メリー=ゴーランド〜ふたりだけの遊園地〜


「はあ……疲れた……」
 見慣れた遊園地へ戻ってきたアリスは、一気にどっと疲れを感じていた。
 遊びに出かけたものの、勃発した銃撃戦に巻き込まれて散々な目に合ってしまった。こうして見慣れた遊園地のゲートをくぐると、その疲労が何倍にもなって現れるような気がする。
「……あれ」
 そういえば、とアリスは気付く。
 遊園地に帰ってきたはずなのに、辺りが妙に静かだ。いつもだったら夜の時間帯だろうと、賑やかな音楽が流れ、アトラクションの音が鳴り響き、そこかしこから賑やかな声が聞こえてくるというのに。
「よお、アリス。今帰りか?」
 そんなアリスを見つけ、ゴーランドが近付いてくる。ええ、と頷き返すアリスだったが、ゴーランドはそんなアリスの顔をじっと見つめた。
「な、なに?」
「……何かあったのか? なんだか……」
「あー、うん。ちょっとね。でも大した事じゃないわ。大丈夫。ちょっと疲れただけよ」
 ゴーランドは、こういう所が聡い。そんな彼に心配をかけないように笑みを浮かべ、「そういえば」とアリスは尋ね返す。
「ところで、どうかしたの? 随分と静かみたいだけど」
「ああ、今の時間帯はメンテナンス休演なんだ」
「メンテナンス? アトラクションの?」
 初耳だ。そんな制度があったなんて。
「ああ。普段も定期点検はやってるが、時々はこうしてしっかり全体をチェックしないといけないからな。といっても仕事があるのは整備員だけだから、あんたは気にしないで普通に休んでくれて大丈夫だぜ。他の連中もみんな休んでる」
「……ありがと」
 アリスが「それなら自分も何か仕事を」と考えたのを見抜いたのだろう。ニッと笑うゴーランドに、さっきまでの疲れが少しだけ癒される。
 とんでもない人ばかりのこの世界で、ゴーランドは普通に近い人だ。音楽のセンスは壊滅的だし、キレると手がつけられなくなるが、それだけ。この世界では貴重な常識人で、こうして人を気遣ってくれる事すらある。
(貴重だわ……)
 この世界では、とても。
「そうだ。アリス、その調子だと夕食もまだだろう? ちょうどこれから何か食おうと思ってたんだ。付き合えよ。今なら面白い所で面白いものが食えるぜ」
「え?」
 面白い場所で、面白いもの?
 一体何かしらと首をかしげるアリスに「それは着いてからのお楽しみだ」とゴーランドは笑うと、アリスの背中を押した。

「ここ!?」
 ゴーランドに連れて来られたのは、見覚えのある建物。それは遊園地でも人気のレストランだった。いつもなら長蛇の列ができるこの場所も、今は誰もいない。
「そうだ。休園中だからシェフもウェイターもいないが、食材のストックなんかはあるからな。いつもとそっくりそのまま……とはいかないだろうが、それなりのものは出してやれると思うぜ」
「で、でも……いいの?」
「ああ。こんな時じゃないと食べる機会なんて無いだろ?」
 ちょっと気が引けるアリスだったが、ゴーランドはそう言って、半ば強引にアリスを連れて入る。
 レストランの中は無人だったが、照明などは全てついていたし、席もいつでも使えるようになっていた。ゴーランドはそのうちの1つを選び、アリスのために椅子を引く。
「ありがとう」
「じゃ、ちょっと準備してくるから待ってろよ」
 席に着いたアリスを残し、厨房へと向かおうとするゴーランド。
「え? なら手伝……」
「いいっていいって。それにたまには俺も、もてなす側をやってみたいんだよ」
 すぐに立ち上がろうとしたアリスを制して、ゴーランドは奥へ消えていく。
(……気遣ってくれたのね)
 たまには、なんて。
 ゴーランドはいつだって「オーナー自らお客様を出迎えたい」とゲートの傍に立っているというのに。
 きっと、あまりにアリスがぐったりとしていたからだろう。申し訳ないと思う一方、それが嬉しくて、つい甘えてしまうアリスがいた。

