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2019/12/15 第10回ATEM東日本支部大会に参加して


ATEM(映像メディア英語教育学会)第10回東日本支部大会が早稲田大学(東京新宿)で開催され40名ほどが参集し、7本の発表が行われた。

会場となった3号館は正門入ってすぐ右手
早稲田大学を象徴する大隈像と大隈講堂に挟まれていた

趣のある旧来の校舎に 天蓋を被せた瀟洒なつくりは 温故知新を思わせる


この記事では、「文化と言語」と「再現性」、そして「コーパス」の3つをキーワードにレポートする。

もくじ
  1. 英語教育における 文化と言語
  2. 英語教育における 再現性とコーパス
  3. 発表プログラム
  4. 1 日本語と英語の視点の違い / ラブソングの表現(関口)
  5. 2 アプリによる客観的発音評価(スプリング)
  6. 3 5種類の素材でリスニングする90分授業(小林)
  7. 4 映画『グリーンマイル』と『ガン・ホー』(赤尾)
  8. 5 映像メディアと英語に見る英和辞書開発(山本)
  9. 6 映画と集合で解く英語の冠詞 a/the(藤枝)
  10. 7 映画で学ぶマルクス主義の影響(河野)
  11. 8 映画『メッセージ』に見る人生の選択(日影)
  12. まとめ
  13. 英語教育における再現性

..[↓] 1
 1 英語教育における 文化と言語もどる
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英語教育において、文化と言語は切り離せない。

もちろん、言語(文法と意味と運用)を取得する手段として文化的著作物を使っているに過ぎないとの議論があることは承知している。ピアノ教室の練習曲と同じだという考えである。

しかし、指の運びの絶妙さにとどまらず、楽譜に込められた作曲家の気持ちと演奏者の心が聴衆に感動を与えるように、自分の気持ちを相手に伝えるのが言語の役割であるとすれば、言語に込められた文化(思想と感情)への理解と、多くの体験を通した習熟が欠かせないと思う。

相撲で言う「心技体」であろう。

ちなみに、筆者が「文化と言語」と「コーパス」の研究会*1をATEMで開催しているのは、このような思想に根差したものである。


*1
映画映像とコーパスによる文化的英語教育研究会(Teaching Culture and English through Movie and Corpus)
 
..[↑][↓] 2
 2 英語教育における 再現性とコーパスもどる
もくじへ

科学研究においては、同じ条件であれば、同じことを誰が行っても同じ結果となることが大切であるとされている。

こうした「再現性」(reproductibity)が必要なのは科学研究にとどまらないと思っている。

特に教育においては「再現性」が問われる。一つは教授内容の再現性であり、もう一つは教授法の再現性であり、最後に生徒による再現性である。

  1. 教授内容の再現性
    • 一般普遍に通用する事実
  2. 教授法の再現性
    • 他の教員や教室でも実現可能な教え方
  3. 生徒による再現性
    • 記憶への定着と運用

従って、教育にかかわる学会の発表においても「再現性」は欠かせないと思う。少なくとも田淵は、自分の発表の必須要件として「再現性」を位置づけている。

なぜなら、先生方は自分の授業へヒント(再現性)を求めて発表を聞きに来るからである。

そしてオープン*1な「コーパス」*2が授業や学習での「再現性」を保証する。



*1
無料無登録で誰でも自由に使えるウェブサイトをオープン(開放系 open)と呼びならわしている。反意語はクローズド(閉鎖系 closed)。企業などに多い。
*2
あるジャンルの言語資源を収集したもの(データベース)を指してコーパス(corpus)と呼び、一般に目次検索や内部検索機能を備えている。その場合にはコンコーダンス(concordance)と呼ぶこともある。
また、言語に限らず、YouTubeやニュースサイト、さらには Wikipedia や Google Search などの検索サイトも、広い意味でのコーパスである。
 
..[↑][↓] 3
 3 発表プログラムもどる
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8つの発表が準備されていたが、インフルエンザの影響で1つがキャンセルされた。

