2015年3月終業日 こどもに通信簿を渡して下校させた後、年休を取る。同僚には随分と親切にしてもらったが。風のようにいなくなる事を選んだ。こどもにも同僚にも別れの挨拶をしてないので、なんだか辞めた感じがしない。もっとも65才まで再任用の可能性はあるし、再任用の申請をしなかっただけの事だから、休業していると言えばそうである。今年再任用を申請すれば復職ということもあり得る。申請するかどうかは本人次第。その本人の気持ちがわからないのだが。 取り合えず辞めたかった。 理由1 宮仕えに嫌気が差した。正論を言えば孤立するだけだし。生活のためがまんしてきたが。 理由2 定年後も一年働いた。もう充分だろう。若い者に道を譲るべき。 理由3 61才から年金が出る。この権利を行使しないのはもったいない。 理由4 身体がボロボロ。日常生活には問題ないが、走ったり跳んだりは若い頃のようにはできない(当たり前か)。人より上手にできるのは鉄棒ぐらい。無理しない方がいい。 でも、他人の心も変わるが自分の心も変わる。復職するかも。 まあ今年一年は無職。これは決定事項なので。小学校教師以外、やりたい職業もないし。暇つぶしにエッセイを書いていく事にした。日記と言っても休業中なので過去の教育の事などを思い出して書いて行く。時間はたっぷりあるのでね。 2015年4月21日火曜日曇り 「愛川欽也さん亡くなる」 80才だそうだ。癌と闘わず亡くなられた。手術、入院などをせず、最後まで仕事に没頭したかったのだろう。80才という年齢も考えられたのではないか。自分はまだ61だが、関節痛に困っている。再任用を申請しなかった理由の一つだ。身体に自信が無いと。まあ癌と比較するのはおこがましいが。ぼくも癌とは闘わず、手術、入院などせず、ぴんぴんころりと行きたいね。没頭する仕事も趣味も無いが、取り合えず、オートバイはやっている。今じゃないとできなくなると思う。 「昭和戦争文学全集」なるものを図書館から借りて読み出したのだが、なんと昭和40年発行の物。今から50年前の印刷物だ。道理で変色しているわけだ。内容は書き手によって様々だが、平の兵隊の無念さは痛い。多くの兵隊が戦闘行為ではなく、飢えで死んでいる。若いときが一番食欲がある。生きる力が強いのだ。その時に飢えで死ぬなんて。戦争が終わって僕は生まれた。だから長生きできた。贅沢はしてないが、それなりにおいしい思いはしてきた。恋もした。人生を楽しんだ。すべて平和のおかげ。平和憲法のおかげ。 戦争だけは総理大臣がなんと言おうとやってはいけない。アベノミクスで何か得したのかねえ。貯金は目減りするし、ガソリンは値上がり。消費税は8%。法人税だけは下げると言うのだから腹立つ。 2015年4月29日水曜日曇り
昔は天皇誕生日だったと思う。死んだ人の誕生日を祝うのはどうかというのか、それとは別の理由かもしれないが、みどりの日となった。いつの間にか今は昭和の日。よくわからん命名だが、本当は昭和天皇の誕生日なのだ。
戦争から帰った父がテレビに天皇が出ると、
「こいつのせいでたくさん死んだ。」
と怒ったように言っていた。こどもだからよくはわからなかったが、恨まれているのだなとは思った。そう言えば、天皇一家が手を振る所にパチンコを打ち込んだ元兵士がいて、それから防弾ガラス越しに手を振るようになったと記憶している。父のように外地の戦場から生きて帰れた兵士の中には、天皇責任を問う声がはっきりとあったのだろう。その父も亡くなった。自分は教育公務員として日の丸、君が代に起立せず、歌わずのような反抗を見せる事はしなかった。その立場に立てば、定年退職はなかったかもしれない。ただ、授業の中ではそういう国民の声があることは公平的に伝えては来た。アベノミクスは、憲法九条を廃止し、自衛隊員に外地で戦死する覚悟を求めているようだが、日本はまた戦争への道を進むのか。
「ちいちゃんのかげおくり」
ちいちゃんの心情を読み取るだけでは、ちいちゃんはうれしそうに、しあわせそうにしているのである。情景を読み取ると、悲しさがわかる。戦争に対する怒りも感じることができる。登場人物の心情の読み取りと情景の読み取りとは区別して考えることが大切。書き込みはさせずに話し合い中心、つまり教師の発問中心の授業でやってみたが、うまくいった。時折嗚咽しそうになって困ったが。
