雨の国のアリス〜サンプル〜
ペーター
緑の揺籃〜ビバルディ
特別営業〜ゴーランド
聖域〜ボリス
無花果〜ジョーカー
ドミナスの案内人〜ピアス
万雷〜エリオット
閉ざされた暇潰し〜ブラッド
「ねがいごと」〜ディー&ダム
          〜ユリウス
青嵐〜グレイ
砂漠にひとかけらの水〜ナイトメア
虹の向こう〜エース

※ペーターにはタイトルがありません
※実際のタイトルにはルビがあります
※ユリウスは、実際にはタイトルがありますが、ここでは非公開とさせていただきます。



「! アリス……っ!」
 パシャパシャと水音を鳴らして駆け寄ってくる声。まさか、と思いつつ降り返れば、そこには確かに間違いなく、ペーターの姿があった。
「ああ、探しましたよアリス。あなたが、出かけていると聞いて……見つかって、良かった。本当に」
 息を切らして駆けてきたペーターは、呼吸の合間に途切れ途切れになりながらの声で言うと、顔をくしゃくしゃにしてしまう。
 それはまるで、迷子になった幼子がようやく親を見つけた時のよう――。今にも泣きそうなくらいの顔をしているくせに、でも心底ほっとしたという様子で、ペーターは笑った。
「大げさね。たかが雨じゃないの」
「ああ……あなたにとっては、雨は珍しくないんでしたね」

「傘、どこかで手に入れないと……」
「ああ、アリス、それでしたら安心してください。傘ならいくらでも城にありますよ。好きなものを使ってください。好きなだけあなたのものに、してしまって構いませんよ」
「……って、その城まで、一体どうやって帰るのよ」
 ペーターの手には、ペーターがここまで差してきた傘が一本。
 それだけしかない。
「なんだ、そんなことでしたか。そんなの二人でこの傘を使えばいいんですよ! 大丈夫です、この傘は大きいですから、二人で使っても濡れません!」
「………」
 人は、それを相合傘と呼ぶ。

(冒頭より)



「……ボリス」
「ん〜?」
 アリスが腰に両手を当てながら名前を呼ぶと、ボリスは片耳を上げるようにして、振り返った。
 ごろごろ……ごろごろ〜。
 気怠そうなボリスの体はソファの上。決して大きくないそのソファは、ボリスに占領されてしまっている。
 いつもの襟巻きを、クッションと枕のかわりに使いながら……ごろごろ、ごろごろ。
「……座れないんだけど」
 いきなりアリスの部屋へやってきて、こうしてソファを占領してしまったボリスのせいで、アリスはすっかり座る場所が無い。

「――大丈夫だよ。あんたが出かけるんなら、ちゃーんとドアを繋いであげるから、さ」
 アリスが濡れなくていいように、あちらとこちらを結びつけてあげる。
 そう、目を閉じたまま小さく囁くボリスの声。行きたいところがあるなら、ちゃんとドアを繋げてあげるよ、と、うっかりすれば聞き逃してしまいそうなくらい、小さな声でボリスは紡いだ。

(聖域〜ボリスより)



「まあ……ちょっとな」
 アリスの言葉に、ブラックさんは何か、考えるような素振りを見せていたが……不意に、手の中の無花果を見つめて。
 思いっきり齧りついた。
「……まだ、早いな」
 咀嚼しながら眉をひそめ、やがてブラックさんは呟いた。
「あら? 食べ頃っぽい物を選んだつもりだったんだけど……」
 そんなに苦々しい顔をするくらい、酷い味だったのだろうか。
 いくらジャム用とはいえ、そんな実で作っても美味しくないだろう。少し熟れるのを待ってから、作った方がいいかもしれない。
(毒見役になって貰っちゃったわね)
 熟れた美味しい無花果を期待していたのだとしたら、悪いことをしてしまった。でも、もともとアリスが落とした実を、勝手に拾って食べたのは向こう。そこはアリスに非は無い……と思う。
 とはいえ、実の状態を教えて貰ったことには、一応感謝しなければ。そう思って、軽くお礼を言うアリスだったが……。
「ああ――本当に見る目がねぇな、お前は。ほら、さっさと残りも拾って、どっか行っちまえ」

(無花果〜ジョーカーより)