  1. 日本語と英語の視点の違い?ラブソングの表現から見えてくるもの?
    • 関口美緒(筑波大学・メリーランド大学グローバルキャンパス)
    • ⇒見る
    •  
  2. マルチメディアツールによる客観的な発音評価:実践と実証
    • スプリング・ライアン(東北大学)
    • ⇒見る
    •  
  3. 一講義90分間にオーセンティックな素材から市販教材に触れる
    5段階式英語リスニング授業の実践
    • 小林敏彦(国立大学法人小樽商科大学)
    • ⇒見る
    •  
  4. 授業実践報告:映画活用アクティブラーニング――グリーンマイルガン・ホーを中心に――」
    • 赤尾千波(富山大学人文学部)
    • ⇒見る
    •  
  5. 映像メディア英語に見る英和辞書開発の課題
    • 山本五郎(法政大学)
    • ⇒見る
    •  
  6. 映画と集合で解く英語の冠詞
    • 藤枝善之(京都外国語大学・短期大学)
    • ⇒見る
    •  
  7. 19 世紀英国社会改良運動へのマルクス主義の影響を考察する〜マルクス・エンゲルス(2017 年)を通して
    • 河野弘美(京都外国語大学・短期大学)
    • ⇒見る
    •  
  8. 映画メッセージ(Arrival, 2016)に見る人生の選択
    • ⇒見る
    • 日影尚之(麗澤大学)
    •  


* レイアウト表記の都合で、ここから下の研究発表タイトル名は短縮見出しにしています。
 
..[↑][↓] 4
 4 1 日本語と英語の視点の違い / ラブソングの表現(関口)もどる
もくじへ
  • 日本語と英語の視点の違い?ラブソングの表現から見えてくるもの?
関口美緒(筑波大学・メリーランド大学グローバルキャンパス)

授業でアメリカの歌 "'Cause I love the way you call me, baby"(Ingrid Michelson)*1 や、メキシコの歌 "Te Quiero Corazon"(Mariachi)*2、そして日本の "ラブストーリーは突然に"(小田和正)*3、"島唄"(THE BOOM)*4 を一緒に歌いながら、英語での愛の表現に触れることを通して、言語表現(愛の表現)における日英の視点の違いを学ばせようとした実践報告であった。

授業は多国籍で、中国9人、韓国5人、台湾3人、ベトナム2人、フランス2人など合計25人からのアンケートが紹介された。

たとえば日本のラブソング "ラブストーリーは突然に" に対しては次のように分かれていた。
  • わかる > 13
  • なんとなくわかる > 12
  • わからない > 0

このあと発表では、"雪国"(川端康成)やイラストから受ける心象など、いろいろと続いたが、田淵としては、最初のラブソングのところの日英表現の具体的な比較と、それに対する各国生徒の意見などをもっと聞きたかった。

ところで興味深かったのは、中国の生徒9人の反応だった。
  • よくわかる > 5
  • 分かるが 自分とは違う > 2
  • なんとなくわかる > 2

日本の詩文は漢詩の影響が長く(千年以上)続いたことから、やはり中国文化との相性がいいのかもしれない。

再現性YouTube 動画で再現性が確保されている
文化と言語歌曲に見る愛の表現比べは親しみやすい
コーパスYouTube



*1
'Cause I love the way you call me, baby"(Ingrid Michelson)
⇒https://www.youtube.com/watch?v=_kvZpVMY89c
*2
"Te Quiero Corazon"(Mariachi)

*3
"ラブストーリーは突然に"(小田和正)

*4
"島唄"(THE BOOM)
⇒https://www.youtube.com/watch?v=NeNbLzkrozI
 
..[↑][↓] 5
 5 2 アプリによる客観的発音評価(スプリング)もどる
もくじへ
  • マルチメディアツールによる客観的な発音評価:実践と実証
スプリング・ライアン(東北大学)

生徒の英語音声をAIに聞き取らせて評価しようとの試みである。

AI は YouTube 搭載の自動文字起こし機能を活用。
評価は AI が聞き取った単語と生徒が読んだ文の単語の一致率。

ちなみに AI による自動文字起こしのことを発表者は ASR(Automatic Speech Recognition)と呼んでいた。

先行研究*1によれば、従来の書き起こしに比べ作業時間が40%低減されるという。
1分音声文字起こしに10分かかっていたものが 6分に短縮された *1

ただしこの6分はAIの作業時間であって、人手による修正確認作業は入っていない。


YouTube のクリエイターツールで公開されている字幕編集機能について、この先行研究には次のように記述されている
  • 利点
    • 時間が低減される
  • 限界
    • 誤認識や不用な語が含まれることがある
  • 用法
    • 自動書き起こし後に人手による確認・修正作業が必要

