2018/03/04 言語エキスポ2018 (JACET)
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今年も JACET教育問題研究会主催の言語エキスポに参加し、多くの仲間たちと交流し、学んできました。
大いに盛り上がった今年のテーマ「みんなで考えよう,小学校外国語教育」を中心に レポートします。
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時所: 2018年3月4日(日) 早稲田大学
主催: JACET教育問題研究会
主題: みんなで考えよう,小学校外国語教育
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田淵の発表: ⇒K19 言語処理技術と語学教育の接点: ウェブ・コーパスと自律的学習の未来
ハンドアウト: ⇒ 20180304expo_corpora.pdf
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このような集いを提供され続ける酒井先生とスタッフの皆様に感謝します。
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もくじ |
- K10 小学生のためのインタラクティブな読み書き指導
- K11 望ましい小学校英語授業とはどのような特徴をもつのか
- K8 平昌オリンピックで目標言語圏の選手を応援しよう!〜韓・中・独 3 言語プロジェクト〜
- K17 オンライン英会話システムの教育的効果に関する予備調査
- K18 コンピュータによる高変動音声訓練(HVPT)を用いた知覚困難な音素の特定と音声指導法の考察
- K19 言語処理技術と語学教育の接点: ウェブ・コーパスと自律的学習の未来
- W4 英語学習ポートフォリオワークショップ - 学びの目標として Can-do リストを考える
- K1 フォニックス指導とローマ字指導―有機的な連携を目指して
- W3 小学生目線の外国語教育にするために児童や教師からの疑問に答える
- 懇親会
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発表: Georgette Keolanui-Wilson(横須賀学院小学校),Rie Adachi(愛知大学)
Georgette(ジョジェット)さんが英語で発表し、Adachi(足立?)さんが日本語に通訳しながら進んだ。目を引いたのは演者のテーブルに山のように積まれた教具の数々。それをひとつひとつ説明しながら次々と会場に回してくれる。
鉛筆をちゃんと持てない生徒のために、洗濯バサミでクッションボールをつかむ訓練で親指と人差し指の形から入り、指がなじむくぼみが入った断面が三角形の鉛筆を使わせる(右上)ことからライティングに入るところは、まるでお母さんの心遣いだ。
アルファベットを書いたペットボトルのフタを並べてC・A・Tなどと並べる教材セットを生徒ごとにケースに詰めて(右下)利用したり、うろこ雲や雷雲の様子を綿で表現したものを紙に貼り付け、それぞれcirrocumulusなどの名前を生徒が書き込んだA4用紙数枚を段違いに二つ折りにして製本したりと、見ているだけでわくわくしてきた。
手に触って、物を感じて、作品を仕上げて、体で体験して身につけると言う児童英語の伝統を引き継いだ正統派の先生だった。
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発表: 猪井新一(茨城大学)
発表の後段で「過度な反復練習」は「意味理解が伴わず、思考力を使わない」からよくないとの指摘があったので、私は「過度」と言うのは具体的にどのような回数とか量なのかお聞きしたが、「2〜3分だが、現場の先生が判断すること」と言うお答えしか得られなかった。
学問体系の中の諸概念の整理をされていたようだが、具体性にかける「ダメ出し」は現場に萎縮と混乱を招くだけであって避けるべきだと考えている。
言語は確かに「知的活動」ではあるが、その実態は「生理としての脳活動」である限り反復は必須である。良質なデータが大量にあればヒトを上回る能力を瞬時に獲得できる「意味理解も思考もない」AIのように子供たちが言語習得することはないわけだから、認知科学や脳科学に基づいた「いかに反復練習するか」の提案が欲しかった。
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発表: 池谷尚美(横浜市立大学),阪堂千津子(武蔵大学),西香織(北九州市立大学)
他の外国語を学ぶグループと交流しながら、ある外国語学習における実地運用をオリンピックでの応援を課題として実施したアンケート結果の報告だった。
言語習得を目的としたさまざまな活動は「特効薬」があるわけではないので、この先生方のような個々の経験と所見を共有して行きたい。
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発表: 佐藤夏子(東北工業大学)
スカイプで、海の向こう(主にフィリピンだが)のチューターと英語で数分の会話をしてみようと言う企画をするための予備調査として5人の大学3年生にやってもらった報告であった。
初めて英語で会話したと言う生徒が4人だったことの方に注目した。小学校にALTなどが入り始めてもう10年は経っているのだが、大半の生徒にとって「身につけた英語を使うのは試験だけ」と言う実態に変化はないようだった。もちろん地域格差もあるのだろうが・・・
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発表: 飯野厚(法政大学)
「高変動音声訓練」ってなんだろう。ボイス変換機か何かを使って優しい声や気味悪い声を素早く繰り返す発声練習? それともそんな七変化する声を聞く訓練?