(ちいちゃんのかげおくりをやると、いつも泣きそうになって困る。泣いてもいいのかもしれないが。授業をやっている教師が泣くと、こどもはどう感じるのだろう。やはり冷静さは必要だと思う。解説者が自己陶酔してはいけないだろう。)
2015年5月5日こどもの日
昭和戦争文学全集の中の「流れる星は生きている」を読了する。6才、3才、生後一ヶ月の3人の子を連れて棄民された女性が裸足で朝鮮半島を逃避行した体験記だ。国民を守るはずの軍隊は姿を消し、ひたすら歩いて朝鮮半島の38度線を目指す。多くの同胞の屍を見ながら。こどもにとって一番必要なのは、平和でしょう。
「最後の遠足」
7時20分ごろバスは来る。最後の遠足だ。小学生はかわいい。
反省会はお茶だけで、(会議中に菓子は反対という)自分に配慮したのかなと思った。
いずれにしろこれで最大のイベントは終わったのでいつやめてもいいや。もう膝は治らないみたいだし、両手首もだめで。
(夏休み中に両手首が腫れる。初めての事。プールで泳ぎすぎたのかと思ったが、加齢によるものだと思う。以後、これに苦しむ事となる。老いるとはこういうことなのだろう。)
2015年5月11日月曜日 退職というか再任用を申請しなかったので自然とそうなったのだが。暇なので時折近くの児童公園の鉄棒で遊ぶ。児童と会った事は無い。誰もいない公園なのだ。一人懸垂から逆上がり、空中前回りの連続回転、懸垂で両足を直角に10秒間持ち上げる筋力トレーニングなどをする。後はストレッチなど。誰もいない公園で老人が一人こんなことをするのもなんだかなあという気分だが。関節が痛いのは変わらないのだが、一通りの技ができるまでには回復した。 「身体が痛い」 左手首が、親指だけでなく痛くなり、左前腕全体に痛みが広がり、握力も無くなる。給食の時、こどもから差し出せれるお代わりのおわんを持つことさえ困難。おまけに放課後蛍光灯も交換しなくてはならず、ほぼ右手一本でやる。もう終わりだなあと思う。辞めると宣告しても最低一ヶ月は登校しなくてはならないだろうし。3月までごまかし、ごまかし、がんばるしかないだろう。 (体育でマットの片付けで無理をしたのが原因。子どもだけでは片付けられないので。この時が最悪で、徐々に持ち直す。懸垂から逆上がりができなくなっていたのだが、できるまで回復した。痛み自体は解消しないのだが。老いるとは一直線に悪くなることではないのだね。努力すれば、持ち直す事もあるわけだ。) 2015年5月18日月曜日
職員会議で平の自分の意見が通る事はほとんど無かった。決定には従わないといけないし、従ってきたわけだが、納得できなかったなあ。退職後、ぼやくぐらいは許されるだろう。許されなくてもいいや。言っちゃおう。
「耐震工事は信用できる」
避難訓練のやり方が変わる。校庭に出ている子は教室に戻し、教室で避難報告をして終了する。何を考えているのだ。激しい地震が来ているのに教室に止め、校庭にいる子はわざわざ教室に入れるというのだ。耐震工事が完了しているから校舎内が一番安全だと。阪神大震災では、耐震工事がされていたはずの高速道路が崩壊。東日本大震災では想定外の津波で原発が破綻。耐震工事を業者の言うとおりに信用できるのか。想定外の事が起きて子どもが死んだら、誰が責任を取るのか。今までどおり、危険だったら外に出すのが一番安全だし、避難方法として一貫している。
上が安全だと言うから下も従えと言う事だろうけど。命に関わる事まで上意下達でいいのか。一人反対意見を述べる。
2015年5月26日火曜日
「保護者の代わりに検温」
昔はワクチンの集団接種が学校で行われていた。同意書に保護者が体温を記入し、押印する。ところが体温は書いてないし、押印も無い。だったら受けさせなければいいのだが、そうはならないのが学校という所だ。保健室で体温を測る。まあこれはいいでしょう。ところが担任が保護者の代わりに押印しろと教頭が言うのだね。びっくりした。そんなことはできませんと断ると、親心が無いと叱られる。でも押印はしなかった。あの調子だと他の担任は押印したのではないだろうか。