さて研究では、AIが聞き取れた発話の単語レベルの一致率評価(客観的)の妥当性・信用性を検証するために、英語母語話者4人による評価(主観的)も併せて行っている。その結果はとてもよく一致していた(相関係数 0.6)。
結果図を示しながら説明するスプリングさん

発表では、YouTube のクリエイターツールで字幕を自動生成する様子が実演されたことで、他の先生方も容易に使えることが実感できた。

近い将来、スピーチ評価を機械で行うことが一般的になると思われる。

ちなみに田淵は、自動翻訳機(Voijjar)*2 で採用している自動文字起こし機能を改造して、スピーチ訓練できるアプリを開発する予定である。このアプリでは、他人と比べて評価するための数値計算よりも、発音訓練の励みになる仕組みを考案中である。

再現性YouTube クリエイターツールで再現性が確保されている
文化と言語聞き取れる音声評価に焦点を絞っている
コーパスコーパスとしての YouTube を目的外の編集ツールとして利用

ピアノの練習曲と似ていて、運指訓練では忍耐力が試されるが、生徒が心を込めやすい歌や、がきれいな韻律を持つ名文(名演説やマザーグースのような韻文)から入ると面白いと思った。


*1
森口功造, 伊澤力 (川村インターナショナル), 中岩浩巳, 薄井智貴 (名大): 動画字幕の翻訳および制作における効率化の検証. 言語処理学会 第25回年次大会 発表論文集(2019_P7-14)
⇒https://www.anlp.jp/proceedings/annual_meeting/2019/pdf_dir/P7-14.pdf
*2
自動翻訳機(Voijjar)
⇒http://www.mintap.com/talkies/crn/voijjar.html

 
..[↑][↓] 6
 6 3 5種類の素材でリスニングする90分授業(小林)もどる
もくじへ
  • 一講義90分間にオーセンティックな素材から市販教材に触れる5段階式英語リスニング授業の実践
小林敏彦(国立大学法人小樽商科大学)

英語圏で生活したことがない日本の生徒が、英語を聞き取れるようになるための方策は毎年毎年たくさん出版される。正解のない課題のひとつである。

ビジネス英語に力を入れる発表者は、社会人になって耳にする機会の多い場面から5つを選んでいた。

  1. Music *1
  2. 映画 Movie
  3. ラジオ Media *2
  4. 講義
  5. 会話

発表者は最初の3つをスリーエム 3Mと呼んでいて、この順番で、一つのジャンルにつき15分ずつ計75分を、1回の授業でこなしているという。典型的なモジュール授業である。

発表後にお聞きした話を総合してポイントを挙げてみる
  • 様々な場面の英語に慣れるため1回の授業で5つのジャンルを使う
  • 聞き取り訓練重視で、書き取りを行う
  • 聞き取る音声は十数秒程度
  • 十数秒の同じ音声を何度も聞きながら書き取る
  • 授業で扱う材料はすべてスマホでアクセスできる

とても理にかなった教授法である。
  • 同じ人の発声でも、場面や相手が変われば話法も変わる
    • だから、運用上は複数のジャンルに触れることが効果的
  •  
  • 人の聴覚認知特性(聴覚性短期記憶・ワーキングメモリ)は2-3秒程度
  • 文の発声平均時間は会話で5-6秒、スピーチでも10秒以下
    • だから、十数秒の音声記憶は初級者には効率的
  •  
  • 人の聴覚認知には音韻ループという自動反復機能が備わっている
    • だから 素早く同じ音声を繰り返すことは定着効果が期待できる
  •  

この教授法は今年から試みていることで、90分授業自身は駆け足で行う活動の連続でものすごく忙しと言うことだった。

タフな授業実践なので、時間を取って手法説明をゆっくりお聞きしたいと思っていたところ、ちょうどワークショップ*3を予定しているとの紹介があった。
来年1月22日のワークショップ(北海道)の案内を示す小林さん

再現性○○YouTube や ニュースへのリンクとともに教授法も提示された
文化と言語○○文化的ジャンルによる話法の違いが実践的に体験できる
コーパスYouTube、NHKニュースサイトなど


