ウェディング・ベル〜サンプル〜
<プログラム>
プロローグ
act1.打ち合わせ
act2.会場手配
act3.招待状
〜幕間〜
act4.控え室
act5.挙式
エピローグ
君の抱えている荷物を、半分持ってあげたいから。
だから結婚しようぜ、と彼は言った。
「なあ、アリス。返事を聞かせてくれよ」
エースは何気ない仕草でアリスを覗き込んだ。軽々としたそれは、まるで今のアリスの気持ちとは正反対。答えたいのか、答えたくないのか。もうそれすらもアリスにはわからない。
(そりゃあ……まあ……)
そう言ってくれるエースを嬉しいと思う気持ちは確かにある。
それでもアリスは答えを、言い出せなかった。
今までは、こんな風に求められなかったから、あえて何も言わなくて済んでいた。曖昧なのは、とても楽なこと……それはアリスにとって、心地よい状態だったから。
(自分でも面倒な性格だとは思うけど)
言葉にして欲しい。でも自分はしたくない。
我侭で、ひねくれていて自分勝手。それが解るからこそアリスは、小さく溜息をつくしかなかった。
(プロローグより)
「ユリウスは決まりだとして、他に誰を呼ぶか……だよな」
いつもの座り慣れたソファに腰を下ろし、エースは考え込む。
「君は誰か呼びたい人、いる?」
「そうね……」
問われたものの、アリスが招待できる相手は多くない。だってアリスは「余所者」だから。
(父さん、姉さん、イーディス……呼びようが無いものね)
普通は家族からだろうが、アリスの境遇では現実的じゃない。
だから候補は絞られる。この世界へ来てから親しくなった人――。
「……ビバルディ、来てくれるかしら」
「え、よりにもよって陛下を呼ぶのか? わざわざ?」
ぽつりと漏れた声に、エースがあからさまに嫌そうな顔をする。
「えー、って……あんたの上司でもあるでしょうが」
勿論アリスにとってもそうだが、それ以上にまず大切な友人。結婚式に上司を招くのは当たり前のこと。アリスの友人でエースの上司だというのに、呼ばない理由なんてあるはずがない。
「君もどうかしてるよ。よりにもよって最初に陛下の名前を挙げるだなんて。まあ、ペーターさんじゃないだけマシだけど……」
「……呼ばないの?」
「え、もしかしてペーターさんまで呼ぶつもり?」
嫌だなぁ、と告げるエースの目は、とてつもなく剣呑だ。顔は笑っているのに、その目だけが笑っていない。
「……私にとってはペーターも普通に上司だし」
ハートの城の宰相様だ。アリスにとっては彼もまた、れっきとした上司のひとり。交流だって……十分過ぎるくらいにある。
(私をこの世界へ連れ込んだ張本人だもの)
まどろんでいた午後の庭から、アリスを連れてきたのは彼だ。
落ちて、落ちて――辿り着いたこの世界で、アリスは出逢った。
今こうして目の前にいる、赤い赤いハートの騎士に。
(最初のきっかけには、違いないわよね)
この世界へ来ていなければ、アリスの運命がこうなるだなんてことは、決してなかった。それだけは確かだから――。
(……祝福してくれるかどうかは、分からないけど)
それでも、アリスは彼を呼びたいと思ったのだ。
(act1.打ち合わせより)
「そうか……君が……」
上手く切り出せずにいるうちに、アリスの心の内を読み取ったらしいナイトメアが感慨深そうな瞳で、しみじみと呟き始める。
「……君が、するのか」
ナイトメアが口にした断片はグレイが推測へ至るに十分だったらしい。軽く目を見開き、驚いた様子でこぼしたグレイへ、アリスはぽつりぽつりと肯定を返す。
「あ、うん……そうなの。その……エースと……」
「騎士と……」
その名前を聞き、グレイの眉が微かに寄る。
(……よく絡まれているものね)
よりにもよって……なんて言葉がグレイの顔に浮かぶのがよく分かる。何かあれば、すぐ剣を抜いて斬りかかるような人と結婚するつもりだと聞き、アリスを案じてくれているのだろう。
