親愛なる我が友へ


 こんな風に手紙を書くだなんて、なんだか恥ずかしいわ。
 でも、思いきって書くことにしました。
 ――ねぇフラウ、覚えている? 私は今、あなたと初めて出会った、タナソルの街へ来ているの。
 あの時は年に一度の星祭りで賑わっていたけれど、時期が違えばこんなにも違うものなのかしら? とてもひっそり静まり返っているわ。
 ……寂しくて、悲しくて、やるせない気持ちになります。

 星祭りの裏に秘められた陰謀を追いかけるうちに出会って、一緒にたくらみを暴いた私達は、あの夜、流星群を見上げながら誓いましたね。
 世界には、まだまだたくさんの陰謀が満ちている。
 これからも一緒にそれを暴いて、苦しんでいる人々を救うんだって。
 あれから、長い旅をしました。
 戦士のエンデ、僧侶のグラドル、狩人のナターシャ……頼もしい仲間を増やして、私達は大変だけれど、とても楽しい旅をしましたね。
 ねぇ、篝火を灯す事もできなかった、最後の夜にした話を覚えている?
 エンデは本当にビックリするくらい愛妻家になって、生まれた娘さんにデレデレでね。スピカちゃんっていうんだけど、スピカちゃんが結婚した時にはお婿さんと決闘するって言い張ってギックリ腰になったりね、もうとにかく凄かったのよ。
 テナーホルンの街に引っ越したグラドルは、あちこちの劇場に足を運ぶ暮らしをしてね。会うたび会うたび、あの演者が凄いとか、あの作品が面白いとか、たくさんの芸術の良さを語ってくれた。なんと、高名な歌姫の心を射止めて! 音楽に囲まれた暮らしは素晴らしいって、本当に幸せそうだったわよ。
 しばらくパンでも焼いてのんびり暮らすわ、って言っていたナターシャは、森の小屋に戻って本当にそうしたんだけど……パンがね、どんどん美味しくなって! 配っていた人達から人気が広がって、何人もパン職人さんが修行に来るようになって、とうとう「ナターシャのパン」ってお店があちこちにできたの。
 世界中によ! 今やナターシャのパンは、どこに住んでも毎日食べることができるんだから。こんな風になるだなんて、すごい時代が来たものだわ。

 ……みんな、今はもういないけど。
 しょうがないわよね、あの戦いから400年も経ったのだから。
 あなたは、どこまで覚えているかしら?
 魔王を倒した時、最後の呪いがあなたに襲い掛かったこと。500年の眠りに落ちたあなたを誰も救うことができなかった。どんな解呪の祈りも、神の祝福の息吹も、魔法も、何もかも。あなたを目覚めさせることはできなかった。
 400年の間に、人類は巨大な塔を建てて暮らすようになり、地下にも街を築くようになり、人間の代わりに働くマシンという道具がたくさん作られるようになったわ。夜でも私たちの暮らしは明るく、暑い寒いを整えるマシンがあるから、いつでも快適に過ごせているの。空や大地や海の上を大きな鉄の塊が走り、人や荷物を運んでいくから、魔法が使えなくても困ることが全然ないのよ。

 でも、あなたの呪いは誰にも解けていないの。
 ここだけの話、細心の注意を払って火をつけてみたり、色々な実験もしてみたんだけど、あなたは何にも傷一つ付くことが無かったの。何をどうやっても、びくともしない。あなたは全然目覚めなかった。魔王の呪いって、すごいのね。
 こんな世界になっても、無理なことって、あるのね。
 ずっと呪いは解けなかったのだから、まぁもう後100年も無理なんじゃないかしら。
 私はとっくに諦めた。だから、のんびり待つことにしたの。
 最後の夜に話したように、学術都市イヴロスで私は魔法の研鑽をしたわ。あなたの呪いを解くために。でも何度やっても何度やっても、何度やっても無理だったから、考え方を変えたの。あなたが目覚める日をずっと待ち続けられるようにする方法を探して、そして見つけた。肉体を変質させることで、あらゆる変化とその影響を受け付けなくなるようにする方法。私は老いる事がなく、病にかかる事もなく、好きなだけ生き続けられるようになった。いわゆる不老不死というやつね。

