ハロウィン限定メニュー「焦がしカラメルぱんぷきんシュガー」

 ……って、なんだろう?
 ふと足を止めた沙織は首をかしげた。

 そもそもの発端は他愛のないケンカだ。
 学校の帰り道、気まずくて気まずくて駅で別れた後、背中を向けてずんずん歩き、慣れない道に入って
ぐるぐると。――迷路に飛び込むって訳じゃないんだから、まあ別にいいじゃない? たまには、そのくらいのことしても。
 初めて来た街ってわけじゃないし、まったく知らない土地でもない。こっちに行くと上り坂で、それから下ると次の駅。そのくらいのことは知っていたから、まあ一駅くらいたまに歩いたっていいじゃないって、そのくらいの軽い気持ちで。
 ……登ってきた坂の途中で、見つけちゃったのよ、この看板。
「お店なんてあるんだ。こんなところ」
 右を見ても左を見ても、どこからどう見ても、ここは、ごくごく平凡な住宅街の一角。どうやらカフェ
らしいけど、隠れ家系にも程がある。
 大体、書いてあるメニューもちょっとおかしい。カラメルといえばプリンの底に溜まってるアレのこと? そこにカボチャを混ぜて、それから砂糖で。
 ちょっと、どんなお菓子になるのか想像つかない。
 ってか書いてない。
「不親切すぎるでしょこれ」
「すみません」
 腰に手を当てながら看板をにらみつけた沙織は、不意に掛かった声に面食らう。
 視線を上げれば、いつの間にか看板の向こう側に、男が一人立っている。
 わあイケメン。
 じゃなくって。
「……す、すみません?」
「はい、ええ分かりづらいようで申し訳ありません」
 いやそれ今のって、私の方こそすみません的な意味で言ったんだけどな。
 沙織の目の前の男はどうやら店員らしい。
 よく見たらモップを持ってるから、掃除か何かに出てきた所っぽいけど、一体どんなタイミングだいつの間に。こっちの方が困る。
「……これ、どんなお菓子なの?」
 だからといって、黙り込むのもどうかと思うし、いきなり立ち去るのもなんか変な気がするし。
 沙織は困ったような顔と困惑したような顔がぐっちゃぐちゃに混ざったような表情を向けて、男に、そう尋ねることにした。
「お菓子、というよりは軽食ですね。よければ実物をご覧になりますか? その方がきっと、口で説明するよりもっと分かりやすいと思いますから」
 ちょうど自分用に一つ、焼いているところなんです……と男は笑いかけてくる。
 どうやら、その焦がしカラメルなんとかは焼き菓子(料理?)らしい。
「え? いや、でも」
「あ、大丈夫ですよ。メニューの押し売りとかしませんから。今、お客様もいなくて暇なんです」
 そりゃまあ、こんな所にあるお店じゃなあ……と沙織は思う。
 駅前とかなら今の時間帯、沙織みたいな学校帰りの女子とか、なんかいろいろお客さんがいそうなものだが、こんな店ならいなくても不思議じゃない。
 変な店だけど、こんな人の来なさそうな場所で詐欺も何も確かに無いだろうし。誘拐とか拉致監禁とか? それにしたってもうちょっと。大体、それでも一応、店は店だ。
「……じゃあ」
 それにどうせ予定なんてないし、なんとなくそのまま帰るのもどうかなあっていう気分だったし。
 なら、と見つめ返した沙織に頷き「ではどうぞ」と男は店の扉を開けた。

