ペーター=ホワイト〜たとえ彼女が僕を嫌いでも〜


「アリス! 奇遇ですね、こんな所で会うだなんて!」
「わ!?」
 森を歩いていたアリスは、そう言うなり顔を輝かせて駆け寄ってきたペーターに抱きつかれた。
 ぎゅううう、と苦しくなるほどにきつく抱きしめられる……その傍らで、じゃきっ、と撃鉄の音が鳴る。
「てめぇ……アリスから離れやがれ!」
「エリオット!? 撃たないでよ!?」
 こんな至近距離で銃をぶっ放されては、耳がおかしくなってしまう。そんなのはご免だ。
「ああ……アリス、そんなにも僕のことを心配してくださるなんて……僕は幸せ者のウサギです。
ですが、この程度の相手、どうという事はありません。心配には及びませんよ」
「ああ? ――試してやろうか?」
 違う、とアリス本人が否定するよりも早く、エリオットの剣呑な声が響いた。
「大丈夫ですよ、その前に僕があなたを殺して差し上げますから。――エリオット=マーチ」
 ペーターが鎖を手繰り寄せ、懐中時計を掴んだ瞬間、それが銃に姿を変える。もう片方の腕で、相変わらずアリスを抱きしめたまま。それを至近距離で睨み続けるエリオット。
 一触即発。これ以上にこの言葉が相応しい状況があるだろうか。
「止めてったら……ああもう、止めなさい! 2人とも銃を下ろすのっ! でないと嫌いになるわよ!? 二度と口を利いてやらないんだから!」
「! それは……困ります……」
 アリスの叫びに、まず反応したのはペーターだ。この上なくショックを受けた表情で、渋々といった様子ながらも銃を下ろす。その隙に、アリスはようやくペーターの腕から逃げ出した。
「エリオットも。撃つのは止めて頂戴。……そういうのは、嫌」
「…………くそっ」
 そうして今度はエリオットの目を見つめて頼み込む。
 じーっと、じーっと。
 アリスに見上げられたエリオットは、とても苦々しい顔をして、本当に本当に仕方なくといった様子で、銃を下ろした。
「……行くぞ、アリス」
 大きく溜息をつきながら、エリオットはアリスの手を掴んだ。その目はなお、ペーターを睨みつけたままだ。一方のペーターはエリオットなんてまるで存在していないかのように、ただアリスのことだけをじっと、静かに見つめている。
 それ以上、何を言うわけでもないし、何をするでもない。
 ただただアリスだけを見つめてくる目が……少しだけ、怖い。

「……邪魔するなら、今度こそ容赦しねぇ」
「……しませんよ。そんな事をしたら、アリスに嫌われてしまいますから」
 エリオットの威嚇を、ペーターは笑顔で受け流した。
 まるで犬のよう。反対の手に持っているバスケットには、おそらくアリスが作ったお弁当が入っているのだろう。他のウサギ、それも己がウサギであることを認めないような奇怪なウサギなど気に食わないが、アリスに決して荷物を持たせない点だけは評価できる。
「ペーター……」
 アリスは、こんな状況だというのに少し申し訳なさそうな顔をして、ペーターのことを振り返る。
 その優しさだけで、十分すぎる。
「いいんですよ。アリス、でも次は、僕とも遊んでくださいね?」
 エリオットが何かを吼えたような気がしたが、やかましい騒音になど興味は無い。
 ペーターはただ、アリスの背中が見えなくなるまでずっと、にこやかに笑って手を振り続ける。
 アリスの影すら見えなくなって……世界は急に静かになった。
 あんなにも鮮やかだった緑の色も、美しかった鳥のさえずりも。アリスが一緒にいる時になら、いつだって感じられるものが、今のペーターには響かない。

 ――でも、それでいい。
(僕はアリスを愛しています)
 それは彼女が自分の時間を愛してくれていたから。
 彼女がこの世界に残り続けるという事は、その愛した時間を、忘れるということ。
 アリスにもっと愛されたいのに、愛されない。彼女は帽子屋屋敷という名の籠に住み着き、そこにいる自分ではないウサギに恋をした。
 異国の地に墜落した鳥は、翼の傷が癒えても飛び立たない。何故ならそこに、執着があるから。
 誰よりも何よりも自由な鳥は、決して自分を愛し返してはくれない。それどころか決して、よく思われているわけでも無い事を、ペーターはよく承知している。
 それでも……たとえ彼女が自分を嫌っていたとしても、それで構わない。彼女が自分を嫌うことによって、他の誰かと絆を深め――その、より強固になっていく鎖で、この世界へ永遠に縛られてくれるのならば。
 この、よく分からない胸の痛みが強まれば強まるほど、アリスは元の世界から遠ざかる。

 アリスが自分を愛してくれなくてもいい。ただ、この同じ世界に留まっていてくれるのなら、それだけで。その為に、自分はあらゆる手を尽くす。その度にその度に、胸が激痛に苛まれたとしても。
 ――この痛みが、アリスへの愛の重み。

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2011/10/27  ペーターと、それ以外のキャラクターとには、とても大きな隔たりがあると思うんです。それが、これ。この特異点こそが、ある意味でペーターの切り札になるのかな、と。
 こうして書くと、とても可哀想なポジションだけど、それを可哀想とではなく、幸せだと感じられるのは、ペーターだからこそですね。
 相手キャラをエリオットにしたのは、エリオットの非滞在恋愛イベント(ハートの国/アニバーサリーVer)に出てくるペーターは、どんな気持ちでエリオットにアリスを託したんだろう……というところから膨らませたショートストーリーだったりするからです。せつない。