ためらわずに引き金を引く。
いつから、俺はできるようになったのだろうか。
初めて「人の死」を左右した時は、無理だった気もする。その時の相手がベテランだったり死にもの狂いだったとしたら今俺はここにはいないだろう。
お互いにためらって、早く割り切れたのは俺。
そして、それは生を分ける結果となった。
最期の眼の光はまだ、憶えている。
「1人目か………私は覚えてないな」
「だろうと思ったよ」
駐屯地での、ほんの少しの休憩時間。新人の姿をちらりと見かけてロイに喋った話題から、何故かそんな話になっていた。
人の死が軽んじられるその地でする会話としてはおかしいのかもしれない。変に感傷的になって次の戦闘に影響があれば冗談ではすまされない。
けれど、何故だか途中で止める気にはならなかった。
「だが、何人目か知らんが私もその光を見たぞ。あれはあまりいいものではないな」
「おーおー。さすがの焔の錬金術師も駄目だったか」
「私のことを何だと思ってるんだ、お前は」
「デタラメ人間」
「…………燃やされたいようだな、ヒューズ」
「はいはい、すいませんでしたーっと」
自分がその光を憶えようと思ったのは、一種の自戒だ。他人の生を途切れさせた罪に憶えようと心に刻んだ。
それがけじめだと思ったし、人間としては正しいのだと今でも思う。
けれど、人に殺すことに慣れた今、それは自戒から弱さに変わった。
そう、戦場でのそれは弱さだ。
死ぬ人間のことを考えていたら、許容量オーバーですぐに脳味噌がいかれてしまうだろう。その最期を瞳に焼き付けていたら、自分がやられるのは時間の問題だ。
砲撃の音に気が狂っていたら、それ以上のことにどう対応する?
弱さはいらない。
それは、国家錬金術師でもただの兵士でも同じだ。
だからロイがそれを憶えていると言ったことは意外でもあったし、危惧すべき事態でもある。弱さが引き金になって狂う錬金術師は多い。
「………あれを憶えていても碌なことはない。特にこんな場所ではな」
「罪の呵責なんていらないからな、ここは」
「だが、憶えておかなければいけない。そんな気がするんだ」
わかるだろう、ヒューズと。
快楽殺人者にならないためとか、そんな俗っぽい理由ではなく。
おそろしく哲学的な理由のために。
「…………」
「あの程度で狂うほど、柔ではないさ」
「ま、確かに」
苦笑するば、ロイも笑顔を見せる。
目の前で弱さの集大成のような兵士がへっぴり腰で辺りを駆け回っている。
微笑ましいというか何というか。
そこだけ、戦場でないようなそんな雰囲気が流れている。彼らも彼なりに緊張し、覚悟もしてるんだろうが、そんなもの現実の100分の1にも満たない。
「あいつらも何人生き残るんだろうなあ。それよりも、中央に戻っちゃうかね」
「錬金術師のようにはた迷惑なことができない奴らが戻りたがっても戻れないだろう。軍令に背けば、そこで放棄されるだけだ」
「怖い怖い。さすがに少佐さんは言うことが違うねえ」
くつくつと笑えば、憮然とした表情を浮かべる。
「……お前の方が非道なことを思ってるだろう。人のせいばかりにするな」
「んなことないぜ。せいぜい、周りを巻き込まずに死んでくれねえかなあと思ってるくらいで」
「どっちが酷いんだ」
勝手に死ぬのはいい。
けれど、彼らは5割の確率で周りを巻き込む。有能な兵士もそれで死んでいくことも多い。
実際、俺もロイも巻き込まれかけたことなら何度もある。
………下手な暗殺者よりも成功率いいんだろうなあ。
そう思ってしまうほど、やっかいだ。
「まあ、彼らが来なければ穴は埋められないからな。仕方ないだろう」
「ただ数を補充すればいいってもんじゃないんだけど。……上の奴らはわかんねえんだろうな」
「わかれば、こんなことにはならないだろう」
「そうだな」
上への愚痴もきりがない。
現場の思慮など考えられることもなく、机上でただ駒を動かしていくだけの彼らと気持ちをあわせることなどできるはずもないからだ。
それにイラつくことはない。言葉をただ洩らすだけで。
「人が足りねえなあ」
「それは確かだな。…………今日、移動命令が来たぞ」
ポケットから取り出された紙は、薄汚れていたけれどしっかりとしていてそれが何処から来たものかはすぐにわかった。
「? これ以上何処へ行けと?」
「前しかあるまい。最前線も人が足りないんだそうだ」
「…………」
ちらりと見えたそこには確かにこの駐屯地の前の名があった。とうとうというか当たり前というか。焔の錬金術師にとってはどちらだろうと考えていると、隣でロイが立ち上がった。
そちらを向けば、晴れがましいほどの笑顔。
「安心しろ。お前も一緒だ」
「……それは安心材料か?」
「それ以外の何だというんだ」
当たり前に言われて嬉しくないわけじゃない。だけれど、不安も湧き上がる。
俺がいなくなったら?
嫌な考えが頭の中に浮かんで慌てて消した。そんなことを考えるなんて馬鹿げている。最前線ということで知らないうちにナーバスになってるのか。
早く強い人間になりたいもんだと心から思った。
04.ためらわない 了
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