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三木秀夫法律事務所
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ニュース六法目次
古賀議員経歴詐称問題(2004年01月27日) 公職選挙法の虚偽事項公表罪
○2003年11月の衆議院議員選挙福岡2区で、自民党の山崎拓前副総裁を破って初当選した民主党の古賀潤一郎議員(45)が、選挙に際して公表した米国のペパーダイン大学卒業の学歴が事実と異なっている可能性が高いことが問題となった。大学側は学位授与を否定した。その後、同議員は、2004年1月27日午前、福岡市内で行った街頭演説で、公表した学歴に誤りがあったことを認め、民主党を離党する意向を表明するとともに、任期中、議員歳費を受け取らない考えを示した。

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○公職選挙法235条1項は、下記の通り、当選目的で、虚偽の職業や経歴を公にした場合に刑罰規定を設け、同251条でその場合の当選無効を定めている。

○公職選挙法235条1項
(虚偽事項の公表罪)
当選を得又は得させる目的をもつて公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者の身分、職業若しくは経歴、その者の政党その他の団体への所属、その者に係る候補者届出政党の候補者の届出、その者に係る参議院名簿届出政党等の届出又はその者に対する人若しくは政党その他の団体の推薦若しくは支持に関し虚偽の事項を公にした者は、2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。

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○なお、上記規定は故意犯のみを対象にしている。過失犯(虚偽と認識していなかった場合)は、処罰の対象にならない。したがって、仮に公表事実が虚偽であっても、そのことを本人が認識していたことを検察が裁判で立証できないと無罪となる。

○金沢地判昭54・12・19(判時963号122頁)では、陸軍士官学校中退・専門学校入学者検定試験による試験検定合格が同条の対象たる経歴に該当すると判示しつつ、故意等の証明不十分により無罪としている。
今回の古賀議員の事案では、同議員が「卒業していたと信じていた」ことが本当であれば、故意犯に問われず無罪となりうる。少なくとも、今の状態で有罪と断言してしまうのは、民衆裁判と言えるかもしれない。
ちなみに、福岡地検関係者は当初、辞職すれば静観する構えだったが、古賀氏が辞職しない意向を示したことで「告発があれば、捜査を行う」との見解を示したとも報道されている。

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○公職選挙法251条
(当選人の選挙犯罪による当選無効)
当選人がその選挙に関しこの章に掲げる罪(第235条の6、第245条、第246条第2号から第9号まで、第248条、第249条の2第3項から第5項まで及び第7項、第249条の3、第249条の4、第249条の5第1項及び第3項、第252条の2、第252条の3並びに第253条の罪を除く。)を犯し刑に処せられたときは、その当選人の当選は、無効とする。

○有罪が確定すれば、この251条によって、当選は無効となる。

過去にこの規定で当選無効になったものとして、1992年(平成4年)7月26日施行の第16回参議院議員通常選挙愛知県選挙区に立候補・当選した新間正次議員(以下Sという)の百日裁判事件がある。S議員は、M党を離党したものの議員は辞職せず、公判で「推薦入学の手続きは取った」として無罪を主張し、最高裁まで争った。しかし、1994年7月18日に最高裁で上告棄却(有罪判決)がなされて確定し、当選無効となり、これに伴う再選挙が実施された。この件での名古屋地方裁判所の判決の認定事実は、概略、次のとおりである。

Sは、右選挙に際して、当選を得る目的で、以下の経歴に関する虚偽の事項を公表した。
@M党愛知県連合会事務所において、同職員Bに対し、右選挙に使用されることを知り ながら、明治大学に入学した事実がないのに、明治大学に入学・中退した旨虚偽の学歴を述べ、その後同旨の学歴を含む経歴書の確認を求められ、是認した結果、情を知 らないBをして、以下の犯行に及ばせた。
ア 立候補の発表に当たり、報道関係者10数名に対して、虚偽の学歴を含む経歴書を配布させた。
イ 愛知県選挙管理委員会に対して、虚偽の学歴が記載された選挙公報の掲載文を提出させ、そのまま選挙公報に掲載させ、選挙区内の選挙人に配布させた。
A 政談演説会において、約700名の聴衆に対し、その事実がないのに「中学生当時公費の留学生に選ばれ、スイスで半年間ボランティアの勉強をした」旨演説した。
 
この事件では、Sは、「中学生当時公費の留学生に選ばれ、スイスで半年間ボランティアの勉強をした」旨の虚偽の演説をした行為が公職選挙法235条1項に該当するかどうかを争ってきた。この点についての名古屋高裁判決は、公職選挙法235条1項について、「選挙人が誰に投票すべきかを公正に判断し得るためには、候補者について正しい判断資料が提供されることが必要」との趣旨に出ているから、ここでいう経歴とは「候補者が過去に経験した事項であって、選挙人の投票に関する公正な判断に影響を及ぼす可能性のあるものをいう」とした上で、Sの演説内容は、「極めて異例の経験であり、高い社会的評価を受ける候補者の行動歴、体験というべきもので、福祉政策の重視を訴える候補者であるSの実績、能力などを有権者に強く印象づけるものであり、選挙人の公正な判断に影響を及ぼす可能性がある」から、右経歴に該当する旨判示し、最高裁はその判断を是認した。

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○また、今回の古賀議員の演説で、議員歳費の返上の話が出たが、これは、職選挙法199条の2によって寄付行為として禁止されている。これには、同法49条の2に罰則も規定されている。国会議員の場合、「選挙区」に国も含まれると解釈されており、議員報酬を国庫に返納すると、公選法に抵触する疑いが強い。衆院会計課によれば、「受け取らないのも報酬の返納にあたり法に触れる」との見解で、過去に認められた例はないとようである。

○公職選挙法
第199条の2
(公職の候補者等の寄附の禁止)
公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。以下この条において「公職の候補者等」という。)は、当該選挙区(選挙区がないときは選挙の行われる区域。以下この条において同じ。)内にある者に対し、いかなる名義をもつてするを問わず、寄附をしてはならない。(以下略)

第249条の2
(公職の候補者等の寄附の制限違反) 
第199条の2第1項の規定に違反して当該選挙に関し寄付をした者は、1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。
2 通常一般の社交の程度を超えて第199条の2第1項の規定に違反して寄附をした者は、当該選挙に関して同項の規定に違反したものとみなす。

○ちなみに、大臣らが引責で給与を返上する場合などは特別職の給与に関する法律で例外規定が設けられており、公選法違反には当たらない。

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○この一連の件を、仮に同情的な見方をすれば、日本の肩書社会の落とし穴にはまったといえよう。「何をどう学んだか」より、「どこの大学を出たか」という日本の学歴信仰の社会に足を取られて、つまずいたのではないか。本来は、その人物がどのようなことをやろうと考えているのか、それこそが大事なはずでは。 
                                            弁護士 三木秀夫

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