危険な紅葉狩り
久々にエリオットと休暇が重なったその日、アリス達は森へ出かけていた。
目的は、紅葉狩り。せっかく帽子屋の領地が秋の季節になったのなら、一度は出かけたいと思っていたのだ。そう提案したアリスに、エリオットは「あんたと一緒なら、俺はどこでもいいぜ」と頷いてくれた。
「けどよ、本当にこんな場所でよかったのか? 何も無いぜ?」
「あら、こんなに綺麗な景色があるじゃない」
この辺りは、キノコ狩りや栗拾いといった味覚狩りには向かない。本当に、ただ紅葉したイチョウやもみじの木が立ち並んでいるだけのエリアだから、赤や黄色に染まった木々を眺めたり、落ち葉を踏みしめたりしながら、一緒に散策するだけ。
でも、それがいいのだ。
「それに、こうやって綺麗なもみじを探す事だって出来るしね」
「もみじ? でも、それってただの葉っぱだろ?」
「あら、押し花にすると、結構いい感じなのよ?」
ええー? と目を丸くして耳を伸ばすエリオットへ、アリスはそうウインクしてみせる。
秋ならではの葉は、読書のいいお供にもなってくれるはずだ。栞はいくつか持っているけれど、どうせなら、この季節のものを使いたい。自分が、この季節の……秋が訪れた帽子屋領の、一員だという気がしてくるから。
「栞ね……俺にはよくわかんねーけど、あんたが言うからには、そうなんだろうな!」
「エリオットも作ってみる? 部屋に飾ってみるのもいいものよ?」
アリスやブラッドが本を持っているのを見ただけで、難しそうだと腰が引けるようなエリオットだ。彼がもみじを栞に使うようなことは無いだろうが、それならそれで、他の使い道を楽しんでみればいい。
「……そうだな。あんたと出かけた記念にもなるし」
たまには、そういうのも悪くねぇや。
そう呟いて、「ようし、どうせならとびっきり綺麗なやつを探してみせるぜ!」と意気込むエリオット。足元を見下ろしながらきょろきょろしはじめた彼の背中をくすくす笑いつつ、アリスもまた、もみじ探しに別の方へ一歩、踏み出した時だった。
「!? きゃ……!」
不意に体が揺れる。
足元が突然崩れたのだ、と気付いた時には、もう体が落ち始めている。
「アリス!」
咄嗟に振り返って駆け寄ったエリオットの腕がアリスを掴んで、それから――。
「アリス、怪我は無いか!?」
すぐ上からエリオットの声が落ちてくる。
衝撃は無かった。強いて言えば、ぐいっと思いっきりエリオットに引っ張られた腕が痛く感じたくらいだ。それくらいで、アリスはなんとも無い。咄嗟に……エリオットがアリスを抱きかかえてくれたお陰だ。
「引き上げようとしたんだが間に合わなかった。悪い」
「そんなこと無いわ。……ありがとう、エリオット」
アリスはぶんぶん首を振って、安堵の息を改めてつく。エリオットがすぐ傍にいてくれなかったら、どうなっていたことか。
「それより、私こそ……下敷きにしちゃって……」
アリスは確かに無事だが、それはアリスがすっかりエリオットの上に載ってしまっているからだ。エリオットの方は、さぞ……。
「あー、俺なら平気平気。このくらいどうって事ねぇよ」
そんなアリスの気持ちを察してか、エリオットは朗らかに笑う。
「……うん」
ここで暗い顔をみせては、エリオットの気遣いも無駄にしてしまう。アリスも良かった、と努めて笑みを返してみせた。
(……それに)
エリオットがいてくれて、本当によかった。
たとえ穴のすぐ上にエリオットがいてくれたとしても、一人でこんな穴に落ちてしまっては、さぞ心細く感じたことだろう。怪我だってしていたかもしれない。
でも、今はこうして、すぐ傍にこうしてエリオットがいて――守ってくれている。
その事が、とても心強くて……安心する。
「しっかし……ガキ共、こんな深い落とし穴なんざ掘りやがって……」
エリオットはアリスを抱いたまま地上を睨む。穴は思った以上に深く、エリオットが立ち上がっても到底手は届かないだろう。エリオットの身長の二倍……いや、三倍くらいあるかもしれない。