「ふっ……くくく……」
「……何よ」
と、何かを堪えるようにナイトメアが笑い出す。
いきなり何だろう。アリスは疑問符を浮かべて見るが、ナイトメアはおかしそうに笑いながら、なんでもないと連呼するばかり。
今にも腹がよじれそうだといった様子で、盛大にお腹を抱えているというのに、だ。
「なんでもないとは思えないんだけど」
「いやあ、本当になんでも。だってなぁ……くくくくっ」
逆に気になってしまうアリスへ、ナイトメアは更に我慢しきれない笑みを漏らしている。
「――ナイトメア様」
そこへ、グレイが淡々と、冷ややかな口調を向けた。
(act2.会場手配より)
「アリス」
「な、なに?」
先に声をあげたのはペーターだった。じっとカードを見つめたまま、ただアリスの名だけを呼ぶ声に、身構えながら続きを待つ。
「〜〜〜〜本気なんですかっ!? エイプリルシーズンは、もう終わったんですよっ!? しかも相手はエースくんだなんて! あの×××騎士、よりにもよってアリスと……っ!」
「見苦しいぞ、ホワイト」
それにアリスが押されていると、ビバルディが顔をしかめる。
「なっ……アリスが、それもよりにもよってあのエース君と結婚するだなんて言うんですよ? これが落ち着いていられますか!」
「男のヒステリーなど、見苦しい以外の何でもあるまい」
ばっさばっさと薙ぎ払う音が聞こえそうなくらい、ビバルディはペーターを容赦なく切り捨てる。思わず押し黙ったペーターには視線もくれず、ビバルディは溜息混じりにアリスを見やった。
「お前もお前じゃ。ほんっっに男の趣味が悪い」
「ま、相手があれじゃあ苦労するかもしれないが、頑張れよ!」
「……そう、かしら?」
気合を入れるように、あるいは励ますように。ばん、と力強くアリスの背を叩くゴーランドだが、この比較的マトモで常識人の部類に入るであろうゴーランドにまで言われてしまうと、やはりこの結婚は、傍から見ても苦労しそうなのかと急に不安になる。
それが伝わったのか、ゴーランドは「あ、いや」と口ごもって。
「だって、なあ……騎士の奴、えらく嫉妬深そうだし。あんた、今までみたいに、あちこち遊びに出かけていたら、大変な目に合うんじゃないか?」
言いにくそうにしながらも口を開き、しみじみと同情の視線を向けてくるゴーランド。
今度は、それにアリスが、思わずまばたき、して。
「……嫉妬深い?」
「ああ。あんたがウチに来てた時だって、凄かったろ?」
「君が結婚する日が来るとは驚いた。結婚式など、だるくて仕方ないが……他でもないお嬢さんからのお誘いだ。ぜひ、出席させて貰うよ」
ブラッドは、いつも通りの口調だった。そこに完璧な笑みを浮かべて、にこやかにアリスへの祝福を紡いで快諾する。
「えーっ!?」
「ボスってば、大人しく納得しちゃうわけ!?」
「まったく、お前達……こういう時は、そうするものと決まっているだろう?」
やれやれと苦笑するブラッドの向こうで、ぶーぶー不満そうな双子達の声が交互にあがるが、ブラッドは意に介さない。
「気にしないでくれお嬢さん。……そうだ。当日は、君があっと驚くサプライズを用意してあげよう。楽しみにしていなさい」
(act3.招待状より)
このあと「幕間」の終わりくらいで、P数的にはちょうど半分。折り返して後半がact4以降となります。
ジョーカー以外のメインキャラは、act3までに一通り登場して、そのあと後半にも登場、という感じ。
ジョーカーの出番は、終盤にちょっとだけー、です。
プロローグとエピローグには、本当はサブタイトルがあるのですが、ちょっとネタバレになっているので、伏せます。読んでのお楽しみ〜です。
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