「でも、普通ライバルとそんなに仲良くなるか?」

 ふと、言われた。
 そいつにはきっと何気ない一言だったんだろうと思う。
 それがロイと俺のことを言っていることに気づくまでにしばらくかかって、相手に不審な顔をされたけど。
 俺としては、ロイとライバルになったつもりがないから仕方ない。


 ロイの奴は、最前線に来るなりお役目を果たしている。ついでに3日連続で最大の成果をあげて、他の国家錬金術師とも一線を画し始めていた。
 俺はと言えば、ここらへんの地理を頭の中に叩き入れ、この最前線にとどまる兵士たちの実力を把握してと色々なデータに眼を通す日々だ。
 その量が半端じゃないから苦労していたりするわけだけど。
 それでも、ロイが帰ってくればその報告を1番に受けにいき、ねぎらいをし、ついでにピリピリしている空気を和らげて、周りの奴らとの緩和材になってやったりしている。
 兵士たちから孤立することを厭わないことは知っているけれど、それじゃあんまりにも寂しすぎるだろう。こんなところじゃ、信頼はあればあるほど良いに決まっている。
 「いざ」という時のためにも。

 きっとそいつの不可解さは俺のそんな行動だろう。

 年齢のわりに出世している俺たちを勝手にライバルとして見ている奴らは多い。派閥争いを繰り広げるのではないかと期待しているのもいる。
 確かに書類だけを見ればそう思われても仕方ないだろう。
 この戦いにおいては、ほぼ同じ駐屯地で、同じように戦果をあげている。
 一方は国家錬金術師だから、階級の違いはあるけれども、それが優秀さの違いにはならない。それよりもわずか一階級であることに目を見張る人間もいる。
 同じ立場から、下から       そして時には上から。
 擦り寄ってくる連中にはロイを貶しまくるのもいた。何しろマスタング少佐は国家錬金術師だから、それだけで悪口のネタには事欠かない。

 ……軍の狗、人間兵器だと。

 俺にしてみりゃ、ここにいる奴はみんな一緒だろうと思う。
 兵士なんてもんは、国に、大総統に忠誠を誓うものだし、戦争で銃器を手にしている限り自分たちが相手を傷つけるものであることには変わりない。
 銃の弾が当たれば1人。ロイの焔だったら多数。
 それだけの違いで貶される必要はないはずなのに、戦場は       いや軍全部かもしれない       どこか捩れていてそれが口惜しかった。



 煤にまみれた軍服。所々ほつれているコート。
 けれど中身の方は傷一つないようで、安心をする。知らず知らずのうちに笑顔になった。
「おかえり。どうだった?」
「ん。まずまずだ。悪くない」
 手にはめた発火布をとりながら、ロイも笑ってくる。
 今までとは違い、ここでは小隊を率いていくことが多い。
 ロイ曰く、邪魔が増えるだけだと言っているけれど、さすがに最前線ということもあって、兵の質は高い。
 銃の扱い、遂行力、判断力、どれをとっても真剣さが違う。
 それはロイも認めているみたいで、連れて行くことを拒否したことはなかった。1人残らずというわけにはいかないけれど戻ってくる人数も思ったより多い。
 もちろん、今はただの小康状態だからであって、戦闘が悪化すればそんなことも言ってられないんだろうけれど。
「そういえば、ヒューズ。変な噂を耳にしたぞ」
「なんだよ」
 コートを脱ぎながらロイが思いついたように言った。
「私とお前がライバルだそうだ」
「ああ、それだったら俺も聞いた。ここじゃそれが流行りなのかな」
「そうかもしれんな。まったくどこを見てるんだか。お前みたいな奴が私のライバルになれるはずもないのに」
「おーおー。よく言うよな、まったく。どっかの誰かさんは作戦立てても、爪が甘いのにな」
「お前みたいに性格が悪くないだけだよ。ヒューズ大尉」
「お前が誰かさんとは言ってないぞ。やっぱり爪が甘いな、国家錬金術師のマスタング少佐」
「………」
「…………っぷ」
 沈黙に耐え切れずに噴き出せば、ロイも同じだったらしい。笑い始めるとなかなかそれは終わらずに最後はぜいぜいと息を切らせるほどになった。
 周りの馬鹿にした視線は気にしないことにしておく。
「まったく……お前といると……感覚が狂うな」
「それは……こっちの台詞だ」
 そして、また笑った。

 ここは戦場のそれも1番前だというのに      
 2人でいると、まるでどこかの街の部屋にいるような錯覚を感じる。緊張が和らいで、普通の生活を送っているような気持ちになる。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは知らない。

 けれど失くしたくないと思うのだ。
 狂気が渦巻くこの場所で、引き金を引くことを、焔が広がることを、必要なことだとわかっているからこそ。

 『普通』が傍にあってほしいと。
 
 心から。



05.好敵手 了