 フラウ。私はどんな手を使っても、あなたに、もう一度会いたかったの。

 約束したでしょう? 海辺の村で食べ損ねた幻のシロクリッドをいつかまた食べに行きましょうって。あなたの好きだったツバメの可愛らしいグッズを売っている店があるのよ、きっと目移りしちゃうだろうけど、あなたと一緒ならたくさん迷うのもきっと楽しいわ。私の好きなハニーティも一緒に飲みたい。ああ、ナターシャの遺したパンも食べましょう。
 なんてことのない、他愛のない話をするだけでいいのよ。大好きなあなたと一緒なら、なんだって絶対に楽しいわ。シロクリッドを食べに行くなら、また一緒に世界中を旅してもいいわね。みんなにも会いに行きましょう。思い出を語り合いながら一緒に行った場所を巡るのは、きっと楽しい時間になるに違いないわ。

 そんな日をずっと楽しみにしながら、眠り続けるあなたの傍にいたわ。
 でもね、フラウ。
 それは難しいようなのだわ。
 この世界は、滅びるんですって。隕石という、巨大な巨大な星が落ちてきて、人の生きられない冬の時代が来ると学者達が予言したの。
 不老不死といっても、年老いず加齢による死が訪れないというだけだからね。そんな世界になるんじゃ、私も多分みんなと一緒に死ぬと思うのだわ。
 でもね、フラウ。
 魔王に呪われた、あなたは。
 あなたならば。
 あと100年、ただ眠り続けているんじゃないのかなぁって、思うのよ。

 だから手紙を書くことにしたわ。目覚めたあなたの目にすぐ触れるように、枕元に置いておくわね。
 これから世界がどうなっても大丈夫なように、頑丈な石板に大きな文字で彫っておくことにしたから。原始的な手紙すぎて、ちょっと、どうかなって自分でも思ったんだけど……フラウにちゃんと読んで貰えることが、大事だからね……。

 隕石が落ちるのは、5年後だそうよ。
 それだけあれば、魔王討伐の旅で一緒に巡った場所へもう一度行くこともできそうね。だから私はこれから、あの日々を辿りながら、あなたへの手紙をあちこちに残しておくことにするわね。
 ひとりぼっちで目覚める、あなたが寂しくないように。
 この世界のどこかにいる私のこと、どうか探してちょうだいね。
 あなたもきっと、私にもう一度会いたいって、そう思ってくれるって信じてる。
 ――あなたが目覚めた時、なんだかんだ言っておいて結局、あなたのすぐ傍にいるかもしれないけど。
 ここまで書いておきながら、そうなる未来って、ちょっと微妙そうな気もするんだけど、まぁ~その時は笑って一緒に手紙を読みましょう。こんな大きな手紙、すぐ咄嗟に隠したりなんて、できないものね。
 そういうのも覚悟の上で書いたものだから、いいんだけど。でも2通目以降は見せないんだからね、その時はフラウよりも先回りして隠しちゃうんだからね、絶対よ!

 じゃあ、今日の手紙は、ここまでにするわ。
 私は一人でも旅をして、私にできる事をやってみる。よかったら応援してね。あなたが目覚めた時には、もう全部終わっている事だけど……未来であなたが応援してくれるって思ったら、頑張れる気がするから。
 あの日、私を守ってくれた時から、指切りをした時から、いつだって、あなたは私に勇気をくれる。頑張るための心の力をくれる。
 勇者として世界を救う前に、まず私の世界を救ってくれた大切なひと。
 あなたに、この手紙がちゃんと届くことを願って、魔法を刻むのを止めます。

 親愛なる我が友へ。いつか、また、どこかで会いましょう――。




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21/05/28 これは「テキレボEX2」という、オンライン同人誌即売会に参加した際、そのアンソロに寄稿した作品です。アンソロにはテーマがあって、この時のテーマは「手紙」でした。
 どんな内容にするか悩んで、私の持ち味はちょっとファンタジックな作品かと思いつつ、かきあげた作品です。ちなみに、勇者も魔法使いも、性別は女性です。