インペリアル・カジノ 13



「……ガキが。付き合ってられるか」
「えー? 酷いなぁトカゲさん」
 吐き捨てるようなグレイにめげず、軽い口調で嘆くエース。その間も2人は刃の応酬を繰り返している。
「大体お前、帽子屋と争ってたんじゃないのか」
「んー? まあ細かいことは別にいいじゃないか。女王陛下に命令された仕事は、一応ちゃんと終わらせてきたしね」
(そういえば、さっき双子は倒してきたって……)
 双子とは、間違いなくディーとダムのことだろう。2人が敵にしてやられるだなんて信じにくいが、相手がエースなら有り得るかもしれない、とも思ってしまう。
 あの2人のことだから、滅多な事はそうそう無いだろうとは思いたいが……。
(……酷い怪我、していないかしら)
 銃弾飛び交う部屋の中で心配するのも今更かもしれないが、ちょっと心配になってしまう。
「気になる?」
「え? ……うん」
 そんなアリスの顔をピアスが覗き込んでくる。どうやら顔や態度に出てしまっていたらしい。心配そうにしているピアスへ頷き返すと、じゃあ、とピアスはアリスの腕を掴んだ。
「見に行こう、そうしようよアリス。あの二人に会うのはあんまり気が進まないけど……でも、ボス達のところに戻れば、きっと二人のことも詳しく分かるよ。だから戻ろう? ねっねっアリス!」
 善は急げとばかりに走り出そうとするピアス。
 そういえば、ピアスはアリスを連れて戻ろうとしていたのだ。ちょっと待って、と止めようとしてもピアスの力は思った以上に強い。しっかりと腕を握られて、引きずられるような格好になってしまう。
「ピアス」
 それを押し留めたのはナイトメアだった。後ろにいたはずなのに、いつの間にか先回りしてピアスの前に立ちはだかる。
「駄目だ」
「……うー……」
 ピアスはまた、先程のように困ったような顔をして唸る。
 どうもピアスはナイトメアには弱いらしい。意外な人間関係だ。一体2人はどういう関係なのだろう?
 こんな状況下だというのに、思わずアリスが首をかしげてしまった時だった。

 ガンッ!

「うわあぁぁ!?」
「そこの汚らわしいネズミ! アリスから離れなさいっ!」
 飛んできた弾丸がピアスをかすめていく。途端に聞こえてきたのはペーターの怒声だ。銃撃戦を継続しながらも、アリスの方を気にしていたらしい。
 ペーターは、ウサギだからなのか非常に潔癖だ。それに対してピアスはネズミ。そんなピアスがアリスの手を掴んでいるのが、逆鱗に触れてしまったらしい。
「……殺して差し上げましょう」
「わ!? わわっ、わわわわ!?」
 ペーターの弾が次々と襲い掛かり、ピアスは慌てて逃げ惑う。
 ちょこまか、ちょこまか。幸いにも一発も当たってはいないようだが、その顔はすっかり蒼白だ。
「ピアス!? お前ら、もっと撃ちまくれ! 弾丸ありったけ込めやがれ!」
 それを見たエリオットが周囲の部下へ檄を飛ばせば、銃撃戦は更に激しくなってしまう。
「お、おまえらっ! 私も巻き込むつもりかーっ!?」
 流れ弾はナイトメアにも向かい、ピアス以上に真っ青になったナイトメアが床へ転がる。
 げほげほ咳き込み始めたところを見ると、どうやら吐血しているっぽいが、助けに行くにも弾丸の雨がこうも酷くては、近寄りようが無い。
「ちょっ……! みんな、やめなさいってば! 会合期間中は争わないルールじゃなかったのっ!?」
 なんとか止めようとするものの、その叫びも届いているかどうか。ペーターあたりはにっこり微笑み返して口をなにやら動かしていたが、銃を撃つのを止めないところを見るに、「あくまでも心がけるというだけですから」とでも言っているのかもしれない。
「一度こうなっちゃったら、もうどうしようもないよ、アリス」
 やれやれといった口調で、諭すように言うのはボリスだ。この周囲の状況を器用にすり抜けてきたらしく、いつの間にか隣に立っている。
「……やっぱり?」
 そんな気はしていた。
 しかし、それでも……これ以上、酷いことにはなって欲しくない。
