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三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
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ニュース六法目次
ジャパネットたかたの顧客情報流出(2004年03月09日)         窃盗
○テレビショッピングで急成長しているジャパネットたかたの高田明社長は、2004年3月9日記者会見し、同社の顧客情報が大量に流出していたことを明らかにした。流出時期は1998年7月から9月までの間とみられ、最大66万人分に上る可能性があるという。同社はテレビやラジオでの通信販売を同日から中止、「2、3カ月の自粛はやむを得ない」としている。社内調査を進めるとともに、近く窃盗罪で刑事告訴することを検討している。

同社によれば、外部に出回った149人分の顧客データを調べ、148人分について流出を確認した。社内調査の結果、データは94年7月から98年7月までのものだった。98年9月時点の住所変更が反映されていないことから、それまでに流出したとみられる。同社は、当時顧客データベースにアクセスできた社員や外部のシステム開発者らから調査を進める方針とのこと。

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○現代の情報社会において、「顧客情報」の価値が極めて高いものになり、こういった情報を有効に活用できるか否かが、企業の発展性を決める時代になっている。しかし、他方で、企業内部の人間が、これら企業情報をCD-Rなどの記憶媒体や電子メールなどを通じて簡単に外部に持ち出すことができることから、最近、顧客個人情報の大量流出が度々に事件として報道されている。こういった顧客情報の持ち出しは、当然に何らかの罪にあたると思われがちであるが、実はかなり難しい問題を含んでいる。

○今回のジャパネットたかたの事件は、犯人がどのような形で顧客情報を持ち出したのかが、今のところは不明である。一般論として、この犯人をXとした愛場合、Xがこの情報を@自宅のパソコンにメールで送信していた、A自分が持参したフロッピーやCD-Rにコピーして持ち出した、B会社の所有のフロッピーやCD-Rにコピーして持ち出した、C会社の紙に印字して持ち出した、というそれぞれのケースに分けて考えることができる。また、Xがジャパネットたかたの社員であったのか、外部の者であったのかによっても異なる。

@やAの場合なら、情報持ち出しの禁止規定があったのに違反したような場合は、まだ会社に在籍しているならば、就業規則違反として懲戒処分を受ける可能性はある。
しかし、刑事上の責任を追求するのは、現行法では困難。この場合のXの行為は、刑法上「情報窃盗」というテーマで取り上げられる問題であるが、刑法の窃盗罪(刑法235条)は「財物」を盗む行為が対象で、現行の解釈では、情報は「財物」にあたらない。したがって、フロッピーやCD-RがX自身の所有物であった場合は、情報自体は「財物」ではないので、窃盗罪や業務上横領罪が成立することはない。

これに対して、BやCのケースでは、フロッピーやCD-Rがそもそも会社の所有物であるから、顧客情報が記憶されたこれらCD-R等は刑法上保護に値する「財物」にあたると考えられ、Xに窃盗罪(刑法235条)、あるいは業務上横領罪(刑法253条)が成立する可能性がある。
また、Xが会社において顧客情報を管理する立場にあった場合は、Xはその地位を利用して、自己または第三者の利益を図る目的で、会社の任務に背く行為をし、その行為によって会社に損害を与えているので、その場合は背任罪(刑法247条)が成立する可能性もある。

また、Xが会社との間で、就業規則で守秘義務を負っていたり、個別に守秘義務契約を締結していた場合には、その持ち出しデーターを売却することで会社に損害を生じさせた場合は、債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)または不法行為(同法709条)に基づく損害賠償請求をされることもある。さらにまだ会社に在籍しているならば、就業規則等の違反として懲戒処分を受ける可能性も当然にある。

○なお、仮にXが顧客名簿等を社外に持ち出し、自ら設立した同種目的の会社で営業に使用した場合は、被害会社は、不正競争防止法2条1項4号、5号、3条、4条にもとづき、当該情報を用いた営業活動の差止め、当該情報の記載された資料の廃棄及び損害賠償を求めることもできる。

○もともと、刑法は窃盗などの保護対象を、有体物に限定してきた。電気については、改正でこれを窃盗の客体とした(電気窃盗:刑法245条)。判例も物理的に管理のできる物については、窃盗の客体となることを認めている。しかし、情報そのものを窃盗の客体と認めた法律や解釈はない。このため、何とかこういった行為を処罰するために、実務では、顧客情報を会社のコピー機でコピーしたり、会社のフロッピーやCD-Rを使ってコピーした場合には、その紙やフロッピーディスクやCD-Rそのものの窃盗として検挙している。

