にやりと笑うその姿は、いかにも英雄と言われそうな出で立ちで、俺としては本当に苦笑を返すしかなかった。


「今日は、大したことなかったな」
「そう思ってるのは、お前だけだよ」
「ふん。だらしがない」
 灼熱の太陽。それにむせ返るような熱風。
 『戦闘』が始めてでも、そうでなくてもここは地獄だ。そんなことはとっくの昔にわかっているはずなのに、それでも毎日嫌になれるのだから、世の中は全く深いと思う。
 
        深いわりには、単純なんだよな。

 中央に居た時とは比べ物にならないほど簡単な世界。
 強いか、弱いか。
 ここでの基準はただそれだけだ。
 戦闘的に、精神的に、そして運も要素の一つだけど。それが上位なのか下位なのか。それだけが明日の運命を知っている。

 ま。一応、生きてここに居るんだから俺も強い方に入るんだろうな。

 煙草をふかしながらのん気にそんなことを思った。ここに来て、死んでいった奴らや戻っていった人間を思い出しても、自分より何かが弱かったのだと納得できてしまう。

 例えば      

 純粋に力が。

 思い切る心が。

 偶然を味方することが。

 一つ「何か」が欠けただけで、彼らはこの地を去っていった。そこまでにここは、当たり前に残虐だ。
 誰のためでもなく、自分のために強くなければならない。それを嫌でも学ばされて、『守る』ことが任務の一つである俺たちにとっては酷く屈辱だった。


「今日はこんなもんで終わりか?」
「だといいが。……一応焼いたが、逃げた奴もいるかもしれないな。そいつらが何か仕掛けてくるかもしれん」
 今朝から行動を共にしていたのだから、その程度のことはわかっている。それでも言葉に出してロイが言った理由は、状況把握を同じレベルまで引き上げるためだ。『この瞬間』と思われる時、お互いの行動を読むためにはそれなりの下地がいる。
「結局、何人くらい居たんだろうなあ」
「3桁ではないだろう。2桁、それもそう多くはない。30か40か。そんなところだな」
「もう少し上の方も詳細なことがわかんないかねえ」
「無理だろう。できていれば、こんな無茶な作戦は立てまい」
 そりゃそうだ、と煙を吐き出しながら俺は笑う。
 いくら国家錬金術師とは言え、5人も満たない部下を引き連れてこの地区を制圧しろなどと、正気沙汰とは思えない命令だ。まあ、その国家錬金術師はわずかな部下も必要ないと言って俺しか連れてこなかったりもするけれど。

「逃げた数は、そうすると10人くらいかな」
「最高でそんな程度だろう。……腕が落ちたのかもしれないな」
「お前が弱くなったら俺は何に寄生したらいいのよ」
「知るか」
 軽口も混ぜながら、頭の中で可能性を弾く。もしも10人逃げているのなら、すぐに形勢を立て直して襲ってくる可能性はある。
 とすれば、ここは動かない方が良さそうだ。

 ロイも同じ結論にたどり着いたようで適当な場所に腰を下ろす。その隣に俺も座って、新しい煙草に火をつけた。
 紫煙だけが揺れる。
「お前、煙草を吸っていたら相手に居場所を教えてるようなものだぞ」
「仕方ないだろ。俺だって怖いんだからさ」
「嘘を言うな、嘘を」
 ねめつけてくる視線に本音を洩らせば却下された。

        怖い、と思うくらい自由だと思うんだけどな。

 苦笑をしながらさらに煙を吸い込めば、ロイの視線がこちらを向いていた。
「なんだ?」
「………まだあるか?」
 問えば、それだけ返ってくる。もう少し、言葉を付け加えても良いと思うけれど、文句を言うのもなんだが違うように感じて俺は胸ポケットを探した。
「ん」
「………」
 箱から1本だけ伸ばして、隣へ向ける。礼も言わずに受け取った相手は、煙草を口に咥え、発火布から火を点けようとした。
「敵に見つかるんじゃないのか?」
 何だかそれがもったいなくて、渡した癖に意地悪く言ってやると、返事の変わりにパチンと指音がした。

 途端に目の前ではじける焔。


 何が起きたのかは理解する。
 今の状態も把握する。
 何故そうなったのかも、どうしてそうしたのかも、判る。
 だけど、納得できない。

 言質取られたからって人の目の前で燃やすことはねえだろう。

 俺の煙草を綺麗に燃やした男は、我関せずとばかりに悠々と煙を吸い込んでいる。それを見て怒りが沸々と湧いてきても仕方ないと思わないか?
「……っおい!」
 もともと、俺のものだ。
 少しの油断を狙って奪った煙草を口に咥えて、相手ににやりと笑ってやる。ロイの顔は不機嫌に歪み、更なる攻撃を仕掛けてくるのか、俺を睨んで      



 数秒後、ざわりとした空気を感じた。
 焔が、動く。



01.誰のためでもなく 了