(これってやっぱり……あの2人の仕業よね)
思い浮かぶのは赤と青、自由気ままな門番達。
彼らは侵入者対策だと称して、しょっちゅう敷地の内外に罠を仕掛けているから、これもその一つなのだろう。
「帰ったら絶ッッッ対にただじゃおかねぇ! ……けど、その前にまずは、さっさと穴から出ないとな」
「え、登れるの?」
「まあ、この位ならな」
うがーっと吼えていたエリオットだったが、なんてことは無いといった様子で頷き返す。
そっちの方が、むしろアリスには驚きだ。こんなに高いのに……と、改めてアリスが上を見上げていると。
「んじゃ、あんたはしっかり掴まっててくれな」
「え?」
言うが早いが、エリオットは立ち上がった。アリスを抱きかかえたままで、だ。
「ちょっ……エリオット? このまま登る気!?」
「へ? ああ、そうだけど」
けろりと言い放つエリオットだが、エリオットがマフィアだろうとウサギだろうとなんだろうと、とにかく彼の腕は2本しかない。自分を抱えているこの状況で、どうやって……と思っていたら。
エリオットは。
そのアリスから手を離した。
「きゃあ!?」
がくんと体が揺れて、思わずエリオットにしがみつく。これだけ力いっぱいしがみついたら、エリオットの方はよっぽど痛いんじゃないかと思うくらいだが、エリオットは眉一つ動かさず、その間に壁を掴んで穴を登りだす。
「エ、エリオット……!」
「大丈夫だって。すぐに登るから、その間だけだ……っと」
言って、確かにエリオットは器用にするすると登っていくけれど、その振動に体が揺れるたび、アリスは気が気じゃない。
結局すぐに地上へ這い登ったエリオットだったが、アリスにとっては何時間帯も過ぎたかのようにう長く感じられた。
「し、死ぬかと……思った……」
「……悪い。そうだよな、あんたってお嬢さん育ちだから、こういうの慣れてねーよな……」
がっくり膝をついたまま立ち上がれないアリスを、心配げに気遣うエリオット。
その耳がすっかり垂れているのを見て、まだまだばくばく早鐘を打っている心臓を落ち着けつつアリスは首を振った。
「ううん。大丈夫」
(びっくりしたし、生きた心地がしなかったけれど、でも……)
穴を振り返る。光が差し込んでも、一番底は薄暗い。そのくらい深い深い穴。アリス一人だったら、絶対に抜け出せない。
今でもまだ、全然落ち着きを取り戻せそうには無いけど、でも。
エリオットが、先に一人だけ上がって、ロープか何かを取って戻ってくる手もあったはずだ。その方が、エリオットが楽だったのは間違いない。でもエリオットはそうしなかった。アリスを一人、穴の底に残したりしないで、一緒に連れて来てくれた。
たった一人であんな穴の底で待ち続けることになるよりも。エリオットがアリスも一緒に連れて来てくれて、良かったと思う。
「ありがとう、エリオット。……痛くなかった?」
「ん? あんたにしがみつかれた時のあれか? 全然。俺なら平気だぜ」
その返事に、さすがエリオットだと苦笑するしかない。
と、空を見上げれば時間帯が流れていく。波打つように青空から、青空へ。時間帯は昼のまま変わらなかったけれど、確かに1時間帯過ぎ去っていくのが分かる。
「げ。もう戻らねぇといけないのか。なんだか散々だったな、結局もみじも拾えなかったし」
「ううん、そんなこと無い」
ぎゅっとエリオットの腕を掴む。
エリオットが、ずっと傍にいてくれたから――それだけで、いい。
「帰りましょうか」
「……ああ」
ちなみにその後。
双子の門番達は散々こっぴどく銃を構えたエリオットに追い回された後、アリスからにこやかにじわじわと咎められ、とどめに事情を全て聞いたブラッドから減給と、有給の没収を命じられたという。
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24/11/08
拍手お礼SS。2011年くらいに書いたもの(のはず)です。