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三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
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ニュース六法目次
週刊文春への仮処分取り消し(2004年03月31日)表現の自由とプライバシー
○東京地裁が行った田中真紀子元外相の長女の私生活に関する記事を掲載した「週刊文春」(文芸春秋発行)の出版禁止仮処分問題で、東京高裁は、2004年3月31日、出版を差し止めた東京地裁の仮処分を取り消す決定をした。(東京地裁決定については、2004年03年16日の項を参照のこと)

○高等裁判所の決定理由によれば、@公共の利害に関する事項にかかわらない、Aもっぱら公益を図る目的ではないことが明白、B重大な著しい回復困難な損害を被る恐れ、という3点を判断の枠組みとしてとらえた。

その上で、@の点については、長女が政治家になる可能性は単なる抽象的な憶測にすぎず、記事は「公共の利害に関する事項にかかわるもの」とはいえないうえに記事内容が政治とは全く関係ない私事だと断定。

Aの点も、記事は現時点では一私人にすぎない長女の全くの私事を内容としており「もっぱら公益を図る目的ではないことが明白」というべきと断定。

その上で、Bの判断に際して、出版物の事前差し止めは、表現の自由に対する重大な制約で、これを認めるには慎重な上にも慎重な対応が要求されるべきとした上で、記事はプライバシーの権利を侵害するが、プライバシーの内容・程度を考慮すると、事前差し止めを認めなければならないほど「重大な著しい回復困難な損害を被らせる恐れがある」とまでいうことはできないとして、結局、東京地裁の決定を取り消した。

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○週刊文春出版禁止取り消し決定(要旨)

【判断の基準】
東京地裁決定は、プライバシー権の侵害行為で差し止めを認める要件として(1)公共の利害に関する事項にかかわらない(2)もっぱら公益を図る目的ではないことが明白(3)重大な著しい回復困難な損害を被る恐れがあるを挙げている。この三要件は、名誉権の侵害に関する事前差し止めの要件として樹立されたものを斟酌(しんしゃく)して設定されたものだろうが、直ちにプライバシーの権利に関するものに推し及ぼすことができるかには疑問がないわけではない。しかし、それ自体としては基準として相当でないとはいえないので、当裁判所も保全抗告事件では三要件を判断の枠組みとして判断する。

【公共の利害】
確かに、両親、祖父といった近い関係の人が高名な政治家の人は、将来、政治家を志すかもしれない確率が高いと考える余地もあるだろう。しかし、政治家志望だとうかがわせるに十分な理由がなければ、単なる抽象的な憶測にすぎない。記事は「公共の利害に関する事項にかかわるもの」とはいえない。しかも記事内容が政治とは全く関係ない私事だ。疎明資料によれば、長女は田中真紀子議員の海外出張に同行したり、選挙運動に参加していることは一応認められる。しかし、こうした行動は将来、政治の世界に入ることを意識してというより、家族だからとも考えられ「公共の利害に関するもの」とみるのは相当ではない。
 
【公益性】
記事は家族など身内に著名な政治家がいるとはいえ、現時点では一私人にすぎない人の全くの私事を内容としており「もっぱら公益を図る目的ではないことが明白」というべきだ。このような内容を何らかの理由で報じることが公益に資するものと考え、主観的に「もっぱら公益を図る目的」だったからといって、それだけで記事が「もっぱら公益を図る目的」だったとすることは到底できない。「公益を図る目的」の有無は、公表を決めた者の主観・意図も検討されるべきだが、公表されたこと自体の内容も問題とされなければならない。
 
【回復困難な損害と差し止め】
わが国の現行制度下で、記事にある私生活上の出来事は一般的には望ましいことではないにしても、非難されたり、人格的に負をもたらすと認識・理解されるべき事柄ではない。記事の内容や表現方法が、人格への非難といったマイナス評価を伴ったものとまではいえない。
ところで、記事は憲法上保障されている権利としての表現の自由の発現・行使として、積極的評価を与えることはできない。しかし、表現の自由が、受け手の側がその表現を受ける自由をも含むと考えられているところからすると、憲法上の表現の自由と全く無縁のものとみるのも相当とはいえない側面がある。
一方、記事にある私生活上の出来事は、当事者にとって喧伝(けんでん)されることを好まない場合が多いとしても、それ自体は人格に対する評価に常につながるものではないし、日常生活上、人はどうということもなく耳にし、目にする情報の一つにすぎない。
さらに、表現の自由は、民主主義体制の存立と健全な発展のために必要な憲法上、最も尊重されなければならない権利だ。出版物の事前差し止めは、表現の自由に対する重大な制約で、これを認めるには慎重な上にも慎重な対応が要求されるべきだ。
このように考えると、記事はプライバシーの権利を侵害するが、プライバシーの内容・程度を考慮すると、事前差し止めを認めなければならないほど「重大な著しい回復困難な損害を被らせる恐れがある」とまでいうことはできない。
なお、プライバシーの権利を侵害する事案では、事前差し止めのために「損害が回復困難」ということまで要求すべきではないという考え方がある。プライバシーが一度暴露されたならば、それは名誉の場合とは必ずしも同じではなく「回復しようもないことではないか」ということだろうと思われる。本件ではこのような観点に立っても事前差し止めを否定的に考えるのが相当だ。

