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三木秀夫法律事務所
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薬害エイズ事件安部被告の公判停止(2004年02月23日) 公判手続きの停
○薬害エイズ事件で、業務上過失致死の罪に問われ一審で無罪判決を受けた安部英・元帝京大学副学長について、東京高裁は、安部元副学長が「物事の善悪を判断する能力がない状態」だとして、公判を停止することを決めた。

安部被告は1985年5月、帝京大病院の医師にエイズウイルス(HIV)が混入した非加熱製剤を血友病男性患者に投与させ、九一年に死亡させたとして起訴された。一審・東京地裁は2001年3月、「結果を予見できた可能性は低い。当時は多くの専門医が非加熱製剤を使っており、被告に過失があったとは言えない」と無罪を言い渡し、検察側が控訴した。

控訴審は2002年11月に始まり、検察側は「一審は予見可能性を不当に低く評価している」と主張。被告が出廷しないまま、検察、弁護側双方の最終弁論を残すだけになっていた。2003年11月、同元副学長が入退院を繰り返して意思の疎通が困難になったことから、弁護団が公判の停止を申し立てた。これを受けて行なわれた精神鑑定を元に、「被告は現在、高度の痴ほう状態にある」と判断し、停止が決定した。約7年に及んだ安部元副学長の裁判は、控訴審判決を迎えないまま、これで事実上、終結した。

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○刑事訴訟法
第314条1項 被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。
但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。

○この刑訴法314条1項は、本来、第一審での規定である。
この規定が控訴審にも準用になるかどうかについては、かつて明確な判例や学説が無かった。しかし、最高裁判所第3小法廷昭和53年2月28日判決(判例タイムズ361号228頁、判例時報884号112頁)において、下記の通り判示し、準用が肯定された。

「ところで、刑訴法314条1項は、第一審の公判手続に関し、被告人が心神喪失の状態にあるときは、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合を除き、公判手続を停止しなければならない旨を定めており、この規定が被告人の訴訟における防禦権を全うさせるうえで基本的な重要性を有するものであり、被告人の防禦権は控訴審においても保障されるべきものであることを考えると、右規定は、同法404条により控訴審の手続にも準用されるものと解するのが相当である。」
 
この判例は、多くの学説が支持をしている。唯一、江碕・法律実務講座刑事編10巻2410頁では、「通常は弁護人が選任されていれば停止の問題は生じない」としている。
肯定する学説の主な理由として、被告人は自ら控訴趣意書や答弁書を提出することができ(刑訴法376条、刑訴規則243条)、事実の取調べを請求することもできること(刑訴法393条1項)、公判期日に出頭する権利があることが挙げられている。

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○また、この刑訴法314条1項の規定は上告審の手続に準用されるというのが判例である(最高裁判所第2小法廷平成5年5月31日決定:判例タイムズ825号133頁、判例時報1466号157頁)。

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○ジャーナリストの櫻井よしこ氏は、「刑訴法では、無罪判決が明らかな場合は公判を続けてもよい、とあり、続行すれば、逆転有罪の判決が出ていた可能性があったとも受け取れる」と話したと報じられている。この発言の趣旨は、同条1項但し書きの「但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。」をさすものと解される。確かに、もし現時点で裁判所が無罪の心証を固めていた場合はこの規定によって直ちに無罪を宣告できる。

○控訴審は、2003年12月16日の公判で証拠調べが終了し、2004年3月2日に結審予定だったようである。非加熱製剤の回収指示を怠ったとして安部元副学長とともに刑事責任を問われた元厚生省生物製剤課長松村被告の起訴事実には、安部元副学長の事件と同じ被害男性のケースも含まれている。それぞれの判決は、1985年12月の加熱製剤承認時を判断の分かれ目にしている。 それ以前の投与を問われた安部被告は一審で無罪となった。松村元課長は安部被告と重なる同じ被害男性のケースについては無罪となっている。安部被告の公判が停止になった今後は、安部被告を無罪とした1審判決の是非は、事実上、元課長の法廷で争われることとなろう。 
                                            弁護士 三木秀夫

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