「あんたって、本当に真面目だよね。でもさ、そこまで責任持つ必要ないんじゃない? それより離れた方がいいって。こう言っちゃなんだけど、あんたがいない方がみんな落ち着くかもしれないし」
「で、でも……」
「現にさっき、宰相さんはあんたとピアスが一緒にいるのを見て、態度を激化させてたでしょ?」
「う、うん……それは、まあ……」
 確かに、それはその通りだ。
 ボリスの話を聞いていると、なるほど、それも一理あるかもしれないという気がしてきてしまう。
「んじゃ、こっち。こっち通ればすぐ出れるからさ」
 黙りこんだアリスを見て、ボリスは優しくアリスの手を掴むと、後は一気に引っ張っていった。アリスがいざというときに、理由をつけられるように。ボリスに無理矢理引っ張られていたから仕方なく、この場を立ち去ったのだと言えるように……してくれる。
「はい到着」
「う、うん……」
 部屋から出ると、廊下には相当な野次馬が集まっていた。それをかき分けるようにして塔の職員達が集まってくる。武装した面々も多い。
「アリスさん、無事でしたか」
「ナイトメア様達は」
「ま、まだ中に……」
 集まってきた見知った顔に、アリスは申し訳なさそうに言うしかない。そうだ、あれだけ自分を心配してくれた、二人を置いて先に出てきてしまったのだから……。
「そうですか。まあ、ナイトメア様達なら大丈夫ですよ」
「そうそう。じゃあグレイ様が中にいる場合のパターンで突入しましょう」
 しかし同僚たちは、けろりとしたものだ。テキパキ打ち合わせを済ませると、大型の銃を構え、それを打ち込みながら突入していく。
「え? ……え!?」
「あー、アリスってもしかして、塔の人達が鎮圧作戦するところ、見るのって初めて?」
「う、うん……鎮圧作戦?」
 なんだその物騒な単語は。
 思わずボリスを振り返ると、ボリスはアリスに教えられることがあるのが嬉しいのか、薄く笑みを浮かべながら説明し始める。
「アリス、ここは塔だよ? 少し前に『会合期間中は争わない』なんてルールができたけど、その前は一体どんな状況だったと思う?」
「それは……今みたいないざこざが、しょっちゅう起こってる……感じ?」
「うん、まあ。で、それを解決するのは、塔の人達の仕事になるわけだ。だから塔の人達って手馴れたもんだよ。多分今だってトカゲさんに普段から鍛えられてるだろうし」
 最近はこんな騒ぎは減ったけど、今でもやっぱりその手腕は健在だね、なんて感心した様子で、ボリスは室内を眺めている。
 確かに、最初こそ物凄い物音がしたものの、次第にそれは収まり始めている。銃撃戦もすっかり止んできたようだ。
(………し、知らなかった)
 同僚達が、こんなすごいスキルを持っているだなんて。
 てっきり事務仕事ばかりで、荒事なんてからっきしな人達だと思っていたのに……。
 彼らへの見る目が、少し変わった気がするアリスだった。

 結局、あのまま各陣営共に引き上げることになり、ブラッドの催しはお開きになってしまった。優勝者もなにもかもすべてがうやむやのまま終わり、当然ながら賞品であるアリスも、誰にも授与されないままである。
「……だから、別に休暇は無くていいんだけど……」
「いや、それとこれとは別の話だ。休暇は休暇なのだから、ゆっくりするといい」
 それでもアリスには予定通り、20時間帯もの超長期休暇が与えられた。理由はどうあれ約束は約束だから、というのがナイトメアの談である。グレイもそれに同調し、アリスは塔に滞在したままその休暇を過ごす事になった。
 とはいえ、こんなに休みを貰っても、正直アリスには時間の使い道が思いつかない。とりあえず読みたかった本を何冊か読んでみたものの、すぐに時間を持て余してしまう。
 結局何もする事がなく、アリスはナイトメアの執務室に顔を出した。
「暇……暇だわ……」
「ふーむ。ならアリス、別荘にでも遊びに行ってみるか?」
 ソファから仕事をするナイトメアを眺めつつ(見張っているとも言う)、溜息をついたアリスに、顔を上げたナイトメアがそう答えた。