○刑法
(窃盗)
第235条  他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役に処する。
(電気)
第245条  この章の罪については、電気は、財物とみなす。
(業務上横領)
第253条  業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。

しかし、犯人のフロッピーディスクやCD-Rにコピーされた場合には、窃盗罪が成立しない。唯一、背任罪の成立を考えることになる。背任罪は、他人のために事務を処理する者が、自己又は他人の利益を図り、または本人に損害を加える目的で、その任務違背の行為をし、本人に財産上の損害を加えたときに成立する(刑法247条)。

○刑法
(背任)
第247条  他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

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○判例
信用金庫の支店長らが預金事務センターのホストコンピュータに電磁的に記録保存されている預金残高明細等をアウトプットさせて、同支店備付けの用紙に印字した上、私信用の封筒に封入したとの事案につき、窃盗罪の成立が認められた事例
東京地方裁判所平成9年12月5日判決(判例時報1634号155頁)
(判旨)
被告人Aは、コンピュータに電磁的に記録保存されている預金残高明細等をアウトプットさせて前記支店備付けの所定の用紙に印字した本件書類を私信用の封筒に封入したものであり、このような場合には、印字前の用紙を取り出した行為とその後の行為とを分断することなく、支店備付け用紙に電磁的記録をアウトプットさせて印字した書類を私信用の封筒に封入した行為の全体をとらえて犯罪の成否を論するのか相当である。

そうすると、金庫の顧客の預金残高明細等を記載した本書類について窃盗罪の成否を検討すべきこととなるところ、右情報を内容とする書類が窃盗罪における財物に当たることは明らかである。

以上によれば、支店長が、支店においてその業務の課程でアウトプットして出した軒先総合取引照会票及び取引状況調白等の帳票類の管理者であることは認められるものの、他方、支店長は、事務センターのホストコンピュータに電磁的に記録・保存さrている顧客情報自体を管理しているものではなく、右顧客情報は、事務センターの統括者である専務理事(甲3号証)究
極的には、金庫の業務を統括する理事長(甲2号証)の管理に属すると認められる。そうすると、支店長は業務上必要な場合には右ホストコンピュータに電磁的に記録・保存されている顧客情報を自己の判断で利用する権限を与えられ、かつ業務の課程で出された顧客情報の記載された帳票類を統括的に管理する権限を与えられているものの、それにとどまるというべきであり、もとより業務上の必要がないにもかかわらず不正の目的で右顧客情報を入手することが許されないのは当然であって、かかる目的で作出した帳票類につてまでその管理をゆだねられているとはいえず、そのような帳票類については、当該情報の管理者の管理に属すると解するのが相当である。

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○判例
複写目的で百貨店の顧客名簿が入力された磁気テープを持ち出した行為が窃盗罪にあたるとされた事例 
東京地方裁判所昭和62年9月30日判決(判例時報1250号144頁)
(判旨)
本件は、通例の窃盗事犯にはみられない極めて特異かつ重大な結果を及ぼした犯行である。被告人の窃取した本件磁気テープには、百貨店である被害会社にとって極めて貴重な顧客名簿という営業上の機密が入力されていたのであり、これが一旦社外に流出すればそれ自体の財産的価値が減少することはもちろん、被害会社が一般顧客や取引先との間に永年培ってきた社会的信用を大きく失墜させ、有形無形の莫大な損害を与えることは容易に察せられるのであって、このような結果をもたらした被告人との間に被害会社が示談をする意思を有しないのも当然と思われる。また、本件犯行が被害会社を信頼して「京王友の会」会員となり、自己のプライバシーにわたる情報を提供した顧客に対する間接的な侵害性を有する点も無視することができない。そして、情報化社会といわれる現代社会においては、このような重大な結果をもたらす本件類似の犯行が常に発生しうる状況が存在しており、かつ将来ますますこれが一般化するであろうことを考えれば、本件犯行は一般予防の見地からも容易に看過しえないものと言わなければならない。