あれからワクチンの副作用が社会問題となり、集団接種は無くなった。良い事だ。ところが、水泳の授業では、同意書にその日の体温を記入し、押印する欄がある。今時、保護者の代わりに担任が押印しろと言う教頭はいなくなったが、保護者の代わりに検温しろと言われる。できない事はないが、プールの水温、気温を測り、塩素剤を投薬、水量を調整、かつ着替え、引率など短時間に多くの事をこなさないといけない担任が、忘れた児童の検温までしないといけないとなると授業開始が遅れる事となる。本来保護者がやるべき事柄なのだ。忘れたら見学でいいと思うがね。罰という事ではなくルールという事でね。
2015年6月8日月曜日
「日直」
実習先の小学校では、4時15分になると教頭が鍵束をジャラジャラさせて校舎内を締めて回る。全員退勤せざるを得ない。学年会等まだ話し足りない時は近くの喫茶店で続きをやるのだ。もう40年近くも前の話になるが。
先日、校長室の窓が施錠されていなかったのでしょうねえ。日直は校長室の窓も施錠を確認するように言われる。そんな事したこともなかった。まあ、最後まで残業した時はアラームの誤作動が恐いから職員室、校長室の施錠も確認するが、日直が最後まで残る決まりにはなっていない。第一校長室の窓ぐらい校長がやったっていいんじゃないの。校務分掌とは何から何まで管理職がやるのは大変。分業しましょうという事でしょう。でも本来は管理職の責任。だから40年前は教頭が自らの責任で施錠に回っていたわけだ。まあ多忙を極める今日だから、職員が施錠を代行してもいいけど、校長室ぐらい校長がやったっていいと思うけどねえ。
2015年6月15日月曜日
「白衣貸与」
給食当番がクラスを三分割して行われているのだが、その分しか貸与されていない。全員貸与じゃないんだ。けちくさい。で、持ち回りになる。毛じらみがはやるとその伝染源ともなる。洗濯だけでなく、熱湯消毒をするとかきっちりアイロンかけをするとか必要なわけだ。でも洗濯そのものもやっているのか疑わしい家庭の子もいるし、それを持ち回りすることに不都合がある。クラスの子の3分の1レンタルなんてけち臭いことをやるからだ。全員貸与、予算がないというなら個人持ちに戻すべき。だが、管理職は一部の苦情でシステムをいじるわけにはいかない、個別対応で継続してくれと言うのだ。
個別対応はやっているのだ。保護者からはしっかり洗濯してないので、家の子に着させたくないなんて苦情も来る。しかたないから予備の物を貸し出したり個別の対応はしている。予算がからむ話だし、全員貸与すれば済むことなんだから行政に具申して欲しい、具申はできないんですかと重ねてお願いする。現場の教師は親と管理職の板ばさみで苦労している。
2015年7月6日月曜日
「過労死阻止のための改善提案」
こんなもの採用されるはずはないが、一応。
まず、8時登校が早すぎ。一時間目が始まるのが8時50分だ。8時半で間に合う。そうすれば教員の出勤時間と同じわけだから、サービスで早出する必要が無い。そもそも登下校は保護者の管轄。登校してきたら学校の管轄と割り切らないから、勤務時間前の安全指導、交通指導が出てくるわけだ。夫婦共働きで8時半登校では遅すぎるというのなら、教員の出勤時間共々8時10分ぐらいに早めたらどうか。もちろん、授業開始も20分早めて8時半から。退勤時間も20分早めて4時40分。これでもいい。要するに教員が出勤する前にこどもを登校させないという事。
サービス残業を撲滅させるには、どうしたらいいか。40年前の鍵束ジャラジャラの教頭に復活してもらうのが一番。教頭が施錠に回れば、皆退勤するって。平の日直がサービス残業はやめましょう、退勤しましょうなんて言ったって、誰も帰らないって。仕事が終わらないんだから。勤務時間内に終わるように仕事を精選、簡素化する事も大事だなあ。これはやはり管理職の仕事でしょう。
2015年8月3日月曜日
