。
「そうなの。気をつけてね」
 エリーたちのそんな様子にはおかまいなしでおばさんは去っていった。途端に、軽く頭を叩かれる。
「痛えだろうが」
 少し憮然とした声。
「笑う方が悪いじゃない」
「んなこと言ったって」
「ほら、大きな声を出すとターゲットさんに見つかっちゃうよ」
 そういうと、エリーは噴水の方に目をやった。

 事の起こりは一週間前に遡る。
 いつものように、飛翔亭で依頼を受けていると、マスターであるディオからある依頼を持ちかけられた。
「なあ、あんた。23日の日は暇かい?」
 すぐ渡すことができる依頼の品をカウンターの上に出しながら、エリーは頭を捻った。
「ええと。18日に近くの森に行って……。あとは特にないかなぁ。……一応大丈夫だと思いますけど」
「そうか。折り入って、あんたに頼みたいことがあるんだ」
「はあ」
 そのまま、小声でディオに何かを言われるとエリーは眉をきゅっとよせる。
「………それはちょっと、プライバシーの侵害というかなんというか」
「そんなことわかっとる。別に邪魔をしてくれと言っているわけじゃないんだ。ただ、……やはり心配でな」
「……でも」
 煮え切らないエリーに、ディオはため息をつく。
「そうか、仕方ない。受けてくれたら……お前さんの誕生日にとびっきりのチーズケーキとワインを用意しようと思ってたんだが」
「……え、でも。その日私、ほら、採取だし」
 しどろもどろになりながら、それでもエリーはその話を断ろうとした。しかし、チーズケーキの誘惑はかなりエリーを揺るがせている。それを察知して、ディオはわざとらしくため息をつく。
「引き受けてくれるのなら、採取に持っていけるようにバスケットに入れておいてやるんだが。仕方ない。ワインはマリーの特別製…」
「引き受けさせていただきます」
 あっさりとマリーの単語に反応し、エリーは依頼を承諾したのである。

「なあ、やめようぜ。こんなこと。せっかく誘ってOKもらったデートの監視なんて」
「……ダグラスだって、ワイン飲んだでしょ?」
 5日前のことを引き合いに出されてダグラスは苦い顔をした。
「お前が誕生日だからっていって飲ませたやつじゃないか」
「飲んだら同罪。私だってあんな依頼受けて後ろめたいんだから、誰か一緒に罪をひっかぶってもらわないと」
「人を巻き込むな、人を」
 憮然と返すダグラスを、エリーは見つめる。2人の身長の関係上、どうしても見上げる姿勢になってしまうのは仕方ない。
「・・・・・・だめ?」
 言葉につまったダグラスに新しい爆弾が投下される。その顔に押されながら、ダグラスは何度目かわからないため息をついた。
「・・・・・・わかったよ、仕方ねえなぁ」
「ありがと〜」
 にっこり笑って、エリーは再びターゲットの方を向いた。
 その後姿を見ながら、ダグラスは心の中で手を合わせる。
(ハレッシュの旦那、今度なんかおごるから許してくれ)
 ディオからの依頼内容はそう、「フレアとハレッシュのデートを報告すること」であった。



NEXT