ブランコ

 ふと通りかかった公園。
 いつもならそのまま過ぎるだけなのに、今日はベンチに座って遊具を見ている。
 少しペンキの剥げた、ブランコ。
 誰もいないその光景が、自分の状況と重なって和葉はため息をついた。
「………」

     例によって例の幼馴染は、事件だ殺人だと物騒なことを言いながらバイクで飛び出していきました。
     例によって例のごとく自分との約束はすっかり忘れているようでした。

 こんなとき、東京の友だちはどうするんだろう、とぼんやり考えたのは、無情に答えてくる留守電に自分の怒りをぶつけてからだったりするのだけれど。
 でも、大人しく帰りを待っているというのは、自分の柄ではない。

(わざとやないよね……)

 昨日も、一昨日も、そしてその前の日も。
 平次が友だちと遊ぶ日には、全然事件の匂いなんか全くしなかった。
 どうして自分との約束がある日に限って、事件が起こるのだろう。
 何か特殊な力が動いているような気がしてしまう。

「あ〜も〜〜、むかつくわ〜っ!!」
 連絡をしてこない幼馴染も。
 今日に限って起こる難事件も。
 そして。
 イラついて、すぐに怒鳴ってしまう自分も。

「ブランコ、乗ろっ」
 イラツキを勢いに。
 空へ向かって漕げば、少しは気持ちもおさまるかもしれない。
 短いスカートが気にならないわけではなかったけれど、先ほどから人1人通らない公園だから大丈夫、と気楽に考えた。

 座ってなんて漕がない。より高く、より早く漕ぐために立ったままで。
 風を切る。
 耳元のノイズが少し優しくて、昔も同じように漕いだ記憶を思い出す。

    『平次とあたし、どっちが高いやろ〜?』
    『俺にきまっとる』
    『そんなことあらへんもんっ。ほら〜、平次より高いで』
    『立ち漕ぎなんてセコイぞ、お前。……すぐに抜かしたるわ』

 あの頃、どこまでいけると思ったのだろう。
 繋がれた鎖だったのに。
 でも、今よりもずっと遠くに行くことができていた。

「パンツ、見えるで」
 いきなり想像していた人間に話し掛けられてびっくりする。
「へ、平次?」
「なに呆けたような声出しとんのや」
「だって……」
「だって、って何やねん。パンツ見えるで、言っとんのに」
「すけべっ!! 見るなっ!!」
「誰が見るかっ!!」
 いつものような言葉の応酬のうちに、ブランコの勢いはだいぶなくなってしまった。
 そのまま止まってしまうのがもったいなくて、和葉はブランコから飛び降りる。
 少しの距離だが、重力に抵抗する。でもすぐに負けてしまって、地面にとん、と足をつけた。
「……事件、終わったん?」
 瞳を覗き込んで、聞いてみる。返ってくる笑顔と言葉を期待して。
「もちろんやで。俺を誰だと思ってるんや」
 想像どおりの返答に、和葉は心の中でにっこりする。
 でも、実際にはジト目で平次を見やって、いかにも怒ってます、という口調で。
「可愛い幼馴染の約束を忘れて事件に没頭した阿呆」
「すまんかったって。夕飯だけでも食いに行こうや」
 自覚はあったらしく、素直に謝ってくる平次に和葉はこんどこそにっこり笑って答えた。
「平次の奢りやったら、ええよ」
 
 賑やかな声と、2つの足音が公園から去っていく。
 揺れていたブランコも、何時の間にか止まっていた。