「これです」
「ってただのカボチャじゃん」
 カウンターに入った男が取り出したのは、器に乗ったカボチャだった。半分には見えないから4分の1? くらいの大きさだろうか。
 ……あ、でも違うや。と気付いたのは、しばらくそれを睨みつけたあと。このカボチャ、小さいけど形は丸い。
「これ、一個丸ごと? だよね?」
「そうです。包丁を入れて頭の部分を少し切り、中身をくりぬいて火を通したあと、戻してあります」
 言われてみれば確かに中身は生のカボチャそのままじゃない。種や周りの空洞は見当たらないし、かわりにほくほくした感じの、ペーストとまではいかないけどちょっと緩い感じの実が入ってる。
「でも、だだのカボチャでしょ?」
「ええまあ、今はまだ」
 なにこれ……と男を見れば、相手は苦笑している。
 てことは調理途中なのねこれまだ、とその反応に納得するけど納得いかない。だったら、さもこれが完成品かのように「これです」なんて出さないで欲しいわ。
「あー……これにこのあと、ですね。ああ、せっかくですからお見せしましょう」
 沙織の顔つきはよほど分かりやすいのだろうか。今にもまた「すみません」とか言い出しそうな顔で沙織に告げると、男は小さな……小さな、なんだろう?
「ミルクとか入ってるやつ?」
「ああ、まあ、確かにこれはミルクピッチャーですけど」
 たまに珈琲とかと一緒に出てくるやつだ、とピンと来た沙織の記憶力も捨てたものじゃない。けど、と男はそれを、ほくほくカボチャの上で傾けた。
「――中はカラメルです」
 零れ落ちた雫の色は茶褐色。とろりとカボチャに掛かったそれは、みるみる皮の器の中でカボチャを浸していく。
「あー、カラメルってこういうことなんだ」
 なるほどね、と沙織は納得してそれを見つめる。空になったピッチャーを、ことりとカウンターに戻して。その次に男が手に取った物はといえば。
「ちょ、何それ工場!?」
「……まあ、確かに工場で使うような器具に、見えないこともありませんが」
 思わず上げた声に、ありありと戸惑った様子で男は言った。
「料理用ですよ。これで炙るんです」
 それはバーナーというのだと、沙織が知ったのはもっと後のことだったが。
 何を始めるつもりなのだろうかと、一歩引いた位置から見ている沙織の前で、男はバーナーのトリガーを引いた。その途端、飛び出した炎にもう一歩、沙織は顔を引きつらせて下がっていく。
「十分、工場みたいなもんじゃん!?」
「うーん、まあ……」
 おろおろ叫ぶ沙織と、本気で困ってる様子の男とでは、どうにも会話が噛み合わない。
 ただ、火がついている時間自体は大して長くはなく。男がバーナーを止めると、沙織はおそるおそる再びカボチャの方へ近付いた。
「甘い匂い……」
「焦がしカラメルは、香りが結構するんですよ」
 カボチャの皮の器の中には、焦げ目の付いたカラメル色。カボチャの実をすっかり覆ってしまったそれはバーナーで焦げ目を付けて、美味しそうな香りを漂わせている。 
 あ、ダメ。お腹鳴りそう。
「こういうメニューなんだ?」
「ええ。でも、まだ未完成です。最後にこれを……」
 とろみの残るカラメルに突き刺されたもの。それはオレンジ色の顔つきカボチャ。
「ジャック・オ・ランタンっていうんだっけ?」
 ハロウィンシーズンになると、よく見かけるカボチャの顔だ。
「そうです。カボチャにカラメルを掛けてバーナーで焦がし、この砂糖菓子を飾って――「焦がしカラメルぱんぷきんシュガー」の完成です」
 ああなるほどね、と沙織は完成したそれを眺める。確かに名前に含まれているものは全て使われている。カボチャがメインだから、お菓子と呼べるかどうかは微妙だけど、美味しそうだしハロウィンっぽい。
「……食べて、みませんか?」
「へっ!?」
 じーっと、見ていたのが良くなかったのだろうか。不意に男はそう言って、皿を押し出してきた。
「いやでも、これってアンタが食べるつもりだった物なんじゃないの?」
「そうなんですけど、作っている間にあんまりそういう気分では無くなってしまって。このまま捨てるだけというのも勿体無いですから」
 そのくらいなら、どうぞ。
 と、告げてくる男の言葉は確かに魅力的というか。これだけ甘くて香ばしくて美味しそうな香り、興味をそそる見た目。誘われて無視するのは結構キツい。
 美味しそうだし……どんな味、なんだろう?
「冷めると美味しくないので、テイクアウトには向かないんですよね。だから作り置いてキープしておくというわけにも。ああ、もちろんお代は要りませんから」
 そういうことなら、って頷きたくなるくらいのぐらぐらと沙織を揺さぶる言葉のオンパレード。いやそういうわけには、とか食べるとしてもお代はちゃんと払うべきよね、とか、いろいろ脳裏で交差して。でも、結局、沙織は気が付いたら頷いてしまっていた。
 更に添えるようにスプーンが出されて。カウンター席の一つに座った沙織は、申し訳なさゆえに小さな声になりながら「いただきます」と囁いて。
「! おいし!」
 カボチャをすくい、焦げ目のついたカラメルごと口へ放り込む。とろりと、でも少し固いカラメルの触感がまず最初に舌へ載り、そのままとろけるようにカボチャの甘みが広がる。
 たとえるならプリンのようで、でも根本的に全然違う味だ。
 甘いことは甘いんだけど、確かにデザートというよりは、ごはん系。
 てゆーか。超おいしいじゃんこれ!
「いかがです?」
 聞くまでもなかった。
「めちゃくちゃ美味しい。なんかさっき失礼なこと言っちゃってごめんなさい。すっごく美味しいよ」
「それはよかった」
 ベタ褒めする沙織に、男はどこか満足げに頷いている。でもそりゃあそうだ、自分の店のメニューを褒められたら誰だって嬉しいだろう。
 カボチャはみるみる沙織の口へ運ばれ、あっという間に消えてしまった。砂糖菓子も齧られて、カラメルも最後の一口までカボチャと一緒にすくい取られて、器はからっぽだ。
「ごちそうさまでした!」
「いえ、お粗末さまでした。お気に召していただけたようで……」
「ほんとだよ!」
 何よりです、と言いかけた男に沙織は俄然、身を乗り出す。
「いくらだっけ? こんなのタダで食べるとかそんなの悪いよ! お金、ちゃんと払う払う!」
 好意に甘えてタダ食いとか、貧乏だけど流石に沙織にも気が引けた。さすがにボッタ価格じゃないだろうし、そのくらいならきっと今の財布の中身からでも払えるはずだし!
「いりませんよ。いいんですよ、本当にタダで」
「え? いやいやいや!」
 だが男は断固として受け取らないつもりらしい。一度男が言った言葉を取り消すとかカッコ悪いとかそういう考えでもあるのかもしれないけど、それはそれで沙織だって黙ってられない。
「払う」と「いらない」を視線に込めて。無言で見つめ合ってせめぎ合う二人だが、困ったように苦笑して先に、それを崩したのは男の方だ。
「ううん……じゃあ、こうしましょうか。ここは私がご馳走します。そのかわり、今度はお友達と一緒に、また来て下さいよ。そうしたらウチとしては、儲けが二倍ですから万々歳です」
「う、や、ぐ……」
 だからそういうわけには……と続けようとする沙織だが、相手は相手で決して値段を言わないだろう。
見回してもメニューは無いし、値段が分からないのに払えないっていうか、多分これもうずっといつまでもどこまでも平行線で終わらない。
 だったら、じゃあそういうことで三倍返しもっと返しにしてやればいいじゃん。
「わかった。友達にガンガン宣伝して連れてくるよ、絶対!」
「ありがとうございます」
 明日にでもすぐ! と立ち上がる沙織に、男は満面の笑みを浮かべている。
 男が忙しくて困っちゃうくらい大勢に宣伝してやるんだからと、妙な使命感に燃えながら沙織は店を出て行った。
 そう、そうよ。明日にでも早速――と考えた所で、一番の親友とはさっきケンカしたばかりだと気付く。もちろん、他の子達にだって話は広めるつもりだ。つもりだ、けど。
「……〜〜〜〜〜〜〜!」
 ちょっと乱暴に携帯を掴んで、沙織はメールを打ち始める。だって約束しちゃったし。それにほらまあ、あの店は確かに美味しかったわけで。多分きっと気に入るだろうから。
 一行だけのそっけないメールに謝罪と誘いを乗せて飛ばせば、向こうからもメールがすぐ帰ってくる。