HVPT = High Variability Phonetic Training の直訳だった。
これまでの語学は、ひとつの「模範音声」に学ぶことをよしとする権威主義が強かったが、最近は「対話する相手が模範だ」と言う現場主義の流れが強くなってきた。いろいろな音声に幅広く対応できる耳の育成が必要になってきたからでもある。
この発表で紹介されたサイトのアプリは、「ズー」とか「シー」とかの音の断片(音素、子音)が出てくるので、該当する文字(発音記号)を当てるゲーム(訓練)であった。発表を聞きながら内職でやってみたが、正答率は6割ほどだった。しかし元来子音は単独で聴き取ることが困難な雑音でもあり、また会話での子音は母音とセットになることが多いので変容も激しいことも知っておかなければならないだろう。
色んな地域や国や民族の音声を聞く=多様な英語(World Englishes)と言う点では、この次の発表で取り上げた対訳コーパスをお勧めする。それは、数名の音素(声素)データベースよりはるかに規模が大きい。米国ハリウッド映画なので、米国東部・南部・西部のなまりから英仏独伊スペインでの英語が見聞きできる。言葉が使われる現場にいて話者の顔を見ながら聞く仮想現実が提供されている。
World Englishes on Seleaf
24 films on Seleaf
配役ごと対訳コーパス(24本の映画の中の主な俳優207人)
対訳コーパスでは映画とTEDプレゼンの2種類で約3千人の音声を居ながらにして体験できる。
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発表: 田淵龍二(ミント音声教育研究所)
飯野先生による音素聴取訓練発表を受けて、最初に映画コーパスを使って、同一表現の多様な使われ方、多様な音声をプレゼンした。
取り上げたのは How do you do?
辞書などでは「初対面のあいさつで はじめまして、どうぞよろしく」などとされる。公式な場面以外ではあまり使われないようだ。
対訳コーパスの映画を使って、キーワードに how do you do と打ち込むと44個のシーンがヒットした。ヒット項目を選ぶと動画が開き、それぞれの声と場面が映像つきで体験できる。
対訳コーパスCorpora on Talkies
How do you do? には How do you do? と返すと教えられるが、確かに画面には 、How do you do? と How do you do? が並んで表示されるのでなるほどと納得できる。しかし・・・
しかしよく見ると下の二つは 言いっぱなしだ。How do you do? に How do you do? と応じていない。えっ! どうして?
