冬の装い


「……寒い」
「そりゃあ、冬だもの」
「だが、暖炉をこんなに燃やしても寒いのは寒すぎやしないか? うう、ベッドが恋しい。こたつが恋しい。ぬくぬく……ううっ」
 ナイトメアの執務室では、いつものようにナイトメアが仕事をしていなかった。
 寒い寒いと切なげな声をあげ、書類の隙間で器用に突っ伏している。
(その器用さを、もっと別のことに有効活用できないのかしら……)
「仕事に集中したら? そうしたら寒さなんて忘れちゃうわよ」
「むむむ無理だ! その前に凍死してしまう……っ」
 大げさな……と言いかけたアリスだったが、確かに今日の塔は、いつにも増して寒く感じる。
 アリスは書類を抱えてあちこち行き来していたからそうでもないが、ずっと座ってじっとしているナイトメアには、確かに堪えるかもしれない。
 ……が。
「なら、もっと厚着したら? そのスーツって夏物でしょう? ちゃんとした冬物に着替えたらいいじゃないの」
 ナイトメアが着ているのは冬が来る前と同じ服。いくら暖炉で火が燃えている室内にいるとはいえ、冬は冬。以前と同じ格好では、寒さを覚えても無理はない。
「……それは嫌だ」
「は?」
 しかしナイトメアは、ぷうっと頬を膨らませて拒絶する。耳を疑うアリスだが、聞き間違えではないらしい。
「なんで?」
 意味が分からないと、まじまじナイトメアを見つめるアリスに、ナイトメアはゆらゆら視線を逸らしながら呟いた。
「…………じゃないか」
「……小さくて聞き取れないんだけど」
「………………だって着膨れしてたら格好悪いじゃないか」
「…………じゃあ見栄張って凍死でもしたら? 塔の中で」
 馬鹿馬鹿しい、と溜息をつくと、ナイトメアは思いの外ショックを受けたような顔をする。
「な!? ひ、ひどいぞアリス! 君って子は、なんてひどい……!」
「だって本当のことじゃない。そんな見栄を張って、また体調を崩したらどうするの? 折角治ったばかりなのに。もう次はホットミルクもスープも作ってあげないわよ?」
「うう……っ!」
 ナイトメアは、ありありとショックを受けたような顔をした。今にも泣き出しそうな勢いだ。
(な、情けな……っ)
「情けなくなんてないぞ!?」
「情けないでしょ。体弱いのに、寒いのに薄着して体調崩すなんて、どう考えても」
「うぐっ」
 今度は何かが突き刺さったような顔をして胸を押さえ始める。そのまま、黙り込んでしまうナイトメアを、じーっとアリスが見つめていると。
「……わかった。わかったよ。ちゃんと服を着込むさ。……しかし、ひとつ問題がある」
「? 問題?」
「……厚着するにも服が無い」
「はあ!?」
「し、仕方ないだろう! 着ないんだから持っているはずがないっ!」
(威張ることじゃないでしょう……!?)
 だがツッコミを入れても、無い物は無いのだからしょうがない。アリスは額を押さえると、とりあえずナイトメアにはコートを着せて街へ繰り出すことにする。ナイトメアくらいの身分になれば仕立て屋を呼びつける事もできるが、それでは時間が掛かりすぎる。寒い今、すぐに欲しい服なのだから、買いに行ってしまった方が早い。
 グレイも最初は目を丸くしていたものの、健康が掛かっているならやむなし、と許可をくれた。かくして仕事を中断し、妙に生き生きした様子のナイトメアといくつかの店を回り、当座の衣類を買い込む。
「ま、このくらいでいいでしょ。じゃあ早速帰って着替えたら、仕事の続きよ」
「げげっ……あ、アリス。ちょっとそこの喫茶店で温かい飲み物でもだな……」
「却下。塔なんてすぐそこでしょ。ほら。帰った方が早いわ」
 あからさまに嫌そうな顔をするナイトメアに、アリスは塔を指差してみせる。
 街は、塔のすぐ足元にあるのだから、どう考えてもアリスの意見に分がある。いくらか反論するナイトメアだが、それをことごとく却下し、論破すると、ナイトメアは黙り込んで渋々歩き出す。
「……だが、外が寒いのは確かだろう。そ、そうだ。確かあれが……」
 いそいそと紙袋をあさったナイトメアが取り出したのは、買ったばかりのマフラーだ。
 それも、この半分もあれば長さなんて十分だろう、というくらいの超ロングマフラーで、アリスは余分な部分が邪魔になって使いにくいだろうと思ったのだが、ナイトメアはこれが気に入ったらしく、目をきらきらさせて買っていた。
 くるーりくるくる。
 ナイトメアが首に巻いていくが、やはり思った通り端がたっぷり余ってしまっている。ナイトメアは足元まで垂れているそれを取ると、ちらり、ちらりとアリスの方を見てきた。……まるで何か言いたげに。そのくせに、何も言おうとはしないまま。
(な、なに?)
 ナイトメアには、おそらくきっと聞こえているだろう。しかしやっぱりナイトメアは何も言わない。
(……そんなの持ってたら歩くのに邪魔でしょうに。いっそ半分にカットしちゃえば……ん?)
 あんなに長くては実用性には難がある。そのくらいがちょうどいい長さだろうか、とぼんやり考えたアリスは、ふと、気付いた。
 半分で、ちょうどいい長さなら。
 ――それはつまり。2人で巻いたらちょうどいい長さになる、とも言えるわけで……。
 ふたりで、ひとつのマフラーを一緒に巻く。その用途のための物なのだとしたら――?
(ま、まさか……最初からそのつもりで買ったの、それ!?)
「そ、そうだとも。悪いかっ。どうせ私が出かけるなんて君と一緒の時くらいなんだし良いじゃないか。ほら、君だって寒いだろう……?」
(ばばばば、馬鹿じゃないの!? そんなの一緒に巻いて、塔に帰れるわけないでしょっ。塔のみんなになんて思われるか……そ、そんな恥ずかしい真似……!)
「――できるか!」
 アリスはぷいっとナイトメアに背を向け、ずんずん歩き始める。
 それでもちょっとしたら、ナイトメアが気になって。ちらっと振り返れば、ナイトメアはマフラーの余りを持ったまま、寂しそうに佇みアリスを見つめていた。
「う……」
 ダメだ。
 ほだされてはダメだ。
 でも……ダメだ。どうしても、甘くなってしまう。
(知り合いに見られる心配がない場所でなら、付き合ってあげるから。だから……これを巻いて帰るのは……やだ)
 背中を向けたまま、声には出さずナイトメアだけに伝わるように。真っ赤になりながら心の中で思うアリスに、ふわりと背後から暖かい生地が触れる。いつの間に追いついたのか、すぐ傍にナイトメアが立っていた。
「なら心配はない。誰かが近くに来たら、私にはすぐ分かるからな。誰の声も聞こえない間だけなら、いいだろう?」
(……ずるい)
「ずるくない」
 むーっと頬を膨らませたアリスの首に、くるくるとマフラーを巻いて。ナイトメアは笑った。

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13/10/27  ナイトメアがいつも寒い寒い言ってるのは、あの格好もあると思うんですよ。どてら、とまでは言わないので、セーターくらい着込めば暖かいと思うんですが……と考えて、「ナイトメアだったら、格好つけて嫌がってるのでは!?」 ……と急にひらめいて、こんな感じになりました。いつからずっと「2人で一緒にマフラーぐるぐる〜」とか考えて、そわそわしていたんだろうかと思うと……ナイトメアってかわいいなぁ。