なお、本件犯行は、約二年半の長期間にわたり繰り返し被害会社から多数の顧客名簿をコピーした磁気テープを盗み出し、それを前後一八回にわたり途中まではYを介し、後には自ら直接社外のリスト販売業者等に売却し、総額二○○○万円を越える不正な利益を手にした一連の犯罪行為の一部をなすもので、本件犯行がただ一回だけの偶発的なものではなく、右全過程を通じて被告人に規範意識の著しい欠如が認められ、本件が発覚しなければ更に同種犯行を繰り返していた可能性が相当に高いことに照らしても、犯情は悪質と言わなければならない。

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○判例 
大手都市銀行向けのプログラム開発業務に従事していた被告人が業務上預かり保管中の書類資料の複製物を銀行の顧客データと共に売却する目的で名簿業者に持ち出した行為について業務上横領罪が成立するとされた事例
東京地方裁判所平成10年7月7日判決(判例時報1683号160頁)
 
(判旨)
(罪となるべき事実)
被告人は、ソフトウェアの開発等を目的とする株式会社甲野の渋谷営業所のシステム第一課長として、同社が乙山ソフトウェア株式会社等を介して丙川・システムデザイン株式会社から受注した株式会社丁原銀行向け債券償還案内等のプログラム開発業務に従事していたものであるところ、右丙川・システムデザイン株式会社のために業務上保管中の項目説明書等の資料四枚を、株式会社戊田図書館で複製しその複製物を丁原銀行の顧客データと共に売却する目的で、ほしいままに、平成九年一一月五日、東京都千代田区《番地略》所在の右プログラム開発業務の作業実施場所である甲田テクノサイエンス株式会社五階事務所から、東京都港区《番地略》所在の乙野ビル三階株式会社戊田図書館へ持ち出し、もって、これを横領したものである。

弁護人は、1、被告人は、項目説明書等の資料四枚(以下「本件資料」という。)をコピーしそれを戊田図書館に売却するため、本件資料を持ち出したものではない、2本件資料は、何ら経済的価値のないものであって、横領罪の対象となる物とはいえない、と主張する。

当裁判所で取り調べた各証拠によれば、次の事実が認められる。
被告人は、ソフトウェアの開発等を目的とする株式会社甲野の渋谷営業所のシステム第一課長として、同社が乙山ソフトウェア株式会社等を介して丙川・システムデザイン株式会社から受注した株式会社丁原銀行向け債券償還案内等のプログラム開発業務に従事していた。
ところで、被告人は、消費者金融会社等に多額の借金を重ね、その返済に苦慮していたところ、平成九年夏ころ、テレビ番組で、各種名簿等の情報提供を業とする戊田図書館が顧客リストを買い取ることを知った。
そこで、被告人は、平成九年一〇月末ころ、前記業務について作業をしていた甲田テクノサイエンス株式会社五階事務所のコンピュータに丁原銀行の顧客タンデムデータが約一〇〇〇件入力されていたので、これを戊田図書館に売却しようと考え、フロッピーディスクに右約一〇〇〇件の顧客タンデムデータをコピーし、これを戊田図書館に持ち込みその買い取りを求めた。戊田図書館の経営者Aは、右顧客タンデムデータを代金三万円で買い取り、その際、被告人に対し、「もっとたくさんの顧客データがあれば、もっと高く買う。」旨告げた。さらに、被告人は、その数日後である一十月五日、甲田テクノサイエンス株式会社五階事務所において、同所のコンピュータのハードディスクに保存されていたメイン顧客データベース中の顧客データ及びサブ顧客データベースの中の顧客データをフロッピーディスク二枚にそれぞれコピーした。次いで、被告人は、右フロッピーディスク二枚と、業務上預かり保管中の本件資料とを右事務所から持ち出して戊田図書館へ赴いた。被告人は、戊田図書館において、パソコンのハードディスクに右フロッピーディスク二枚から前記顧客データをコピーするとともに、本件資料をコピーした上Aに渡した。被告人は、右顧客データ及び本件資料のコピーの対価として現金二〇万円をAから受け取った。

被告人は、判示のとおり、本件資料のコピーを戊田図書館に売却するために本件資料を持ち出したものであると認められる。また、前掲各証拠によれば、本件資料は、丁原銀行の企業秘密にかかわる重要事項に関する書類であることは明らかである。本件資料が横領罪の客体に当たらないとはいえない。
                                            弁護士 三木秀夫

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