映画の場面の表現なので、文脈(ストーリー)を追うとその理由を納得できるはずだ。
まず下から2つ目カサブランカを見る。
最初に How do you do? と言ったのはモロッコに派遣された占領軍ドイツの将校。挨拶された相手はナチスに追われ亡命途中でモロッコに滞在中の地下活動家(今流に言えばテロリスト)。
LASZLO の会話が読めるのでお分かりだろうが、挨拶をしない理由を述べている。この流れがわかると、How do you do? には How do you do? と返すのが礼儀だと納得できる。
では 一番下の次の場面は どういうことなのだろうか。
友だちの JERRY と ADAM が Hi! と交わして、ADAM が JERRY に HENRI を紹介したところだ。定型どおり How do you do? と挨拶したのだが、初対面だけど知っている顔だったので話し込んでしまい、相手が How do you do? を返すタイミングを失った風に見受けられた。
このように 確かに How do you do? は挨拶の決まり文句で 質問ではないことが見て取れる。しかし・・・
上から2つ目の場面を もう一度よく見てみよう。
この場面は、トウモロコシ畑に立っている案山子とドロシーが出会ったところ。実は How do you do? と挨拶を交わす前にすでに何回かやり取りをしている。案山子が動いて道案内を始めたので、驚いたドロシーが「どうしてしゃべれるの?」と尋ね、「さて、脳みその代わりに藁がつまってるし・・・」などファンタジーな世界が広がる。話が一区切り付いたところでドロシーから改まって How do you do? と挨拶する。動作にも注目だ。日本ではお辞儀にあたる動作、膝を軽く折り曲げる会釈(curtsy)である。案山子もきちんと会釈(nod)して How do you do? と返す。辞書どおりの模範的なやり取り(They exchange greetings.)である。
目を引くのは ドロシーの次のセリフ Very well, thank you. だ。こんな風に How do you do? に返すと日本ではダメ出しを喰らうことだろう。生きた言葉の豊かな瞬間を見せてもらった気がするのは私だけだろうか。
前置きが長くなってしまったので、私の発表内容の紹介は 当日配布したハンドアウトに譲ることにしたい。
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発表: 鶴田京子(県陽高校),木内美穂(東京女子学院中学校・高校),齋藤理一郎(太田フレックス高),松津英恵(学芸大附属竹早中学校),福田美紀(筑波大附属坂戸高校),清田洋一(明星大学)
このワークショップに参加したのは Can-do リストとポートフォリオの実態を知りたかったからだ。
Can-do リストは作っただけでおしまいになっているようだが、そうならないためのポートフォリオ活用を目的としたワークショップだった。
中高の先生方が主体で、主導されていたのは大学の清田先生。中高教科書の一節を4コマの授業でこなす授業案を作るのが課題で、ポートフォリオの実物例(A4ペーパー)を参考に達成目標と授業展開を考案するグループ研究だった。私は中学教材を使う4人のグループに入れてもらったが、先生方の多様で熱心な議論とアイデアを興味深く学ぶことができた。
こうしたグループ・ワークを同僚と実施できる環境は素晴らしいと思ったが、先生方の話だと、そのような時間は皆無だそうだ。学校の先生は孤立を供用(強要)させられているようだった。
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発表: 木澤利英子(東京大学)
決して新しくはないテーマなのに、狭い教室には熱気があふれていた。テーマは古いけど、現実に直面し始めた先生が増えたためなのだろうか。
この発表は、本会合で最大の成果であり、もっとも興奮させられた発表だった。それは語彙「ライム Rhyme 押韻」がフォニックスで語られるのを(私以外の先生から)はじめて見聞したからだ。
私がフォニックスを始めたのは児童英語に関わった直後からで、有名な松香フォニックスなのだが、これは理論的にも現実的にも変だと感じて「音とリズムから入るフォニックス・ライム」を考案した。理論的に変だと言うのは、児童生徒が接する語彙ほどフォニックスのルールには従わないからである。現実的に変だと言うのは、言語が操れるけど文字が読み書きできないヒトのための識字教育ツールを、言語が操れない子供に使わせているからだ。
開発したフォニックス・ライムは、週1回7分で年間スケジュールが組めて、音から文字、文字から文へ、耳から目へ、目から手(筆記)へと、円滑に進めるようドリル(eラーニング・ゲームと紙版)も添えた。もう10年を越えるが色あせることなく使い続けられている。