*1
Take Me Home Country Roads
⇒https://r.qrqrq.com/CXu1day1 広告が入らない
⇒https://www.youtube.com/watch?v=1vrEljMfXYo 広告が入る
*2
NHK World
⇒https://www.youtube.com/watch?/・・・
*3
第5回 ATEM 北海道支部ワークショップ 2019:観光英語
2020年1月22日(水)午後7時〜9時半
国立大学法人小樽商科大学札幌サテライト sapporo55ビル3階
 
..[↑][↓] 7
 7 4 映画『グリーンマイル』と『ガン・ホー』(赤尾)もどる
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  • 授業実践報告:映画活用アクティブラーニング――グリーンマイルガン・ホーを中心に――」
赤尾千波(富山大学人文学部)

インフルエンザのため中止
 
..[↑][↓] 8
 8 5 映像メディアと英語に見る英和辞書開発(山本)もどる
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  • 映像メディア英語に見る英和辞書開発の課題
山本五郎(法政大学)

辞書は、語彙の訳を集めたものである。近代になって、用例も載せるようになった。新しい語彙や用法を見つけた人がメモをし、それが溜まると、新しい版に追加されるといった具合である。

新世紀になると、辞書はもっぱらコンピュータとコーパスから作られるようになった。世界中のサイトから文字情報を自動的に収集整理し、多用される語彙や表現を機械的に抽出し、辞書の見出し語と語義の配列と用例がポンと吐き出されるようになったわけだ。

楽で正確になったが、ここで辞書屋は頭を抱えることとなる・・・どこの会社の辞書もどんどん同じになってきた!?

しかし この成功物語には 大きな落とし穴が幾つもあったのだった。いくつか思いつくままに列挙する。
  • デジタル化されていない書類や文献が抜ける
  • 大衆的に多用されるツールのテキストばかり増えていく
  • 日常生活に密着した語彙や表現ほど文字になる機会が少ない
  • 同じ語彙でも業界業種場面によって語義や用法が異なる
  • そもそも音声(話し言葉)や映像は対象外である

もちろん対策もどんどん進んでいる
  • 紙版書物のデジタル化を国家レベルや大企業が進めている
  • 社会や文化のジャンルごとに均衡を取る
  • 身の回りの表現に気を配る
  • 分野別語彙のマーカーを用意しておく
  • 自動文字化技術で音映像を文字化して取り込む

こうした辞書作りの現場で 英語辞書(ウィズダム 三省堂)に関わってきた発表者の体験がリアルに紹介された。

たとえば "big time"。コーパスでの頻度や用例探索から次のように進化を遂げてきたことが示された。

下が最新版の記述

紙の辞書では用例が今一つピンと来ないので、映像付き対訳コーパス・CORPORA で "big time" を引いてみた。
TED コーパスでは8件ヒットした

どんな抑揚なのかワクワクしながら再生して "big time" の音声を聞いてみた。

辞書の訳語から想起したインパクトのある印象とはまったく違って、淡々としたものだった。

字幕の一つに "Harvard was wrong, big time. (Laughter)" と(笑)が付いているのがあったので、これはどうかと期待したが、外れだった。

日本語の雰囲気としては "マジで" とか (皮肉っぽく淡々と)"たいしたもんだ" みたいな感じがした。

ところで、TED コーパスの訳語(対訳フィルタで彩色済み)を見ると「大いに」「大きく」など「」の字を使っているものがほとんどで、他には「本格的」と「深く」があり、普通の形容詞や副詞のような訳になっていた。

再現性指定の紙版辞書が必要
文化と言語辞書は読むもの」を普及する工夫が望まれる
コーパス閉鎖系コーパスで非公開(black box)



田淵には「辞書は読むもの」を地で行っていた時期があった。それは「広辞苑・三版」。と言うのは、上代語から現代までの流れがわかるように語源順に並んでいて、しかも語義ごとに用例が示されていたので面白かったのだ。

そうしたこともあり、発表後に山本さんとお話する機会があったので、英語辞書は今後、コーパスとして進化するのではないかと言う考えを述べさせてもらった。

私がもし「広辞苑」をウェブコーパスにする機会があれば次のような機能を持たせてみたい。
  • 用例の再生アイコンをタップすると音声が出る
  • 用例をタップすると数十字程度の文脈が読める
  • 用例の出典をタップすると原文・原著が読める

