さすがに思春期の女の子じゃねえから、少し顔を合わせないくらいじゃ、不安にはならない。

 ロイがどういう行動をとったのか、いちいち把握する必要もなければ、こちらの行動を逐一報告する必要もない。
 相手の行動がまったくわからない時間ができても、つきっきりの上司と部下じゃあるまいし仕方ないだろう。お互いの監視をしてるわけでもないんだから。
 
 細かいところに目を向ければ、およそ「安全」とはいえないところを歩きがちだけれど、大丈夫と思わせるくらいの信頼はお互いに持っているつもりだし。
 力でねじ伏せるくらい能力はあると思うんだ、俺も、もちろんロイも。

 まあ、あいつだったら一個小隊相手でも平気かもしれないけどさ。

 所属は同じでも、特性は違うから。
 自分を発揮することができる場所。それを1番に考えれば、2週間くらいロイの顔を見ないこともざらだ。
 戦争ったって色々あって、相手を正面から潰すだけじゃない。
 それがいくら『殲滅戦』と銘打ったものであっても、それなりの戦略を企てなければ勝つことはできない       相手も馬鹿じゃないんだ。


 焔の錬金術師の特性は       「殲滅」かもしれない。
 ロイ・マスタングとしては少し違うかもしれないけど、戦争に必要な国家錬金術師としてはそれで事足りるだろう。
 最前線の中の1番前、そこで戦うことも、だから多い。
 俺だって軍人の1人だから、そこにいることだってある。けど、俺の何倍か、それこそ何十倍か多くロイはその地に立っている。
 当たり前の顔をして、何処吹く風といったような態度で。
 恐怖とは無関係に、立っている。

 それがどれだけ普通の兵士を鼓舞しているか、ロイは知らないだろう。
 俺でさえたまにありがたくなるくらいだから、国家錬金術師というのは本当に素晴らしい存在だ。
 彼らが1人いれば、負ける気がしなくなる。それは士気の上昇につながり、兵隊の力を最大限まで高められる。多少の無茶をしても、いわゆる「気合」で乗り越えてしまうこともある。……運さえ、引き寄せることすらある。
 だからこそ必要とされ、だからこそ国家錬金術師の心は『並』ではいけない。
 普通は駄目、融通がきかないのも駄目、弱いのは問題外。妙な正義感も倫理観もいらないし、いきすぎた残虐性や高慢も必要がない。

 理性的で合理的で強い心。

 並みの兵士よりもそれを必要とされれば、少なくなかったはずの国家錬金術師がほとんど残ることはできなかったのは事実だ。
 逆を返せば、残った国家錬金術師は英雄視されてもおかしくない状況になっている。


 そして、その筆頭に挙げられている焔の錬金術師は、俺の知らない間にまた最先端にいたらしい。

 しばらくぶりに戻ってきた駐屯地で、そんなことを聞く。
 気にならないわけじゃなかったけど、俺の仕事はまだまだ残っていたし、それを片付けるために指令部のテントに篭もった。
 入ったのは昼過ぎ。次に顔を上げたのは、陽が落ちかけた頃だった。我ながら集中したなぁと感心していると、いきなりその静寂は破られた。
「大尉! ヒューズ大尉!」
 入り口から大声で入ってきた下士官を煩げに見やると、その男はこちらに気づいて走り寄ってくる。周りの奴らも迷惑気な顔だ。
 そりゃそうだ、集中してるときの雑音は迷惑以外の何者でもない。呼ばれてる俺すら迷惑だと思うんだから、関係ない人間にとっては殺意を覚えかねないほどの代物だ。
 けれども、声の主はそんなことを全く考えずに、俺の傍まで寄ってくるとがばりと頭を下げた。
 おいおい、何のパフォーマンスだよ、そりゃ。
「ヒューズ大尉」
「なんだよ、うるせえな」
「なんとかしてください」
「………何が?」
 男はかなり行き詰った顔をしていたが、俺の方は全く心当たりがない。不審げな声で聞くと、目の前の男はさらに情けない声をだした。
「少佐ですよ! マスタング少佐が変なんです」
「マスタング少佐が変なのは、いつものことだろう? こんなとこに長期間いるんだ。仕方ないじゃないか」
「そうじゃありません」
 せっかくの冗談をあっさりと否定された。それに半分拗ねて、半分は仕事に戻るために身体を机に向けると、さらに言い募られる。
「戦闘から帰ってから、何かおかしいんです。どことは、はっきりは言えないんですけど」
「………」
「ヒューズ大尉!」
 大声で叫ばれて、俺は身体をそちらに向けた。眼鏡を押し上げて、ため息をつく。
「…………あのなあ。ロイの野郎も機械仕掛けじゃあるまいし、たまには変なこともあるだろうよ」
「……ですが!」
「ほっとけ、ほっとけ! 特に被害はないんだろう? んじゃいいじゃねえか」
「…………」
「話はそれだけか? 俺は仕事に戻るぞ」
 今度は反論を許さない。もう一度机に向かうと、俺はペンをとり、文字を書き連ね始めた。
 隣でごそごそしていた気配もその様子に諦めたのか、礼をして去っていく。それに安心して、さらに仕事に集中しようとした。



「ああ、もう」
        5分後、俺は席を立つ。
「どうしました?」
 隣の席の奴が、わざとらしく聞いてきた。それに深いため息をついて、俺は答える。
「ちょっと外の空気を吸ってくる」
 入り口から出ると、中から堪えきれぬように小波のように笑い声が聞こえて、もう一度ため息をついた。

 空を見れば、西の果てに太陽が消えようとしている。明日も天気は良さそうで、なんだか無性に笑いたくなった。



02.LET GO 了