「あれ? おっかしいなあ……」
 翌日、すっかり元通りになった親友と一緒に、また店を訪れようとした沙織を待っていたのは、しーんと門が閉ざされた屋敷だった。
 昨日あったはずの看板も、今は見当たらない。
「ここ?」
「そう。昨日はここに看板置いてあって、店の人がいてさあ……」
 なのに今は、そんなものこれっぽっちも見当たらなくて沙織の心は妙に焦る。
「ふーん。じゃあ、今日はお休みなのかな?」
「昨日はそんな事言ってなかったけど……」
 あのとき明日にでもすぐ! って言ったんだから休みだったら一言くらい教えてくれりゃいいのに。  と、妙な怒りがこみ上げる。人の話、本気だと思ってなかったなあのヤロウ!
「まあまあしょうがないよ。また今度来よう? そのメニュー気になるし〜」
「そだね。店員は変わってたけど、あれほんと美味しかったのよ」
 こみ上げた怒りは、あっという間にどこかへ。
 沙織は気を取り直して店を後にして――。

 ――結局、それから何度この店の前を通っても、あの看板どころか門が開いているところにすら出くわすことが無く。いつしか、沙織の足がこの場所が訪れることは、なくなっていった。



焦がしカラメルぱんぷきんシュガー





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2012/10/26  ネタが湧いてきたので「メープルみるくパンケーキ」の続きです。
 前のやつ書いたの、もう1年以上前なんですね。わお。
 題材はハロウィンです。せっかくなので少し不思議メニューを今回も出してみました。
 語感がふわふわしてて、なんか夜に読んだらお腹空いて悔しくなりそう……な感じを目指しているのですが、どうでしょうか(笑)