教育関連のこのホームページには何の関係も無いが、白鵬である。逸ノ城との対戦。先場所不覚を取った悔しさなのか、報復なのか立会い張り差し。横綱が平幕に取る手とも思われないが、まあこれはいいだろう。問題は土俵の外に押し出したその後。右手であごにパンチ。(拳骨ではないけど、手の付け根の一番硬い部分で叩いたから効果は同じ。)明らかにもう勝負はついている。余計な事だ。横綱という立場を利用したパワハラだ。相手は平幕で若手。黙って耐えている。これは勝負と関係ないパンチなので暴力、傷害である。関係者は注意はしたらしいが、言葉だけでは痛くも痒くもないだろう。やはり一場所休場させるぐらいの罰が無いと。
ぼくが子どもの頃は大鵬、柏戸がヒーローだった。稽古場では無敵だった琴桜だが、本場所ではかわされたり、はたかれたりで力が発揮できず、全力でぶちかましができるのはこの両横綱だけだった。横綱だけが、逃げもせず胸で琴桜のぶちかましを受けて、それからねじ伏せていたのである。それに比べ白鵬はどうだ。立会いに駆け引きはする、張り手はする、せこい。そこまでして勝ちたいか。横綱相撲など眼中にないのだろう。相撲界もこんなのを大横綱として特別扱いしているようでは、国技が泣く。子どもも見ているのだよ。教育上よろしくない。(教育と関係してきたか)
2015年8月10日月曜日
あいさつ運動と言うのがある。自分が子どもの頃は無かった。教師になった頃も無かった。新採用の時の校長が校門で一人挨拶をしていたが、教員はだれもしていなかった。ところが、いつの間にかこれが全国的な運動となってきたのだね。校長でこのあいさつ運動に参加している人は逆に見た事が無い。(新採用の時の校長は、あいさつ運動なんて意識はなくて校長としての自分なりの責務としてやっていたのでしょう。)
大体が教員と運営委員会の子どもたちが校門に立って
「おはようございます」
と声をかけるのだね。特定のこどもだけだと不公平というので、交代でさせる所もある。(デパートの開店の時、店員が一列に並んでドアからなだれ込んでくる客に対してあいさつしているけど、あれとほぼ同じだね。どっかの教員がデパートの開店のやり方をまねて始めたのかねえ。)いずれにしろ教員が先にあいさつをすれば、こどももあいさつをするようになるという趣旨なんだろうねえ。ところがそんなことは無い。あいさつをせず、平気ですり抜けていく子も多いし、通学途中で安全指導のために立っている地域の大人には無視する子が圧倒的に多いのである。あいさつをさせて欲しいという苦情の電話が地域からよく来るので、勢いこのあいさつ運動が熱を帯びるのだが、状態は変わらない。
思うに、校門であいさつもしないで通り過ぎる輩は留め置いて説教。それにも応じない輩はそのまま家に帰させればいいんじゃないのか。だが実際にそんなことをすれば、体罰教師だとか教育権の侵害だとか、いずれにしろ教員の方が人権を侵害したと訴えられ、謝罪に追い込まれるのが落ちだ。だから大声で
「おはようございます」
と繰り返すだけ。あいさつはこだまする、教員と特定の子の間だけ。なんかアリバイ工作みたいで虚しい。
柳家小三治の「まくら」を読んでいたら、お父さんは教員だったんだね。退職後は自宅で書道塾を開いている。通う子の義務というか前提条件は、あいさつをする事。これができないと帰させるのだね。徹底している。うらやましい。
「先生、どうぞ教えていただきとうございます。」
これを言わないと
「言えないのか。言えなければ帰んなさい。お母さん連れてきなさい。」
お母さんが来るんだろうねえ。たぶん頭を下げるんでしょう。お母さんが。先生じゃないよ。人権侵害だと怒鳴り込むお母さんだったら、塾をやめてくださいで終わりなんだろうねえ。
うらやましい。
教育て本来こういうものなんじゃないの。先生と生徒は対等ではない。先生に対し尊敬の言葉、態度を取る必要、前提がある。教師には資格と権威が必要。そうでないと教室に規律なんて生まれるはずがない。規律の無い教室に学習が成立するはずなんて無い。
今はなんていうか、デパートの店員と同じなんだろうねえ。よくPTAのアンケートに先生のあいさつの声が小さい、笑顔がないなんてあるけどそういう意識なんでしょうねえ。税金払っているんだから、店員も先生も同じ。サービス員というか使用人ていう感覚なんでしょう。地域の大人は使用人じゃないけど、赤の他人だからあいさつする必要は無いと。