実は、田淵が開発した対訳コーパス・CORPORA の源流には、「広辞苑を読んでいた」体験があるのかもしれない。

 
..[↑][↓] 9
 9 6 映画と集合で解く英語の冠詞 a/the(藤枝)もどる
もくじへ
  • 映画と集合で解く英語の冠詞
藤枝善之(京都外国語大学・短期大学)

英語の冠詞 the についての講義である。

昔からさまざまに議論されてきた the については、読めば読むほど、考えれば考えるほど迷路に入り込んできた田淵であるが、今回の発表を聞いて、長年のツカエが取れた感じがしてうれしかった。

私が最後に読んだ the についての文法書(名前は忘れたが the だけで数百ページ)の結論は "子供のころからそう言い習わしてきたから"。これで納得して終わりにした。

以来 映画などを観ながらそう言うものだとの知見を広げて行った。

或る時 英語母語話者(アメリカ)のマイクさんと一緒にコーパスSeleaf用の映画のディクテーションをしていて、冠詞が聞き取れなかったことがあった。田淵が "文法的には a だよ" と言うと、"この場面にはそれしかないから the なんだ" とマイクさんが言った。なるほど、用法はその場で決まるんだと知恵がついたのだった。空間を共有している者同士の間(小宇宙)でのみ成立する文法解釈(意味構造)であり、読者がそこに入り込んでいれば違和感がなく理解できるわけである。


話を藤枝さんの講義に戻すと、私の "感覚的理解" を "論理的理解" に止揚してくれた。それが下図に示す「藤枝式冠詞集合理論」である。
円がその場の空間であり、空間内の事物が要素として示されている

話者はこの円内を舞台としている。

上図の3行目から5行目までの式は集合の論理記述で、次のことを意味している。
  • 3行目:the P=Bs.t. |B|=1
    • 個数が1つしかない種類のものは the
  • 4行目:the Ps=Bs.t. |B|≧2
    • 個数が2つ以上ある種類のものを全部指すときにも the
  • 5行目:a P∈Bs.t. |B|≧2
    • 個数が2つ以上ある種類のものの1つを指すときには a

これを体験するのに最適な映画がある。それは 発表者からも紹介があった「カサブランカ(1942)」。映画コーパス*1で検索すると the table のシーンが 12個ある。この検索結果は下図の中にあるQRコードからスマホで開くこともできる。
藤枝さんが取り上げたシーンは 8番目にある
下のリンクをクリックするとこのブラウザで 同じページが開く

ちなみに、"a table" のシーンは5つあるので、藤枝式冠詞集合理論通りになっているか試してみるのも興味深い。

再現性発表で紹介した映像へのアクセスが欲しい
文化と言語文化の違いが文法の違いとなっている典型例のひとつが冠詞
コーパス映像や用例など、視聴者が事後に体験できることが望まれる


藤枝さんの発表に刺激を受け、ラッセルの記述の理論に目を通したりしながら、二十数年ぶりに冠詞 a/the について思いを巡らしてみた。

人が話をしているときには、話題の中心と、それを含む場面がある。話者と聞き手で小宇宙を形成している。この小宇宙は、時と場所、話題と相手によって変幻自在に変化する生き物である。時には話しているうちに発想が飛んで、話者の小宇宙が変容し、話し(文章)がよじれることだってある。

さて、a/the を論じるとき、それは文法構造として意味を論じている。しかしラッセルは「theory of descriotions」で "文法構造が同じでも、意味構造が同じだとは限らない" 趣旨のことを述べている。これは自然言語を考えるとき、とても大切な指摘だ。

田淵は、a/the からは、話者の心の中(小宇宙)を受け止めることができるのではないかと思い至った。

たとえば、映画「カサブランカ」で、バー経営者 Rick が店員の Sam に 「I'm waiting for a lady.」と応えるシーン*2がある。実はこの a lady は元彼女 Ilsa のことなのだ。Rick の頭の中には特定の女がいるのに、文法構造としては "a lady / ある女" とする理由(気持ち)があったのだろう。もちろんこの女のことは Sam も知っているのにである。

  • I'm waiting for a lady.
  • I'm waiting for the lady.
  • I'm waiting for Ilsa.
話者の心象、そして、受ける印象の違いについては また改めて考えてみたい。