キーワードが「ライム」なのだ。英語の音とリズムの核にあるのがライム(押韻=フレーズ末尾の母音+子音)だと気付かせてくれたのはマザーグースだった。千近いマザーグースから、子供が馴染めそうな96本を選び、ちょうど子育て中のお母さん(英語母語話者)に「歌うのではなく、ベッドサイドで読み聞かせるように楽しく元気よく」との注文で収録したものに絵を付けて「朗読絵本マザーグース」を出版したのが15年前。
従来のフォニックス授業の大半は子音に割かれるが、フォニックス・ライムは始めから終わりまで母音と子音のセット(ライム)だ。ライムの頭に子音(オンセット)を付けることでオンセットとしての子音が強くなる。
フォニックス・ライムの最初のユニットは6種のライムと18個の単語である。ライム1種につき3個の単語がセットになる。たとえばこんな感じだ。
an an pan fan van
こうしたセットが全部で96本用意されている。リズミカルに唱えることで、日本人特有の末尾子音の母音化現象や、オンセット子音の弱化が改善されることを研究発表してきた。
発表者のスライドには、音韻単位として、「音節−オンセット/ライム−音素」とあった。英語音韻論の文脈では決して新しい物ではないが、それを児童英語に導入する試みを初めて目にした。私が知らなかっただけかも知れないが ・・・ (゚L 。)ゞ
木澤先生とは懇親会でお話を伺う機会があったが、すでに従来のフォニックスとは区別されたライムを使った授業や研究をされているとのことであった。今後の展開を心待ちにしている。
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発表: 成田潤也(厚木市立第二小学校),長田恵理(國學院大學初等学科),長谷川和代(Friendly World),安田万里(AIM English House),田上達人(松本市立寿小学校)
正直、よく分からないテーマだった。
Q: どうしてアルファベットには大文字と小文字があるの?
Q: どうして小学校で英語を習うの?
Q: ドイツ語や中国語じゃなくて英語を習うのはどうして?
これらは答えのないトリビアだし、具象から抽象へと進む成長期の疑問であり、こうした疑問は現実が豊かになれば解消するか、より突っ込んで研究者になるかだと思う。分かったような答えを教えて、子供の芽を摘まないのが大人の役割ではないだろうか。
現実がまだまだ豊かでない子供に、大文字と小文字、小学校と中学校、英語と中国語などの対立概念・平行概念で理解させようとする大人社会に 問題があるのではないかと思う。
ヒトは教えられなくても、見たこともない犬でもイヌと思い、聞いたことのない猫の声でもネコと言える概念形成を行っている。子供たちには 豊かで多様な本物体験こそを提供する中で 実態に即した概念形成を促してあげたい。
むしろ、猪井新一(茨城大学) 先生の「過度な反復練習」は「意味理解が伴わず、思考力を使わない」からダメだという指摘に対して問題意識を持ちたい。
Q: 適度な反復練習をする工夫とコツは?
Q: 意味理解が伴わないとダメなのは どうして?
Q: 思考力を使うようにするには どうしたらいいの?
しかし、このワークショップに参加して、先生方の苦労と孤立、そして連帯への希望を改めて実感させられた。
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朝5時前から起き出して群馬の片田舎から出てきたこともあり、眠いし、頭を使ってくたびれたし、帰ろうかと思っているところに、懇親会にまだ余裕があるという誘いがあったので、4千円払って参加することにした。関西からお出でで、発話者の顔を見ながらのシャドーイング時における眼球運動を解析中と言う門田先生はじめ久しぶりの先生方と懇談した。
ライムをフォニックスに導入しているという木澤先生との会話が楽しかった。
旧弊に囚われない方で、小学校では人手不足と教員の経験不足を補うために生徒の父母に英語の授業への協力を呼びかけて40人以上を集め、1年目は父母が主導し教員が参観するところから始め、2年目は父母と教員が半々で授業運営するまでにこぎつけたので、来年度からは教員が全面的に主導できる方向だと伺った。
ライムを使った授業研究も成果を挙げているとのことで、もっと詳しく伺いたいところだったが、懇親会は恒例の歌と踊りのうちに打ち上げとなった。
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2018.03.07 田淵龍二
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