「別荘? そんな物があるの?」
「勿論だとも。私はとても偉いんだからな! 別荘の1つや2つや3つくらい……」
「それはいいアイディアかもしれません……が、ナイトメア様にバカンスを過ごす暇はありませんからね? 仕事が溜まってるんです。別荘で遊んでいる暇は無いですよ」
 初耳だと驚くアリスに、ナイトメアは胸を張って自慢気になる。そこへ、入ってきたグレイは、釘を刺すのを忘れない。こんな事をナイトメアが言い出したからには、ナイトメアも一緒に遊びに出かけると主張し、うまい具合に仕事をサボろうとすると予測したのだろう。
 その一言に「うぐっ!」と呻いている辺り、どうやら図星だったらしい。
「し、しかしグレイ。アリスも一人では寂しいだろう? 一人でバカンスなどしてもつまらないに決まっている。そうだ、それなら仕事を持って別荘へ出かければいい! アリスが別荘や周辺を散策している間に私達は仕事をし、食事や休憩時間は一緒に過ごせばいいんだ。多少の時間であったとしても、一人きりよりは格段にいいはずだ! 部下達も一緒に連れて行けば仕事で困る事も無い! そうだろうグレイ!?」
 名案だとばかりに目を輝かせてグレイを振り返るナイトメアだが……。
 ……それって、今と状況的にはほとんど何も変わってないわよね。
 場所が塔か、別荘かの違いくらいしか……。
「いいや違う、違うぞアリス! その場所というのが重要なんだ! いつもと違う場所に出かけるのは、それだけでバカンス気分を楽しめるだろう? 塔で暇を持て余しているくらいなら、別荘でいつもと違う気分を味わう方が楽しいじゃないか。それに私だって、たまには気分を変えて仕事がしたい! あそこは景色が綺麗で、水も空気も食材も美味い。私の健康にとってもプラスになってくれるはずだ。健康かつ新鮮な環境なら、仕事だってはかどるに違いないじゃないかっっ!」
「……って言ってるけど……」
 力説するナイトメアだが、あまりに本音が見え透いている。どうしたものか、ここはグレイの意見を聞くべきだろうと、アリスはそちらを振り返った。
「……まあ、確かに環境がいいことは間違いないが……。ナイトメア様、本当にちゃんと仕事はしてくださるんですね?」
「勿論だっ!」
 力強く言い返すナイトメアに、アリスとグレイは不安を感じずにはいられないが……。
 このままでは別荘に行きたい行きたい行きたい! と騒ぎまくって別の意味で仕事が進まないと判断したグレイによって、アリスの残り休暇である15時間帯ほど別荘へ滞在する事が決まり、早速支度を整えたアリス達は、その場所へと出かける事になった。

「……確かにいい場所よね、ここ」
「そうだろう、そうだろう」
 率直な感想を漏らすと、ナイトメアはしてやったりといった顔で満足げに頷いた。
 別荘の周囲を一回り散策してきたアリスは、ナイトメアたちと庭でテーブルを囲んでいた。ナイトメアの方は到着後、約束通り真面目に書類仕事をこなしていたらしく、アリスの戻りにあわせて休憩時間を取る許可が出たのだ。
 テーブルに置かれているのは珈琲と、スコーンが9個詰まったギフトボックス。例のカジノの真っ最中に、ナイトメアが奢ってくれると約束してくれたものだ。いつの間にやら調達してくれていたらしい。
 とはいえ、1人で9個なんて食べきれないので、全種類をちょっとずつ味見させて貰った後、残りはみんなで分け合うことにした。
 クロテッドクリームを塗ったスコーンを食べていると、やはり思い出してしまうのはカジノの事だ。あれは本当に散々な結果で終わってしまった。特に主催だったブラッドや帽子屋の面々は、たまったものではなかっただろう。
「アリス、それは違う」
「へ?」
 そんなことを考えていると、ナイトメアが首を振った。
「違うって……ブラッド達のこと? 自分達が企画したイベントが丸潰れになってしまったんだから、たまったものじゃないと思うんだけど……」
「そんな事は無いさ。それどころか帽子屋は、さぞ笑いが止まらないことだろう」
「え?」
 笑いが……止まらない?