「それでそれで? アリス、俺に一体どんな用?」
「あ、うん。これから帰る所なんだけど、急に霧みたいになってきて、視界が悪くなってきたから……道がこれで合っているのか、教えてもらえたらなー、って」
 改めて口にすると、なんだか情けない話だ。でもピアスは全然気にしていない様子で、「そっか、なら俺が送ってあげるよ!」といつものように明るい笑顔で言ってくれる。
「いいの? ピアスこそ用事だったんじゃ……?」
「大丈夫、俺の用事はもう、さっき終わったから問題ないよ。だからアリス、君のこと送ってあげる。だから安心して!」
 ほらっ、と差し出された右手がアリスの手を掴んで。そのままピアスは駆け出すように歩き出す。

「そういえばピアスの用事って、一体なんだったの?」
「俺? 俺はね、お仕事。ボスから、頼まれたことがあったんだ」
「……そう」
 ピアスの言う仕事は、おそらくマフィア絡みの仕事だろう。それを知っているアリスは、朗らかに笑うピアスのように、満面の笑みを浮かべることは出来なかったけれど……それでもせめて、「お疲れさま」とピアスをねぎらう。
「……えへへ、嬉しいな、嬉しいな。ありがとうアリス!」

(ドミナスの案内人〜ピアスより)



 ついつい脳裏に、嫌な想像ばかりが駆け巡る。落ちてきた雷が目の前に、いやアリス自身に落ちてきたら――。
 建物の中にいれば、雷は壁を伝って地面に流れていくから安全……なんて、昔どこかで聞いたことがある。だから、屋敷にさえ戻ってしまえば安心だろう。少しでも早く着くように、と小走りになるアリス――と、その視界にふと、人影が映る。
「あれは……エリオット!」
 遠くからでも分かる背の高い後姿と……くっきり目立つ、オレンジ色の傘。あんなに大柄で、こんな色の傘を差すような人物が、他にもいるとは考えにくい。
「ん? ああ、アリスじゃないか」
 振り返って笑みを浮かべたのは、やはりエリオットだった。
 足を止めて待ってくれる彼の元へ駆け寄って、並んで歩き出しながら、アリスは弾む息を整えて言った。
「奇遇ね。屋敷へ戻るところ?」
「おう。あんたも屋敷か?」
 そうよ、とアリスが頷いたところへ、またしても落ちてくる雷。
 エリオットは思わず、顔をしかめて空を見る。
「すっげーよな、この雷。雨ってだけでも鬱陶しいのに、こんなにやかましいと嫌になるぜ」

(万雷〜エリオットより)



「雨が降っても、ここはいつも通りね」
「外へ出る必要が無いからな。部屋にいるなら、雨が降っていてもいなくても、どちらでも同じだ」
 実に堂々とした引きこもり宣言に、アリスは思わず吹き出してしまう。確かに、こうして時計の修理に明け暮れていたら、外が晴れていようと、曇っていようと、雨だろうと何も関係ない。

「――上だ。鐘を鳴らしに行く」
「鐘? なんでわざわざ?」
 そんなアリスの様子を見てか、ユリウスは簡潔に目的を教えてくれた。外へ、向かうわけではないということは分かったが……、その答えに、また新たな疑問が浮かんでくる。
「ルールだからだ。特定の決まったタイミングで、あの鐘を鳴らさなければならない。それは、時計屋である私の役目で……今が、その時なんだ」
 だから行く、と解説するユリウスの言葉はとても、分かりやすい。それが一体何のために存在するルールなのかまでは分からないが……この世界にある、不思議なたくさんのルールは、アリスにとってはいつだってそうだから、特に気にならない。

(          〜ユリウスより)



 こんな感じで、キャラクター全員分の短編が掲載されていて、全体を通して大きな流れのお話がひとつ、という内容です。ペーターの話がプロローグ、エースの話がエピローグを兼ねています。
 ページ数は各話2〜4ページ。といっても4ページあるのはブラッドだけで、あとは2ページと3ページのキャラが半々くらい、という感じです。1人だけページ数多いとか流石ボス……。

 タイトルは色々遊んでいるので、「あ、これこういうことかな?」とかあれこれ想像しつつ楽しんでいただけるといいなあ、と。自分で一番気に入っているのは、ピアスの「ドミナスの案内人」です。

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