ビバルディ〜イノセント〜


 賑やかなメロディに溢れる遊園地。時間帯が変わり、次のシフトに入る同僚と交代したアリスは、自室に戻ろうと園内を歩いていた。
(あら? あれは……)
 多くの人で賑わう遊園地。その中に、アリスはふと、見知った姿を見つける。
 だが……あの人がこんな所にいるだなんて。
(まさか、ね)
 見間違いに違いないと思いながらも、もしかして、もしかしたらと考えてしまう。ハッキリ確かめてしまおう……と、そうその人影へ近付いていくと……。
「おお、アリスではないか!」
「!? 本当にビバルディ!?」
 アリスに気付いた相手の方から先に声がかかった。いつものドレスではなく、動きやすそうな軽装に身を包んでこそいるものの、それは紛れもなくビバルディだった。
「どうして遊園地に?」
「城にいるのがつまらぬから遊びに来たのじゃ。どうせならアリス、お前のいる遊園地にしようと思ってな。会えてよかったよ」
「うん、私も。……そういえば久しぶりね。最近あまり遊びに行けなかったし」
「忙しかったのか?」
「新しいアトラクションの準備があって」
「そうか……だが、楽しいなら何よりじゃ」
 忙しいものの、仕事の内容はとても充実していて、楽しい。それが顔にも出ていたのか、ビバルディはふふふ、と目を細めて笑っている。
「それより。アリス、今時間が空いているようなら、わらわに遊園地を案内しておくれ。もちろん、あの男には気付かれぬようにじゃ」
 あの男、とはゴーランドのことだろう。仮にもビバルディは、この遊園地と敵対するハートの国の女王。そこまで険悪な関係ではないとはいえ、知られずに回れるならその方が良いのだろう。
「ふふ、いいわよ。さっき行った新しいアトラクションから回ってみない?」
「そうじゃな。おまえのお勧めなら、さぞ楽しかろう」

 アリスはビバルディの好きそうなアトラクションを選び、今ではすっかり頭に入ってしまった園内図を踏まえ、効率よく園内を巡っていった。様々なアトラクションで、たっぷりはしゃいで。帰る前に、良ければ一休みしていかないかと、アリスはビバルディを部屋に誘った。
「敵の領土ながら面白い場所じゃ。……我が領土にも、遊園地が欲しい」
「ええ?」
 アリスが淹れた紅茶を飲み、ビバルディは言う。最初は冗談かと思ったが、ビバルディは真顔だ。
「これを丸ごと領土に召し上げてしまいたいくらいじゃ」
「それは難しいと思うわよ……」
 領土争いをしている勢力のひとつ、遊園地の本拠地でもある遊園地そのものをビバルディのものにするなど、さすがにゴーランドが黙っていないだろう。本気でやろうとしたら、とんでもなく血なまぐさい事になるに違いない。
「……わらわの欲しいものは、いつだって手に入らぬ」
 小さく溜息と共に、吐き出される呟き。切ない響きの独り言のような一言に、どう反応しようか、アリスが逡巡していると。
「つまらぬ。……わらわのものにならぬのならば、いっそ壊してしまおうか」
 今度はいつもの声色でビバルディはそう紡いだ。
 まさか、とは思うものの。ビバルディなら本気でやりかねないところがあるから困る。
「それは困るわ。そんなことをしたら、私のこの部屋も無くなっちゃう」
 慌ててビバルディを止めるアリス。滞在先が無くなってしまったら、とても困ると付け加えるアリスに、ビバルディは悠然と微笑む。
「なら、わらわの城に来れば良いではないか」
「そういう問題じゃないの。私は、ここが好きなんだから」
 ハートの城が嫌いなわけじゃない。でも、アリスが一番好きなのは、愛着を持っているのは、ここ遊園地なのだ。
「まったく、つれない奴じゃな……。まあ、そこまで言うのなら、お前に免じて遊園地を壊すのは止めてやろう。……そのかわり、もっとわらわの所へ遊びに来ておくれ。わらわが退屈になって、またそんなことを考えずに済むように。わらわの元に来て、楽しませておくれ」
「ビバルディったら……」
 満面の笑みを浮かべるビバルディに、アリスは本当に仕方ない人ねと笑って頷く。
 ビバルディは、やっぱり女王様だ。でも大切な友人でもある。城で退屈しているビバルディが、アリスの訪問を楽しみにしていると言うのなら、もうちょっと遊びに行く機会を増やすのもいいなとアリスは思う。だって、こんなにも自分が来るのを楽しみにしてくれているのだから。
「約束じゃぞ。では、わらわは帰るとしよう。そろそろ帰ってやらぬとホワイトがうるさいからな」
「あははは。じゃあまたね、ビバルディ!」
 遊園地の入口まで見送ってくれたアリスに手を振り、ビバルディは城への道を歩む。
 ――そう、もっと楽しませて欲しい。どれだけ誘ってもなびかず、決してビバルディの手の内には入ろうとしないアリス。自分の物にならないそこが、何よりも愛らしい女の子。
 その絶妙な距離感を保ったまま、わらわのそばに、いておくれ。
 いつもの退屈などすっかり忘れてしまったビバルディは、ただただ笑みながら悠然と歩き続けた。

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2011/10/27  ビバルディの残酷さとは、つねづね「無邪気な子供特有の残酷さ」に似通ったものだと思っているので、そんな雰囲気で書いてみました。イノセント=純粋、の意です。
 今回は遊園地を舞台にしましたが、遊園地で遊ぶシーン自体は結局あんまり書けなかったのが残念。遊園地の話は、いつかまたそのうち書きたいな。