「最後はこれ、特製ゴーランド流パフェだ!」
 そう言ってゴーランドは遊園地のどの店で出されるパフェよりも高く盛られたパフェを運んできた。ちょっと不恰好だけれど、それもゴーランドが不慣れなのに一生懸命盛り付けてくれたからだと分かる。
「こんなに? もう食べられないわよ」
「なに、二人で分けたら、ちょうどいい量だろ」
 そう言って、2本持っていたパフェ用のスプーンの片方をアリスへ渡すゴーランド。そういう事なら、とアリスはパフェに手を伸ばした。
「……元気、出たみたいだな」
「え……うん。そうね、ゴーランドと一緒にいたら、すっかり吹き飛んじゃったみたい。ありがとう」
 ぽつりと呟いたゴーランドは、やはりアリスへ気を遣ってくれていたのだ。アリスが微笑むと、そりゃ良かったとゴーランドも笑う。
「あんたはそうやって、元気よくやってるのが一番いい」
「そう?」
「ああ」
 そうしているのが、あんたには一番似合うと、ゴーランドはスプーンの端をくわえながら言う。
「この世界はあんたにとって大変なことも多いかもしれないが……楽しいこともたくさんあるはずだ。これに懲りずに、また色々なことを楽しんでくれよ」
「そうね……ええ、分かってる」
 ハチャメチャな事がたくさんある世界だけれど、そんなこの世界がアリスは嫌いじゃ、ない。
「もし何かあったら、いつでも俺に相談しろよ。嫌な事があればいつだってこうしてまた付き合うし、悲しい事があったら慰めてやる。もちろん、何かあった時に、すぐ駆けつけてやれれば一番なんだが」
 なかなかそうもいかないからな……と、呟くゴーランドは、どこか少し悔しそうで。アリスは思わず笑ってしまう。
「な、なんだ?」
「ううん。ただちょっと……ゴーランド、まるで過保護な父親みたいよ?」
「ち、父親……」
 くすくす笑うアリスの様子に、ゴーランドが苦い顔をしているのは、おそらく年のことを気にしてだろう。ゴーランドがボリスに「おっさん」呼ばわりされているのをちょっとだけ気にしていることを、アリスは知っている。
「あら、褒めているのよ? ゴーランドってとても優しくって、頼もしいんだもの」
「そ、そうか……それで父親、ねえ……」
 頭をかいたゴーランドは、そういや、とアリスを見る。
「……あんたの父親って、どんな奴だったんだ?」
「え? 仕事熱心で……家を空けている事も多かったけど、私達が生活で不自由しないようにしてくれて、いい父だったわ。それに……母だけを、とても愛していて……ちょっと憧れるわね、そういうの」
「ふーん……。でもあまり会えないじゃ寂しかっただろう? 俺だったらいつだって甘えていいぞ」
 懐かしむように語るアリスの言葉を聴いたゴーランドは、身を乗り出してニッと笑った。アリスが元の世界とは違うこの世界にいて、家族に会えないことを気遣ってくれたのかもしれない。父親の代わりに、いつだって甘えさせてやるぞ……と。
「ふふふ。じゃあ何かあったら、ゴーランドのところへ甘えにいくわね」
 だからアリスも、そうにっこり笑って返す。
 本当にゴーランドは優しい。ついついゴーランドの言うまま、際限なく甘えすぎてしまいそうだ。
「ああ。来いよ、何かあったら、いつでも。何もなくても、いつだって来ていいからな」

 食事を終えて、アリスを部屋まで送り届けたゴーランドは、彼女との会話の余韻を口元に浮かべたまま仕事に戻る。
 アリスが放っておけなくて、ついつい一緒に過ごしてしまったが、今夜は貴重な休園時間。仕事はいくらでもあるのだ。
「父親……か」
 浮かんでいた笑みが苦くなる。父親のようだと言われるのは複雑だ。アリスは、きっと自分をひとりの男としては意識していない。
 だが……少女というものは、父親に似た男か、父親にまったく無いものを求めて、恋をするものだという。
 そうなのだとしたら、アリスは?
 誰に、何を求めて恋をする?
「……ま、父親ってのも悪くねぇか」
 そのポジションは、きっと他の誰にも取って代われない、自分だけのものだから。

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2011/10/27  ゴーランド。初めて書きました。あああこういう感じでいいんでしょうか……。
 ゴーランドの強みは、そのまま遊園地のオーナーであることと、父親に近いポジションであること、だと思っています。アリスは絶対、他の人相手じゃ「ふたりでひとつのパフェを一緒に」なんてやらないと思うんですよね(笑)