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○本件の最大の争点は、表現の自由を優先するか、プライバシーを優先するかという問題であった。その判断のよりどころとなったのは@公共の利害に関する事項かどうか、Aもっぱら公益を図る目的ではないことが明白かどうか、B重大な著しい回復困難な損害を被る恐れの有無であった。 @Aの点では、地裁も高裁もともに今回の記事が公共の利害に関せず、また公益目的でないことを認めた。しかし、重大な著しい回復困難な損害を被る恐れの有無の点で判断が分かれた。本件事件がいかにバランスをどこで取るかが難しい事件であったことが分かる。

○マスメディアが第四権力と呼ばれる。今回も、マスメディアがわの意見がテレビ新聞等で大量に垂れ流された。しかも「東京地裁けしからん論」のオンパレードである。プライバシー侵害を受けた少数者たる長女の意見など全く顧みられないほどのひどい状況であった。政治権力を監視するという名分の下、ここまで力を持つようになったマスメディアが、「公益性」という観点からチェックされるべきという東京高裁の考え方は、東京地裁と完全に共通している。 

今回のケースは、マスメディアの在り方を「公益性」との観点から考える機会を提供したという意味で、重要な位置を占めると解する。私も言論の自由は最大限に守られるべきと考える。しかしそのためには、マスメディアに携わる者自身が、まず、自らの足元を見詰め直し、自らがその基礎を掘り崩すことがあってはならない。言論人のモラルがここで問われている。 

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○抗告・特別抗告とは
判決以外の裁判である決定及び命令に対する不服申し立て方法を「抗告」という。ちなみに、「判決」に対する不服申し立ては「控訴」「上告」という。

今回の事件は、民事保全法23条に定められた「仮処分命令」に対する不服申し立てであるので「抗告」と呼ばれる。

なお、高裁の決定に不服な場合、最高裁に対する抗告としては「特別抗告」と「許可抗告」がある。
「特別抗告」は、高裁の決定に対して憲法違反を理由として最高裁判所に対してなされるもの(民事訴訟法336条1項)。これは、憲法81条の規定に従い、通常の上訴で最高裁判所の判断を受ける機会の無い決定・命令に対して最高裁判所の違憲審査の機会を保障したもの。裁判の告知を受けた日から五日の不変期間内にしなければならない(民事訴訟法336条2項)。
「許可抗告」は判例違反など法令解釈の違反を理由とするもので、高等裁判所が自らの決定・命令について抗告を許可した場合に限って許される(民事訴訟法337条)。

今回は長女の側は特別抗告(もしくは許可抗告)を行うことを検討したようであるが、プライバシー侵害の損害賠償の本案訴訟を提起することを優先することとして、特別抗告等はしなかった。

○民事訴訟法
(抗告をすることができる裁判)
第三百二十八条  口頭弁論を経ないで訴訟手続に関する申立てを却下した決定又は命令に対しては、抗告をすることができる。
2  決定又は命令により裁判をすることができない事項について決定又は命令がされたときは、これに対して抗告をすることができる。

(特別抗告)
第三百三十六条  地方裁判所及び簡易裁判所の決定及び命令で不服を申し立てることができないもの並びに高等裁判所の決定及び命令に対しては、その裁判に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、最高裁判所に特に抗告をすることができる。
2  前項の抗告は、裁判の告知を受けた日から五日の不変期間内にしなければならない。
3  第一項の抗告及びこれに関する訴訟手続には、その性質に反しない限り、第三百二十七条第一項の上告及びその上告審の訴訟手続に関する規定並びに第三百三十四条第二項の規定を準用する。

(許可抗告)
第三百三十七条  高等裁判所の決定及び命令(第三百三十条の抗告及び次項の申立てについての決定及び命令を除く。)に対しては、前条第一項の規定による場合のほか、その高等裁判所が次項の規定により許可したときに限り、最高裁判所に特に抗告をすることができる。ただし、その裁判が地方裁判所の裁判であるとした場合に抗告をすることができるものであるときに限る。
2  前項の高等裁判所は、同項の裁判について、最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは抗告裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある場合その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合には、申立てにより、決定で、抗告を許可しなければならない。
3  前項の申立てにおいては、前条第一項に規定する事由を理由とすることはできない。
4  第二項の規定による許可があった場合には、第一項の抗告があったものとみなす。
5  最高裁判所は、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原裁判を破棄することができる。
6  第三百十三条、第三百十五条及び前条第二項の規定は第二項の申立てについて、第三百十八条第三項の規定は第二項の規定による許可をする場合について、同条第四項後段及び前条第三項の規定は第二項の規定による許可があった場合について準用する。
                                            弁護士 三木秀夫

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