ピアス=ヴィリエ〜嫌いにならないで〜


「アリスとお出かけ、アリスとお出かけ。うわあ、楽しみだなぁ」
 その日、アリスはピアスと2人で街へ出かけていた。行き先は小さなコンサートホール。前にアリスが演奏を聞いて、ファンになったピアニストの公演があるのだ。
「けど、アリスが音楽を好きだなんて知らなかったよ。アリスが楽器を触ってるところって見たこと無いし。うん、見たこと無いや。だから意外だったよ」
「元の世界ではピアノを少しね。こっちに来てからも、たまに借りて弾かせて貰ってるわよ」
「そうなの? アリス、弾くこともできるんだ! すごいすごい! 俺、楽器なんて全然だから尊敬しちゃう。いいなぁ、いいなぁ。俺もアリスの演奏、聞いてみたい!」
「そんなに大した腕前じゃないけどね」
 きらきらした顔で見てくるピアスに、思わず苦笑するしかない。
 今日こうしてコンサートへ出かけることになったのも、きっかけはひょんなことからだった。たまに、アリスの行きたいところへ連れて行ってあげる! とピアスが言い出したとき、ちょうど街でこのコンサートのポスターを見かけたのだ。
 そうでなければ行き先は全然違うところになっていただろうし、ピアスがアリスのピアノのことを知るのは、もっと、ずっと先になっただろう。

「……ピアス?」
 ふと、アリスは隣のピアスが大人しいのに気付いて首をかしげた。静かなのは決して悪いことではない。でもそれは、あまりにピアスらしくないからだ。
「……え? あ、えっと……なに? なになに? どうかした?」
 ぼーっとでもしていたのか、少し間をおいてからハッとした様子で反応するピアス。その様子に思わずアリスは眉を寄せた。
「どうかした? 調子でも悪い?」
「ううん、ううん、なんでもない。なんでもないよ」
 赤くなって首を振るピアスだが……その反応すらもなんだか、いつもと違う気がして。
「本当に? ピアス、あなたなんだか……変よ?」
「ぴっ!? 変!? 俺って変? そんなに変!? 俺、ちゃんとしてたつもりだったのに、どこがいけなかったんだろ!?」
 心配から問いただすアリスだったが、ピアスはちょっとズレたところに反応する。
 あわわ、あわわわ、と焦りすら覗かせた様子で右往左往しているピアスに、アリスは言った。
「ねえ、ピアス。本当にどうしちゃったの? ちゃんと教えて。……心配だわ」
「心配……うう……ごめん」
 その一言にしょげかえると、ピアスは少し迷いながらも、最終的にはちゃんとアリスに教えてくれた。
「心配だったんだ、俺。アリスが喜んでくれるのは嬉しいけど、俺ってネズミだから、そういう場所って馴染みが無いし……そういうのって、ルールとかあるんでしょ? でも俺、そういうの全然知らないから、変なことしちゃって迷惑かけないか心配で……アリスに、嫌われたくないし……」
 ぶつぶつぶつと呟きながら、ピアスは俯く。
「……そういうこと、だったのね」
 これはアリスが迂闊だった。ピアスのことをもう少し気遣ってあげればいいだけの話だったのに。ちょっと考えれば、ピアスがコンサートなんてものに縁が無い事なんて簡単に予想がつくし、そんな知らない場所へ行くのが不安になる気持ちは、アリスだって理解できるもののはずだ。
 ピアスは、他人から嫌われてしまうことを恐れている。そのことをアリスは知っていたはずなのに。
「――ごめん」
「? なんでアリスが謝るの? アリスが謝らなくちゃいけないことなんて無いよ。どこにも無い。悪いのは全部俺なんだから」
「ううん。ピアスは悪くないわ」
 きょとんとした顔で、何の疑いもなくピアスは自分に非があるという。
 そんな事なんて無いのに。
(なんだか……私を見ているみたい)
 いつもの、うじうじして落ち込んで、自分ばかり責めてしまうアリスに。
 ちょっとだけ似ている気がして。
 アリスはくすっと笑って、ピアスにもう一度言った。
「私がちゃんと伝えておかなかったのが悪かったのよ。……といっても、コンサートなんて、静かにして音楽を聴いていればいいだけなんだけど」
 みんな音楽を聴きに来ているから、騒いでは駄目。
 それをしっかり守れば大丈夫だと、アリスは言った。

「……アリス、怒ってる?」
 しかし、ピアスはアリスの予想の斜め上を行った。
 途中、少し居眠りしてしまっていたのは、まあ仕方ないとしよう。音楽にまったく興味がなければ、ピアノの演奏が子守唄にしかならなくても、やむをえないものだ。
 ただ。ただ……その後が良くなかった。
(何の夢を見たのか、いきなり立ち上がって「俺のチーズ、俺のチーズだよ! 俺のチーズを取らないで!」だもんなぁ……)
 しんと静まり返ったホールに、響き渡るピアスの寝言。
 ……向けられた視線が痛かったのは、言うまでも無い。
(ピアスには悪い事しちゃった……)
 小さく溜息をつくアリス。しかしそれは、ピアスには、自分のさっきの言動に溜息をついたように感じさせてしまったらしい。
「怒った? 怒っちゃった? もしかして俺のこと、嫌いになった……?」
「……そんなはず、ないでしょう?」
 とてつもなく不安げな顔で見つめてくるピアスへ、アリスは微笑みかけた。
 そんなこと、絶対に無いと、仕草でも伝えられたらと願いながら。
「ほんと? 本当に本当に? 嘘じゃない? アリス、無理して言ってたりしない?」
「してないわよ。そんなの嘘ついたって意味無いじゃない。あんたのこと嫌いになんてなってないから、安心して」
 ピアスの事が好きなのに、そう簡単に嫌いになんて、なれるはずが無い。
 確かに、あの時はちょっと恥ずかしかったけど。でも、それだけ。恥ずかしいのなんて、時間がたてば薄れていってしまう。残るのはピアスが好きだという気持ちの方だけ。
「嫌いじゃない?」
「ええ」
「じゃあ……アリス、アリスは俺のこと、好き? 好きなんだ?」
「っ」
 念を押すように、何度でも念を押すように。重ねて聞いてくるピアスは、その言葉を欲しがる。
(こ、このネズミは……っっっ)
 わかっていてやっているのなら凶悪だし、無意識ならばもっと性質が悪い。
 無邪気に見えて……なんて極悪なネズミさん。
 でも――そんなあなたが、大好きよ。

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2011/10/27  不安の裏返しからなんでしょうけど、「俺のこと嫌いになった?」って問い詰めて言質を取るのとって、結構狡いと思うんですよね。というわけでピアスの題材はこれです。
 出かける先がコンサートなので、2人とも正装=会合のときの格好でデート、というイメージです。