校長も
「地域の方が来校されたら大きな声で、笑顔であいさつしてください、名札は必ず見えるように付けてください。」
なんて打ち合わせで言う時代だから、保護者、児童はお客様、先生は使用人ていう感覚なんでしょう。そう言えば、朝礼で
「今日も学校に来てくれてありがとう。」
とまず第一声がそれだった校長もいたなあ。これなんか、
「本日もご来店ありがとうございます。」
と同じじゃない。学校はサービスを提供する所、保護者、児童はそれを享受する利用者という感じなんだね。これじゃ、あいさつを躾けるとか無理じゃない。あいさつをするのは、店員、使用人のすることで、お客は気が向けば返答すればいいし、しなくてもいいわけだから。
あいさつを躾けようと思ったら、あんなデパートの店員みたいな事を教師にやらせるのではなくて、教師が各教室であいさつの社会的意味を教え、実地にあいさつを児童に練習させる。児童の方にデパートの店員みたいなあいさつの方法を教えるのだね。ぼくはそうやっていた。教えるあいさつの言葉は
「おはようございます。」
「お願いします。」(ノートなどを教師に見せる時を想定して)
「ありがとうございます。」(丸付けなどをしてもらって、返してもらう時を想定して)
などだ。ノートや提出物を持っている事を想定して両手を差し出す。頭を下げる。これを全員一斉に練習させる。ドリル学習だね。授業ですよ。物を教えようとしたらこうでなくちゃおかしいでしょ。
まあこんなことをぐだぐだつぶやいている自分には、再任用の口は無いという事だろう。
でもあいさつも強制できない学校がいじめを無くすなんて無理。使用人がお客様に対してそんな強制力があるわけないでしょう。学校を学校として再生するには、教師に権威を与えて懲戒権をちゃんと与える事。自明の理だと思うけどなあ。教師は免許制度、採用試験で人格審査されているわけなのだから、それぐらいの権限を与えるのがどうしていけないのか。笑顔をふりまいているだけでは、何の問題も解決できないって。
2015年10月3日土曜日晴れ
ノートパソコンのビスタが突然真っ黒の画面になる。後はうんともすんとも言わない。2008年に買ったパソコンだからあの世に行ってもおかしくはない。2011年に今と同じ状態になって、購入したコジマに持って行ったら5年保証だったか3年保証だったか、いずれにしろ保証に引っかかったので3万で修理してもらった。保証なのに3万取られるのは変かなとは思ったが、向こうに有利な都合だろう。その時は液晶の壊れだったので今回もと思ったが、今回はマザーボードとハードディスクの壊れだそうだ。マザーボードの意味がわからんが、わかった所で直せるわけでもないし。メーカーの部品供給も終了しているので修理不能という連絡であった。
取り合えず書斎用にと以前買っておいたレノボのノートパソコンをリビングに下ろす。ウインドウズ7だ。3万しなかった超安値のパソコン。(他にもう1台書斎用に中古のノートパソコンがあるのだが、これはXPなのでネットに繋ぐ訳には行かない。マイクロソフトがもう保証しないからね。)ネットにつなぐ。セキュリティソフトは3台までOKというセキュリティ0というのを持っているのだが、7には対応しておらずだめ。こんなことなら1台だけOKという奴を買っとけばよかった。金の無駄。店に行くのも面倒だし、無料のキングソフトセキュリティなるものをダウンロード。ネットのトップページをこの会社の指定の物にしておけばセキュリティを永遠にただでやってくれるというのだ。メールソフトも7には無いので、こちらも無料のメールソフトをダウンロードする。名前は忘れた。ウインドウズライブでも、アウトルックでもなかったが。(後で調べたらサンダーバードというものだった。)
ネットで調べると今売り出しの10では自宅のプリンターもスキャナもテレビ機器も動作しない。10を買うと周辺機器も全て買いなおす事になる。そんな事はできないので、7にドライバーをインストールしてプリンター、スキャナ、テレビが動作するようにした。最後にホームページビルダー12。これは7に対応しているのだが、一台に一つという契約。でもネットで調べるとジャストシステムは個人使用なら問題にしないらしいので、インストールする。ネット承認というシステムではないので、何台にでもインストール可能なのだ。(ここまで来るのにえらい苦労した。時間も神経もえらい使った。今回はなんとかできたが、次回はどうか。)