*1
Parallel Corpus Search Engine / CORPORA
⇒http://www.mintap.com/talkies/pac/corpora.html?key%3Dthe%20table
*2
I'm waiting for a lady. / Rick / Casablanca
⇒http://www.mintap.com/talkies/pac/corpora.html?key%3Dfor%20a%20lady%26at%3D5655%26cop%3D0

 
..[↑][↓] 10
 10 7 映画で学ぶマルクス主義の影響(河野)もどる
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  • 19 世紀英国社会改良運動へのマルクス主義の影響を考察する〜マルクス・エンゲルス(2017 年)を通して
河野弘美(京都外国語大学・短期大学)

発表者の専門は文学なのだが 冒頭に紹介されたポリシーが素晴らしかった。
発表の冒頭のスライド

曰く: 文学/文化を分析する理論として、歴史主義、精神分析、フェミニズム/構造主義/コロニアル主義等がある

この理念の元、文学を理解するために一つの時代背景として、映画「マルクス・エンゲルス」(2017)を選んだそうだ。

この映画はマルクス生誕200年に合わせて、独仏ベルギーの合作。

発表後にお話を伺ったところ、20年近く、同じポリシーで授業を運営されて来たとのこと。大変な努力であり勉強であったろうと推察された。

こうした文化的素養を踏まえながら語学を学ぶことは、生徒諸君にとって将来の大きな糧となることだろう。


再現性発表では示されなかったが 予告編*1やYouTube*2を利用できる
文化と言語原著を読む、さらに背景も学ぶことは究極の語学教育だと思う
コーパス該当なし


*1
映画マルクス・エンゲルスオフィシャルサイト - ハーク
⇒http://www.hark3.com/marx/
*2
【映画 予告編】 マルクス・エンゲルス - YouTube
⇒https://www.youtube.com/watch?v=jhkub8cZ7v4

 
..[↑][↓] 11
 11 8 映画『メッセージ』に見る人生の選択(日影)もどる
もくじへ
  • 映画メッセージ(Arrival, 2016)に見る人生の選択
日影尚之(麗澤大学)

地球にやってきたエイリアンと人類の恐れと対話の物語である。

発表で見聞した限りでは少々変わった雰囲気があった。

発表後にお話を伺ったところ、どうやら東洋の輪廻的思考がベースになっているようだとのことだった。

現世の縁が来世につながり、前世の縁を受けて現世があるとすれば、来世で受けるだろう恩や義理を、現世でお礼しておく・・・そんな人生観をエイリアンが持っている。

再現性発表では示されなかったが 予告編*1やWikipedia*2を利用できる
文化と言語欧米人からみた東洋思想が垣間見えたようだ
コーパス該当なし



ところで、発表者と田淵はATEMのSIG研究*3を一緒に行っている。この研究会では研究や授業の再現性を重視している。授業内容を、後からスマホなどで自由に閲覧学習し体験できる可能性である。自分でやってみることが大切だからである。

発表後にお話をしていたとき「料理のレシピですね」とおっしゃった言葉が、目から鱗だった。このあたりのことは次の節で触れる。



*1
映画メッセージ予告編 YouTube
⇒https://www.youtube.com/watch?v=1GMGMzHRE4Q
*2
Wikipedia
⇒https://ja.wikipedia.org/wiki/メッセージ(映画)
*3
映画映像とコーパスによる文化的英語教育研究会
Teaching Culture and English through Movie and Corpus
 
..[↑][↓] 12
 12 まとめもどる
もくじへ

3つのキーワード「再現性」と「文化と言語」、そして「コーパス」についてまとめてみた。

 再現性

1YouTube 動画で再現性が確保されている
2YouTube クリエイターツールで再現性が確保されている
3○○YouTube や ニュースへのリンクとともに教授法も提示された
4 
5指定の紙版辞書が必要
6発表で紹介した映像へのアクセスが欲しい
7発表では示されなかったが 予告編やYouTubeを利用できる
8発表では示されなかったが 予告編やYouTubeを利用できる

  • 再現性を確保するツールとして YouTube の有用性が目立つ。
  •  
  • 受け持つ授業の目的や生徒の個性に合わせてコンテンツを選ぶことになるので、YouTube やニュースサイトをどのように使って、目的の映像(音声や英語表現)にたどり着いたのか知りたくなる。言わば「検索のコツ」が紹介されると再現性が高くなるだろう。


