ブラッド=デュプレ〜狙った獲物は逃がさない〜


「ところでお嬢さん。良ければ1つ、頼まれごとをしてくれないか?」
 帽子屋屋敷を訪れたアリスは、ブラッドの茶会に招かれていた。
 茶会といっても同席者はアリスとブラッドの2人だけ。ブラッドが最近手に入れた紅茶を試飲するというので、それに同席している最中のこと。
 不意に何か思いついたような様子で、そうブラッドはアリスへ持ちかけた。
「頼み? 厄介事はご免よ?」
「なに、そう大したことでは無い。ただ、たまに君が選んだ紅茶を飲んでみたいと思ってね」
「……は?」
「紅茶だよ。茶会の場所がここなのだから当然といえば当然だが、君と飲む紅茶はいつも私が選んだ茶葉ばかりじゃないか。たまに、君が選んだ茶葉で茶会を開いてみたいと思ってね。君が一体どんな茶葉をチョイスするのかにも興味がある」
 薄く笑うブラッドの様子に、ああなるほどとアリスは納得がいった。
 この男はきっと暇なのだ。そして自らが選びに選び抜いた茶葉であっても、代わり映えしない味の紅茶を囲んでの茶会に、少し飽きを感じているのだろう。たまには、面白い紅茶を飲んでみたい。そこでアリスに白羽の矢が立てられた。
「嫌よ。こう言っちゃなんだけど、ブラッドよりも上手く茶葉を選ぶ自信は無いし……」
「そうではないよお嬢さん。私はお嬢さんの選ぶ紅茶が飲みたいんだ。お嬢さんはクローバーの塔で働いているから街の店には詳しいだろうし、紅茶について私とは違った情報源も持っているだろう。それに、私とは違った目線からチョイスした茶葉は、新鮮さをもたらしてくれるはずだ。普段の私ならあまり選ばないような味も楽しめるかもしれない。それが、私は楽しみなんだ」
 そうアリスへ語りかけるブラッドだが、その……あまり期待されても、困る。
 どう考えてもブラッドの期待に応えられるような気がしなくて渋るアリスだが、ブラッドはそのたびに何度も首を振り、強く強くアリスの選んだ茶葉を次は持ってきて欲しいと求める。
 そこまで頼まれてしまうと、アリスとしても断りづらい。こうして、数え切れないほど何度もお茶会に訪れている身としては、たまには手土産くらい持ってくるべきだろうとも思うし……。
「はあ……わかったわ。そこまで言うなら……。でも、本当に期待しないで頂戴。あまり期待されると、困ってしまうわ」
「お嬢さんの紅茶ならば、そんなことは無いと思うが……まあ、そういう事にしておこうか」
 そうして小さく喉を鳴らし、ブラッドはアリスの方を見つめる。
(……全然……思いっきり期待してるじゃないの……)
 溜息をつきたくなるが、仕方ない。何をどう言ってもブラッドは引きそうに無い。
 アリスが実際に茶葉を選んで持ってきて、それに失望されるような事になったとしても、そうなればもう二度とブラッドはアリスに茶葉を頼んだりはしないだろう。それなら、それはそれで……と、思う。
「……ま、次に来るまでに何か探しておくわ。それじゃあ、私はそろそろ……」
 アリスは空を見ると立ち上がった。ゆるゆると帳が下りるように変わっていく時間帯。
 仕事の時間だ、そろそろ塔へ帰らなければ。
「ご馳走様、今日の紅茶とお菓子も美味しかったわ」
「どういたしまして。次にお嬢さんが来るのを楽しみにしているよ」
 ブラッドの言葉に「結局期待しているんじゃないの……」と思いつつも、まあ引き受けたからにはいい物を見つけてあげなくちゃね、と、思案しつつ、アリスは引き上げていく。
「………………」
 そんなアリスの姿を、ブラッドは無言で見送った。
 彼女の姿が完全に見えなくなったあと、ようやく残った最後の紅茶をカップへ注ぎ、口をつける。
 ――口ではあれこれ言いながらも、きっと引き受けてくれると思ったよ、お嬢さん。
 ブラッドの口元へ浮かぶ笑み。
 あれだけ責任感の強いアリスのことだ。こうして持ちかければ、きっと引き受けるだろうと思っていた。引き受けたからには、アリスは至極真面目に、その目的を果たそうとするだろう。
 ブラッドのために選んだ紅茶を持って、ブラッドの元へ、彼女は再びやって来る。
 彼女のことだから、おそらく色々な人に話を聞いて回り、色々な店を巡って紅茶を探そうとするだろう。ブラッドは、ありありと思い浮かぶそんなアリスの姿に、思わず笑みを漏らした。

 仕事の合間の休憩時間を、そのための紅茶探しに費やせば費やすほど、アリスが他の者達と過ごす時間は減っていく。――ブラッドのことだけを考え、紅茶を捜し求める時間と引き換えにして。
 次は何をせがもうか。彼女の選んだ紅茶が気に入ったから、また違うものをと持ちかけてみるのもいいだろう。あるいはオレンジ色の茶菓子には飽いたから、次は何か手土産が欲しいと要求してみてもいいかもしれない。茶器の類を、尋ねてみる手もある。
 方法は、いくらでもある。
 彼女はきっと、拒絶しない。拒絶しきれず、ブラッドの求めに応じてくれるはずだ。その程度の手ごたえならば感じている。

 もともとアドバンテージに欠けたゲームなのだ。このくらいしなければ、手に入らない。
 ――もちろん、狙った獲物を逃すつもりなんて無いがね。
 うっすら微笑み、ブラッドはティーカップを傾けた。

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2011/10/27  今回、一番最初に思いついたのが、このブラッド編でした。
 非滞在のとき、いかにアリスを滞在地ではなく、自分のいる帽子屋屋敷へ引き寄せるか。約束なんて大嫌いなタイプだと思うんですが、その約束でアリスを縛りつける。アリスの持つ責任感の強さすら、ブラッドにとっては切れるカードのひとつでしかない。そんなイメージ。