ユリウス=モンレー〜約束〜


(…………何を考えてるんだろ)
 アリスは目の前で、ただ黙って静かにパスタを食べているユリウスを見ながら思う。
 2人がいるのは、塔の、あのいつもの一室ではない。いつも引きこもってばかりいてはカビが生えてしまうと、半ば強引にユリウスを引っ張ってやって来たのは、街で最近評判になっているカフェだ。
 メニューは「まかせる」と言われたのでアリスが選んだ。着いてからもずっと、むっすりとした顔……に見えかねない普段通りの表情で、静かに黙ったまま。アリスが話しかけた時だけ相槌が帰ってくる程度だ。料理が運ばれてきてからもそう。いつしか黙々と料理を口へ運ぶだけの昼食になっていた。
(怒ってるわけじゃないとは思うんだけど……口には合ったのかしら? お店の雰囲気とかも。まさか合わなかったとか……?)
 黙々としているとはいえ、食べているのだから不味いとは思っていないのだろう。……多分。居心地悪そうだという感じもしないので、雰囲気も苦手というわけではないと思う……のだが。
 本当に?
 本当にそうなの?
 そう、ついつい不安になってしまう。

「ユリウス、どうだった?」
 結局気になってしまい、アリスは店を出るとすぐ、そうユリウスに問いかけた。店を出るまで待ったのは、もしも「不味い」だの「気に入らない」だのという返事が返ってきたとしても、お店の人の耳に入れなくて済むように……だ。
「どう、とは?」
「味とか、店の雰囲気とか……私が勝手に無理矢理連れてきたようなものだし、気になって……」
「ような、ではなく、まさにその通りだろう。……別に不味くはなかったし、雰囲気も悪くない」
 ユリウスはそっけなく感想を漏らす。そういうからには本当に大丈夫だったのだろう……ああ、でも。
(私に気を遣って、不満があっても黙っているだけかも……)
 そういうところで妙に優しいのがユリウスだと、アリスはよく知っているから、どうにも不安になってしまう。ああも強引に連れ出しておいてそんな結果では、ユリウスにも申し訳が立たなさ過ぎる。
「……美味かった」
 ぐるぐると考えながら表情を重々しくしているのが筒抜けだったのだろう。ユリウスは短く、淡々と一言付け加えた。
「そう……良かった」
 でも、それにどれだけの思いが込められているのか、アリスはよく知っている。
 たった一言。でも、とてつもなく重くて……アリスの心を軽くしてくれる、一言。
 アリスは満面の笑みを浮かべると、またすっかり黙ってしまったユリウスを追いかけ、隣に並んだ。
「あのね、ついでに買出しをしていこうと思うの。いい?」
「好きにしろ」
 ともすれば突き放すような言い方。でもユリウスはアリスについて市場まで一緒に来てくれた。何かを買い物すれば、無言のままその荷物を当然のように受け取り、運んでくれる。
「これだけ買えばいいかしら。じゃあ、ユリウス、帰りましょう」
「……花は、いいのか?」
「え?」
 そう歩き出したアリスに、ユリウスがぽつりと呟いた。
 思わず、聞き返してしまう。
「花だ。いつも飾っているだろう。そろそろ枯れかけていた」
「気付いてたんだ……」
 塔の部屋は嫌いではないが、少々殺風景なところがある。そこに少しでも彩(いろどり)を、と、アリスは街へ買い物に出るたび、飾る花を一緒に買って帰っていたのだ。
(……もしかして、花が好きだと思われているのかしら)
 好きなら買って帰ればいいと……さっきのユリウスの口ぶりからは、多少そんな響きを感じた。アリス自身は花が特別に好きなわけでも、嫌いなわけではないのだが、ユリウスはもしかしたら少し誤解しているのかもしれない。
 わざわざ、否定するほどのものでもないけれど……。
(気にかけて、くれているんだ)
 むしろ、それが何よりも嬉しい。
「たまには買ってやる。だから遠慮しなくていい。花屋はどっちだ?」
 アリスが黙っているのを、遠慮しているからだと解釈したらしい。ユリウスはそう言って花屋まで案内するようアリスを振り返った。本当に本当に誤解なんだけど……まあ、たまには。
 そんなのも、悪くない。
 せっかくだから、前から気になっていた、あの花にしようか。そんなことを考えながら花屋に向かう。

 ユリウスは決していつも優しい言葉をかけてくれるわけではないし、寝て起きてやっていることといったら仕事ばかり。無愛想で物言いがきつくて、暗いくらい引きこもり。
 でも。
 それを裏返したところに、ユリウスの素敵なところは、たくさんある。
「ねえ、ユリウス。他にも行ってみたいお店があるの。ピッツアが美味しいって聞いたのよ」
「……わかった」
「本当?」
「そのうちな」
 ユリウスが快諾してくれるだなんて珍しい。思わず身を乗り出すアリスだったが、添えられた一言に眉を寄せる。
「……そのうちって、誤魔化すつもりじゃないでしょうね?」
「そんな事は無い。……約束だ」
 ユリウスが、相手だから。そんなユリウスだからこそ……その口から『約束』だと紡がれた時の信頼感といったら。
「ふふ、約束。確かにしたからね。絶対よ?」
 アリスが何度も念を押しながら幸せそうに笑うと、ユリウスは恥ずかしそうに「……フン」とそっぽ向いた。

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2011/10/27  ユリウスのような人は言葉に重みがあると思うので、ただストレートに言うだけで十分切り札になる気がします。普段は少し不安になったりするけど、いざという時にはちゃんと言ってくれるから大丈夫、みたいな。ユリウス書くの初めてでしたけど、書くのが結構楽しいキャラでした。