ようやく復活という所だが、外付けハードディスクがだめ。IEEE端子なんだね。今はUSBが人気なので、端子がないのだよ。互換機器を探すしかないが。IEEEはファイヤーウオーとかなんとか言って超高速で人気だったのに、もうだめだ。考えてみるとフロッピー、MO、MD、LDなんたらかんたら新商品が死んでいく。買ったユーザーが馬鹿みたい。いや馬鹿にされてるわけだ。
アドレス125のエンジンオイル交換に行きつけのバイク屋に行ったら、タイヤ交換も必要だからしばらく預かる、代車で帰ってくれという事でPCXに乗るはめとなる。すこぶる乗り心地がいい。新商品はやはりいい。馬鹿にされてもしょうがないか。
2015年10月9日金曜日晴れ
パソコン顛末。これにて一件落着。結局コジマ、ヤマダ、リサイクルショップ、ネット等を探したがIEEEをUSBに互換する端末ないし、IEEEのあるパソコンは見つからなかった。レコードと同じで時代遅れなのでしょう。諦めて捨てる事にする。そのままでは個人情報の塊だから分解してと思ったが、ネジ穴が見えない。面倒だから庭石に叩きつけてぼこぼこにして金物ゴミとして出す。コジマから戻ってきたノートパソコン。リサイクル料金は前払いというか前取られというか、だったのでメーカに無料で引き取らせる事ができるそうだ。でもこれが面倒なんだね。買った販売店からメーカーに出してくれればいいのにそういうサービスは無い。直接メーカーに電話。これが平日の昼間しか受け付けてない。役所か。無料だけど梱包して郵便局から郵送する手間はこっち持ち。金を取っているのに引取りには来ないわけだ。近くのハードオフに持って行く事にする。ノートパソコンそのものを庭の石に叩きつけるわけにはいかないのでハードディスクだけ取り出す。庭の石に叩きつけた後、枝切りバサミで突き刺す。何の恨みも無いがここまでやる必要があるのか。ハードオフのきれいなお姉さんに出したら、手の平に200円乗せてくれた。
今後の教訓。いつ壊れるか予測できないので、パソコンに個人情報は入れない。外部記憶媒体に残す。これが悩ましい。フロッピー、MO、IEEE外付けハードディスク、メーカーの都合で過去の物。CD-R.、DVD-Rにその都度焼く。これも面倒。今はUBSメモリーにバックを取っているが、これとて信用はできない。5年くらいしか持たないとネットに書いてあった。どういうこっちゃ。パッケージには永久保証と書いてあったぞ。何を永久に保証するのだろうか。まあ取り合えず、この方式で行こう。 2015年11月4日水曜日晴れ
午後銀行で通帳記帳をする。KDDIの料金が上がっている。不審に思い、契約書を引っ張り出してネットで調べるが、基本情報不足でパスワードが入手できずAUのサポートセンターにログインできない。KDDIに夜7時過ぎに電話するがロボットばかりで人間が出ない。6分以上待ったが諦める。
2015年11月6日金曜日晴れ
対外的には携帯を持っていない事にしている。かつての職場で唯一携帯を持ってない職員として有名?だった。今回はその顛末。 2015年11月6日金曜日晴れ
10時に妻の車でAUに行く。昨日と違う店員に対応してもらう。契約内容の変更をしてもらって最後に紙の明細書の請求をしたら月216円もかかるとの事。昨日の申し込みの時そんな話は無かった。帰宅してKDDIに電話して取り消してもらう。AUのHPで確認しようとしたら昨日と違って二重ログインに変わっている。一日で変わるのか。携帯にメールで暗証番号が届き、それをパソコンの入力画面に打ち込めというのだが、メール機能の無い携帯でどうするんじゃと思ったが、特殊なメールらしくちゃんと来た。000が並んでいるだけなので変と思ったが選択すると開いて番号が出てきた。無知とは恐ろしい。やっとログインできる。取り消してあったのでよかった。372円/月を取り消すだけで半日潰す。