 あの結果で?
 アリスはナイトメアの言っている意味が分からず、ただ首を傾げるしかない。
「そうですね。そもそも最初から、帽子屋連中はこれを狙っていたんでしょう」
「ああ、今にして思えば、そうとしか考えられん。本当に食えん奴だな、帽子屋は」
 グレイは察しがついているらしく、苦々しい顔をしつつ珈琲をすすっている。ナイトメアはイチゴジャムの載ったスコーンをもぐもぐと飲み込むと、改めてひとつ、アリスに投げかけた。
「アリス。あの場で一番、誰が得をしたと思う?」
「得……?」
 みんな揃って散々な目に合っているような気がするのだが……誰か得をした人間がいただろうか?
「アリス、君はひとつ大切なことを忘れているよ。あれは『カジノ』だったじゃないか。参加者は全員、所持金をコインに変えて遊んでいた」
「……あっ!」
 あの騒ぎで、催しはお開き。場は、そのまま解散になってしまった。賭けたコインはそのまま――。
「そう。賭けの元締めは帽子屋だ。君に目がくらんで、大金を賭けまくっていた連中からたっぷりと巻き上げた帽子屋が、一番得をしたに決まっている」
 最初からそのつもりでアリスを巻き込み、最初からそのつもりで皆を煽り、ペーターが起こした騒ぎに好都合だと乗っかって部下をけしかけ、騒ぎを拡大させて――。
(あ、ありそう。ブラッドだったら、そういう手ぐらい平気でやりそうだわ……!)
 言われてみれば、物凄く納得できてしまう。ナイトメアやグレイも、ブラッドならそのくらいやりそうだと思っているからこそ、そう考えるに至ったのだろう。
 もちろん、真実はブラッドに聞かなければ分からないが、彼がこの件について口を割ることはきっと無いだろう。問い詰めたって、のらりくらりと話をうやむやにする姿が目に浮かぶ。
(ブ、ブラッド――なんて食えない男なの……っ!)
 アリスは溜息をつくと、紅茶味のスコーンにクロテッドクリームと薔薇のジャムを塗って口へ放り込んだ。まるで煮ても焼いても食べられない、あの男へ噛み付くかのように。



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2011/11/19  「クローバーの国のアリスは、なぜ会合期間中に他の陣営と絡む機会が無いのか」とか「クローバーの国のアリスは、なぜトランプで対戦するイベントがあるのに、それをクローズアップしたメインイベントやサブイベントは無いのか」とか思っているうちに色々思い浮かんできて、書き始めたものです。まさかこんなに長くなるとは……。ブラッドに始まりブラッドに終わる内容ですが、ブラアリというわけでもなく。みんな出てきてワイワイガヤガヤ、会合っぽさ出しつつ大騒ぎ!な感じに出来て、個人的には大変楽しかったです。