 文化と言語

1歌曲に見る愛の表現比べは親しみやすい
2聞き取れる音声評価に焦点を絞っている
3○○文化的ジャンルによる話法の違いが実践的に体験できる
4 
5辞書は読むもの」を普及する工夫が望まれる
6文化の違いが文法の違いとなっている典型例のひとつが冠詞
7原著を読む、さらに背景も学ぶことは究極の語学教育だと思う
8欧米人からみた東洋思想が垣間見えたようだ

  • 文化と言語の多様で豊かな関わり合いが見えている。
  •  
  • 学会としてのカバー範囲を、映画からメディア一般に広げた*1ことの良い面が表れているようだ。


 コーパス

1YouTube
2コーパスとしての YouTube を目的外の編集ツールとして利用
3明示されなかったが YouTube、NHKニュースサイトなど
4 
5閉鎖系コーパスで非公開(black box)
6映像や用例など、視聴者が事後に体験できることが望まれる
7該当なし
8該当なし

  • コーパスは「文化」と「言語」を結ぶ架け橋である。
  •  
  • 特に英語を学ぶ日本語母語話者にとっては、映像コーパスや対訳コーパスは「言葉の壁」「文化の壁」を低くしてくれるツールである。
  •  
  • YouTube はすでに定番となりつつあるようだ。
  •  
  • 本大会の発表者である小林さんが利用する NHKニュースサイトなど、優良で無料なサイトがいくつか紹介されると、授業の幅も、それに合わせて学会の幅も広がっていくだろう。
  •  
  • 今後の活用を期待したい。



*1
現在の学会名称「映像メディア英語教育学会 ATEM」*2は、2017年10月の全国大会で「映画英語教育学会 ATEM」*3からの変更が承認され、2018年4月から使われている。
*2
The Association for Teaching English through Multimedia
*3
The Association for Teaching English through Movies
..[↑][↓] 13
 13 英語教育における再現性もどる
もくじへ

英語の先生が多い学会を考えてみよう。

必ずしも研究好きではない先生から見ても面白いのは「自分の授業でも使えそう」なことだ。

あるいは、「なるほど そう言うことだったのか」と知見や教授法に自信を持ち、同僚にも勧める勇気が持てたりすることだ。

そうすると、同僚を学会に誘うことだってあるだろう。あるいは、教員や研究職を志望する生徒を連れて来やすくもなるだろう。

これが「再現性=自分でもできる」の効果である。

こんな話を、発表を終えた日影さんとしていると、彼は「レシピだね」と言った。なるほど、おいしい料理を見せたり食べさせるだけでなく、「あなたでもできる」ようにしてくれるのがレシピだ。

確かに最近のレシピは「再現性」の究極の完成形だと思う。
  • 初めての人にも やってみようと思わせる
  • 手軽に手に入る食材を使う
  • 一般家庭にある道具だけでできる
  • 時間をそれほど掛けないのが好まれる
  • 手順がわかりやすい
  • 仕上がりがきれいでおいしそうで、自慢できそう

これを学会に当てはめるとどうなるだろうか。
  • 明日からの授業でも役に立ちそうな内容が盛り込まれている
  • 意欲ある先生達が手軽に参照できる情報源が開示されている
  • 複雑な操作が必要な時にはワークショップが準備されている

例えば・・・

第1発表の関口さんは、授業で使ったビデオのアドレス(URL)を開示していた。

第2発表のスプリングさんは、自動文字起こしに使ったYouTube のクリエイターツールを実演して見せてくれた。

第3発表の小林さんは、事業案例を具体的に提示し、使うビデオやニュースサイトのアドレスを開示した上に、ワークショップの案内まですると言うフルコースであった。

確かにDVD映画による授業実践報告では、DVDを買ってもらうしかないかもしれないが、たいていはオフィシャルな予告編が準備されているし、ファンや映画団体によるレビューやまとめがアップされてたりするので、ウェブをうまく使うことで再現性は高くなるだろう。

何より、スマホは今や生徒の方がサクサク使う時代なのだ。スマホでも使える情報サイトをうまく使うことで、にぎやかで役に立つ学会に発展する時代が来ていると感じた・・・そんな大会だった。
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2019.12.18 田淵龍二 TABUCHI, Ryuji