まとめ
24ヶ月前の契約事項なんて頭に入ってないよなあ。それに料金明細が来ないからよけい忘れてしまう。たまたま銀行に行って通帳記帳をして気づいたから良かったものの、気づかなかったらメール機能のない携帯なのに毎月372円パケット料金を何年も支払う結果となる。下手したら死ぬまで何十年も払う事になったかもしれない。元々客を引き寄せる24ヶ月限定の毎月割りというサービス自体がおかしい。自分も結果的に同意したから強くは言えないが、よくわからず、安くなるからいいかぐらいにしか理解してなかった。メール機能が無いのだからたとえ月の支払いが高くなったとしてもパケット料の支払いに同意すべきではなかったし、向こうもやってもいないサービス料金を請求する事自体が商道徳に反している。少しでも当初の支払いが安くなるようにというサービスなのだろうが、メール機能がない携帯なのにパケット料金を設定する事はおかしいでしょう。ちょっとくどいか。
携帯の使い道はJAFを呼ぶ事と、交通事故の写真を撮るだけなのだ。だからほとんど使ってない。無駄な出費と言えばそうだが、携帯が無いと車やバイクが山の中で動かなくなったらどうしようもない。必要な出費なのだよ。だからできるだけ安くしたいし、メールやネットを見る必要など自分には無い。スマホなど必要無いのだよ。それにしてもデジタル社会とは老人に取って実に酷な社会である。
2017年5月6日土曜日晴れ 2017年6月4日日曜日晴れ
運動会終わる。最後だと思ったからか、あっと言う間に終わってしまった。楽しかった。またやりたいと思った。あ、最後だったんだな。
例年理不尽に思うのは、席取りのため教員が振り回されること。運動会とは言え、授業参観である。相撲の桟敷席ではないのだ。第一弁当を食べる時には子どもの演技はやっていない。トラック最前列にシートを張っても何の利点があるのだろう。座って見られる、隣の人と肩をぶつけなくて見られる、優越感、そんな所だろうか。そのために本人ががんばるのはまあいいとしても、仕事の関係等で並べない人が狭い立見席に押しやられる、教員は場所取りの整理に時間も手間も取られる。トラブルに発展することもある。全家庭から見るとほんの一握りの家庭の場所取りのために多くの保護者や教員が迷惑するのはもうやめた方がいいと思う。
トラック周辺はすべて立見席にすればいいのだ。立見席の真後ろにシートを引いたって人の背中しか見れない。そんな場所を確保するために前日から並ぶ人などいないでしょう。我が子の演技を間近に見たい人は立見席で立って見ればいいのだ。それ以外は木陰にシートでも敷いて飲み物でも飲んだら。
大体が来賓席なるものが、優先席、特等席なる意識を生み出して、それが桟敷席という概念に結びつくのでしょうねえ。自由にまかせるとトラック最前列にだだっ広いシートを占有してテーブルは設置するわ、椅子は置くわ、天幕は張るわになる。夜桜の場所取りではないのだ。全部立見席にすれば授業参観としては、万人平等になる。後は好きな所にシートを敷いて過ごしていいし、仕事が忙しい人は昼食時だけ来て親子で弁当を食べればいいのだ。ぼくなんか同業者だったから、その口で子どもの演技を見る事はあまりできなかったなあ。だから余計、トラック周辺はすべて立見席にして欲しいと思うのだろう。
この提案は何度もしているのだが、いつも取り上げてもらえない。学校自体が運動会を相撲の興行と同じと考えているのではないか。授業参観に来賓席などないし、特別席などないのだ。早く来た人が教室の一番いい場所にシートを敷いて座って見るなんておかしいでしょう。市長だろうが、市議会議員だろうが、保護者と同列に立って授業を見ればいいのだ。一部のお偉方がテント付きの、椅子付きの場所で、冷たいお茶のサービスなんかもあって接待されているから、親が同じような場所を確保しようとすると前日から並ぶなんて行動が生まれるのではないか。まあ、敬老席は残してもいいと思うけどね。
2017年8月30日水曜日
ゲオに行く。気になったCDを借りに来たのだが、どうも売り場のシステムがよくわからん。レンタルでない商品も売っているのだなあ。一枚のcdが三千円以上もする。これでは手が出ない。手が出ない事もないが、目的は借りてcd−rに焼く、コピーを作る、その後にレンタルしたcdは返却するという事だ。だから買わない。金が無いわけではない。目的が違うのだ。でもまあ、要するにケチなんでしょと言われればその通りだ。
店員に質問する。当日借りというのは、次の日の正午までに返却と言うのでこれは無理だ。仕事があるのでね。次は一週間レンタルになると言う。290円と言う。それにした。それでも約三千円の物が十分の一の290円で自分の物になるのだから安い。自宅に戻り、パソコンでコピー。スキャナで歌詞目録を印刷。でも字が小さいのだ。だから結局紙に手書きする。これで全く同じ物が手に入った。どうしてみんな三千円以上も出して買うのだろうか。ジャケット、歌集が欲しいのか。それにしてもそれが三千円以上の価値があるのかねえ。まあ個人の好みだからしょうがないが。それともパソコンが無いのか。あってもやり方を知らないのか。
まあ取り合えず、人の事はどうだっていいのだ。
車に載せて長距離ドライブの時、聞こうと思う。楽しみだ。
最後の夏休みが終わる。明日でね。研修の合間に教室でギターの弾き語りをやる。こればっかりは職員室でやるわけには行かないのでね。もうこういう事はなくなる。来年の4月からはね。自宅で近所迷惑にならないよう配慮してやるしかないわけだ。ギターは自宅。鉄棒は公園。読書は図書館を利用して自宅か図書館で。水泳は市営プールで。散歩は森林公園で。趣味のバイクや車を楽しむ。たまには電車に乗って旅に出る。こんな生活になるのだろうか。
学級担任をやる体力は無いわけではないが、ちょっと厳しくなった。やりたい気持ちは100%なのだが、体力は100%ではない。今年を最後にしようと思うに至った。
4月からは年金という収入はあるが、働いて稼いでいるわけではない。金を使うだけの人生となる。消費だけの毎日だ。大金持ちでも貴族でもないので、こういう生活は後ろめたい気にもなるが、しょうがない。いつまでも学級担任ではいられないのだから。まあ他のバイトを探すという手もあるが。それはおいおい考える事としよう。
2017年9月13日水曜日 2018年1月7日日曜日晴れ この年まで学級担任でいられた秘訣は、自分をほめると言う事です。 もっともほめるべきものがなければ無理なわけですが。子どもに対して 自分はまじめにやっている、恥ずかしいことはしていない、そういう信念を 持っていれば自分をほめることができます。組織の中で働いていると叱られる事もあるし、自分のやり方や生き方そのものを否定されることもあります。その時、他人といっしょになって自分を否定していたら絶対つぶれます。 まあ反省すべきことは反省すべきだし、自分はまちがってないと思っても 頭を下げることはあります。そうしないとどうにも折り合いがつかない事も あるからねえ。でも自分の信念は曲げてはいけない。この信念を曲げるぐらいなら教師をやめる。食べるだけなら教師じゃなくても生きていけるぐらいの腹をくくって事に当たる事が大事です。よっぽどの悪事を働かない限り懲戒免職なんてないです。 何も悪いことをしてないのに、精神的にまいってつぶれる同僚を何度も見てきました。 朝起きたら顔を洗って鏡を見ます。自分は美しいと思うのです。鏡に聞いてはいけません。鏡に聞くと余計なことを言ってきますから、聞かないんです。自分は美しいと思えばいいんです。第一自分の顔に自信が持てなかったら、他人の顔なんて正面から見られません。自分に自信が無かったら子どもの前に立てません。自分に信念があるから、教師としての自信があるから教室に入れるわけです。それを失ったら怖くて教室なんか入れません。自信を失った教師にとって、教室はジャングルに見えると思います。 自信を持った教師なら、どんなジャングルでも野獣でも調教できると思えます。 だから毎朝自分をほめるんです。自信を持って登校するんです。それができたら体力の続く限り学級担任ができます。 ぼくは自信はあるんですが、体力が無くなりました。
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